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【小説】空は誰のものか

#1


爆撃が降り注ぐ。それは直に人の肉を穿ちもし、苦労してやっと作物が育つようになった農地を一瞬でダメにもした。火薬はより大きな炎を出すように、より多くの金属片を撒き散らせるように、知恵を絞って開発された。国のお抱えの科学者たちの、血の結晶は何をも産みはしない。
無学な俺は、科学で国に貢献できない代わりに、科学者の作った戦闘機に乗って人を撃つ。そして時々考えるのだ。何も感じないようになった脳で、飛び散る血と肉を視界の隅に捉えながら、この戦争で一番つらいのは誰であるか、と。
兵士たちは口々に言うのだ。科学者は棺桶だけ作ってそれを見送るだけである、と、着ている迷彩服を死に装束を自嘲して笑う。でも俺は知っているのだ、科学者とて安寧に座しているわけではない。むしろ、彼らとて死地にいる。彼らは王の監視のただ中におり、相互監視の元如何なる反政府的発言も許されず、研究室から何の通達もなく消えた者のことを、話すことさえ許されない。
幼なじみの聡い女性、彼女を俺は尊敬していた。村一番の博学として村長の推薦をえて王国大学に入学し、全国各地の秀才に物怖じすることもなく、村の期待を背負い貪欲に学び続けた。その結果として彼女は王直々の研究チームに召集され、――いつしか手紙の返事が来なくなった。
王は知っているのだろうか。研究者を召集するときの通達は、兵士召集と同じく赤い。茎の赤いアカソゲという植物で作る紙は、王国にとって過去の産物だったはずだ。シロカミという素材がより高品質な紙の原料たりえるとわかって以降はアマチュアのちぎり絵の素材にしか使われてこなかった。戦争は物資を枯渇させる。国士の血の、名誉な色という勿体づけを誰が信用するだろうか。単に高価な紙が作れないだけなのだ。
戦争はこちら側の奇襲から始まった。それを義に反するとみた周辺諸国は、次々に王国への物資の融通を禁止した。国を背負うべき若者は、鍛錬不足で本来戦地で使い物にならない彼らは、特攻という身ごと敵を爆破させる無益な戦法にしか価値を見出されていない。
若き者も、老いた者も、誰彼構わず召集される。そして少し先に召集されただけの俺たちより先に死んでいく。ドックタグさえ回収できないのに、彼らが死んだことは家族に通達される。空母から飛び立った時点で、彼らは戦死判定されるのだ。


#2


俺は戦地で直に敵を撃つ者だ。そして味方の死を見届ける者だ。そのはずだった。なのに、最近俺は、戦死者の顔すら見ることができていない。
俺は国に帰ることができるのだろうか、そう考えることも増えた。憂慮するようになったというべきか。俺は先に死んでいく彼ら特攻員に恥じぬ国を作れるとは思えない。人を撃つことになんの感傷も抱けぬ俺は、戦地で散るべき、国に残すべきでない負の遺産だ。
とはいえ、俺は死にたくもない。――故郷には、残してきた家族があるのだ。だが家族の存命すら確かではない。戦地からの手紙は返らない。校閲する人員すら本土にはいないのだと思って精神を保っているが、すでに家族がこの世にいないとすれば。守るべき故郷すらないとすれば。俺たちは、何のために戦っているのだろう。
「おい、今度の出撃で俺たちは特別任務を与えられるらしいぞ」
俺たち全員の顔が強張った。特別任務、それは死の宣告のようなもの。特攻よりも恐ろしいと言われる、地獄を死ぬ前に見ると言われる所業を表す隠語だった。
歩兵任務――戦闘機を量産する体力もなく、国境付近の制空権ももはや風前の灯火。そんな状況をデータで俯瞰する本土の策士たちは、ついに戦線の放棄を決断した。
国の外にいる国民には死を、彼らの命を預かっていた戦闘機は没収して王都を守る壁に使われ、王都防衛を固める本土の状況を知られないようせめて兵士は目を引くように死ね、より華々しく、血を撒き散らせて死ね。そういう作戦の、死の順番がとうとう俺にも巡ってきた。それだけのことだ。
言葉を発したのは何も知らぬ整備士だった。若い彼は機械いじりが好きで、しかし研究者になれるほどの学はなく、戦地で俺たちの機体を整備してくれている。
あんまりだ、と俺は言った。死を決して機体を開発した研究者も、死と隣り合わせで戦う俺たちも、今そこで何が起こっているのか知らないままの整備士の彼も、誰も報われない鎖国。袋叩きにあっている張本人が、なけなしの武器を自分で放棄して手足を縮め固まったところで何になるのか。国王は戦地を見ていない。戦地に国王が出る必要はない。そんなことを言っているのではない。指揮官が命を危険に晒すのは国を守ろうとする兵士の気持ちを逆なでする暴挙だ。しかし、指揮官には戦況をみる義務がある。始まってしまった戦争を、せめて有利に進めるよう頭を絞る義務があるのだ。
ひとしきりの不満を国に述べてはみたが、それでも俺たちに命令を無視するという選択はない。敵前逃亡は、何よりも重い罪である。まだ生きているともしらぬ家族だが、死んでいるとも確証が取れない以上、家族を窮地に晒したくもない。――なかなか巧い戦略じゃないか、と俺は思う。生きているとも死んでいるとも断言しないだけで、それだけで俺たちに足枷をつけることができるのだから。


#3


「これから死にに行きます。皆さんもどうかお元気で」
 皆さん「は」を皆さん「も」にするよう指導が入った。戦死した者は故郷に帰る、だからお前も元気であれと言われた。今まで多くの若者を見送ってきた「死神」の上官も、隠していただけで辛かったのかもしれないと思った。
「上官はこれからどうなさるんです」
すがるように聞けば、彼は目を逸らした。
「戦えるほど若くもない自分は、見捨てられれば自刀するしかあるまいなあ」
孫を見る老爺のように、俺を愛おしむように笑ってくれた。俺は上手く笑えなかった。国の価値観では、自刀した者は戦死者としては数えられない。せめてもの死にゆくものへの慰めとしての〝戦死者は故郷に戻る〟という命題すらも享受できないというのか。
上手く笑えない俺に、上官は言葉を継いだ。
「お前の手紙は、確実に故郷に届けてやる。上に逆らっても、必ず。どうせ死に行く者だ、なにも怖くないわ」
上官は今度こそ、心の底から笑ってくれた。
慣れない銃を抱いて、俺たちは進む。敵と交戦すれば、ただちに全滅するだろう。俺の死地は、どこになるのだろうか。
(了)

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