【小説】勇者は月を抱いて眠る

「人は生きていてなんぼじゃよ」

老獪な策略家としてパーティを支えた魔術師マーリンが死んだ。彼のヒール(治癒魔法)やデジャヴ(未来予測)の魔法で俺たちがどれだけ助けられたか、それは本当に、言葉には尽くせないほどだ。

瀕死の重傷を負った私に、名だたる薬師が軒並み首を振り今夜には死ぬと断言したその夜、魔術師マーリンは夜闇を背負って宿屋にやってきた。うなされていたはずの私が元気に剣の鍛錬をしているときの、パーティのメンバーの喜色に満ちた顔が忘れられない。

それ以降マーリンは私のパーティに加わり、最前線で戦う戦士たちに的確な治癒と指示を加えてくれた。

その一方、マーリンはパーティの構成員からは、少々疎まれ、気味悪がられていた。

王国創始以来見つけられていなかった、新しい属性の魔法をマーリンは使う。それは……ムーン(潮汐)。生きているものを衰えさせ、死んだものを生き返らせる魔法だった。――少なくとも、俺たちはそう理解した。

彼の手にかかれば、彼に少しでも嫌われれば、魔王ではなくて自分たちが消されかねない。そんな恐怖から、皆がマーリンと距離を置いた。嫌われるリスクがあるなら好かれたくもない、という意思が働いた結果だった。

さらにいえば、それほどの魔法を使いながらなぜ魔王を倒せないのか、という疑問も構成員を疑り深くした。彼は実は魔王の回し者で、適度に勇者に協力しながらこちらの内情を探っているのではないか、と。そんな質問をぶつけた構成員に、意味深に笑ってみせたのも、マーリンへの疑念を晴らすうえでは不利に働いた。

勇者である私は、いまだからこそマーリンの意図に気づいていた。

「生きていてなんぼ」と言って、マーリンは昨日死んだ。そして私はいま、勇者しか通さぬという伝説の門の魔境側で、他ならぬマーリンと相対している。

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