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【小説】美しい髪

外に出る。

ふと、風に吹かれて髪の毛が流れた。

「艶のある長い髪の女の子が好きなんだよね」

言い訳のように言った年下の大学生。

指先で髪の毛を弄んでみる。

こんな風に、思ってたの?

別れ話だとは薄々勘付いていた。だから、少しでも思い直してもらおうと、ウイッグを買ってあの橋の下に――告白を受けた場所に出向いた。

「うわ、ホントに髪長くしてきやがった」

開口一番、これ。

あなたから告白してきたのに、あんなに大事にしてくれたのに、

あなたの好むセックスができなかったからって、こんな仕打ち?

自分のモノではない髪を、弄ぶ。古くからの癖のように、つい触ってしまう。あなたからの心無い言葉に触れるたび、強く、引っ張る。

自分のものじゃないからか――。

ふと合点がいってしまった。あなたは、私を所詮他人としてしか見ていなかった。だから、こんな風に遊んで――

「三奈さんはさ、自分がないんだよね」

「……えっ?」

「いつだって俺の機嫌取りばっかでさ。疲れんの」

どういうこと? 私はあなたの気持ちに応えたくて――

「長く一緒にいるなら、自然体で付き合えなきゃ意味無いんだよ」

彼はそう言った。

「あんたが俺の一挙一動に神経尖らせるたびに、俺の神経も摩耗するんだ。ああ、この人は俺と自然体で接してはくれないんだって」

これから私を振ろうとしている癖に、遊んだ女を捨てるだけなのに、彼は悲しそうな顔をしていた。

ずるい……そうやって、優しい言葉掛けたつもりになって、自分の心を安全な場所に置いて――

「そんなの、ずるい――!」

胸の奥に押し隠していた感情が、喉をのぼり、首を通り過ぎ、言葉になって出てしまった。

「三奈さん」

これでお終い。どうせなら綺麗に別れたいと思ったのに、失敗しちゃった。自分が情けなくなって、ぐしゃぐしゃの顔を顔で隠して、元来た道を走って帰ろうとする。

「あっ――」

石に、躓いた。

「三奈さん――」

さっきより近い場所で聞こえた彼の声。遅れて知覚する彼の体温。抱きしめられているのだと気づくのに、少し時間がかかった。

「好きだよ、三奈さん」

――嘘。

「髪の毛、とれちゃったね」

嘘ッ……!

買ったウイッグは派手に転んだせいで地面に落ちてしまっていた。

恥ずかしさに、今にも逃げ出したい。こんな姿、彼に見せてしまうなんて。

「俺は確かに艶のある長い髪が好きだった」

彼は頭についたネットを外し、私のベリーショートの髪を優しくなでた。

「でもね、俺はいま、長い髪よりも三奈さんの髪が好き」


「もっと自信もって」

別れ際、彼に言われた。

「クリスマスイブ、いつもの店で待ってるから」

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