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童話『星の子の冒険』 前編

 春の終わり頃のことです。東の空から昇ってきた月の明かりが野原に降り注ぎ、草花の葉っぱが宝石のように輝きました。まるで野原が星空になったようです。もちろん本物の宝石ではなく夜露が光っているのですが、草花は大喜び。
「ほら、大きな指輪みたい」とタンポポがギザギザの葉についた夜露を嬉しそうに見ています。
「私はティアラを載せたみたい」とカラスノエンドウが小さなピンク色の花についた夜露を落とさないように気をつけながら言いました。
 花が咲かない草も、花が終わって葉っぱが出始めた木も、たくさんの夜露をまとってみんな嬉しそうにしているのに、野ばらだけが、
「私は夜露なんてきらい」と不機嫌そうに言うのでした。
「どうして? こんなにきれいじゃない。それに朝になったら虫や小鳥が来て落としてくれるから、飲み水にもなるのに」
「花につくと色が悪くなってしまうのよ」
 野ばらは自分の花びらが自慢です。まっ白で、飾りなんてなくてもきれいなのに、夜露をつけたままでいると色が黄色くなり、茶色に変わって早く枯れてしまうと思っているのです。
 そんなある日、いつものように月が空の真上に来た時のことです。夜空から星が一つ、白い線を引きながら流れたかと思うと、野原がまるで昼のように明るくなりました。草も木も驚きましたが、すぐにまた夜に戻りました。
 次の朝、太陽が昇ってくると木で寝ていた鳥達が目を覚まして鳴き始め、朝ご飯を食べるために野原にやってきました。葉の陰で眠っていた蝶やテントウムシなどの虫たちも起きて活動を始めます。花の蜜を吸ったり、夜露を飲んだり、動物達が動き回ると草木は揺れ、葉についていた露がお天気雨のように日の光に輝きながら地面に落ちます。
「あれ? これは何だろう?」
 野ばらの蜜を吸い終えた蝶が、大きな羽をひらひらさせながら言いました。野ばらの葉に白くて小さい、玉のような石がついているのです。
「露じゃないよ。硬くて飲めないもの」とテントウムシも言いました。
 虫や鳥達が集まってきました。他の草花も野ばらを見ています。
「何でもいいでしょ」と野ばらは口をとがらせます。「お日さまの光が当たるときらきらきれい。本当の宝石よ」
 確かに野ばらの葉はまぶしいほどの光を放っています。
「これは私のものよ」
「そういえば」と雀が言いました。「昨日の晩、急に明るくなったじゃない。何か関係あるのかな?」
 動物達も植物達も顔を見合わせました。中にはよく眠っていて気がつかなかった者もいたようですが、ほとんどが昨晩の光で目を覚ましたのです。
「急に昼になったみたいで、びっくりしたよねぇ」
「驚かせてごめんね」
 野ばらの葉の上からいきなり声がしたものだから、みんなはまたびっくりしました。小さな石がしゃべったのです。
「君は一体誰?」
「ぼくは星の子だよ。昨日ここへ下りてきたんだ」
「へぇ、空から来たんだ。どうして?」とかたつむりが星の子をよく見ようと目をうんと伸ばしながら尋ねました。「ぼくは空を飛べないから、空にいるって、とても素敵なことだと思うんだけどなぁ」
「ぼくも」とテントウムシも言いました。「そんなに高く飛べないからねぇ。空の上なんて憧れるなぁ」
 蝶も、虫達よりずっと高く飛べる鳥達ですら、同じことを思いました。
「空の上から見ていると」と星の子は言いました。「この野原はとてもきれいだよ。夜露が月の光に輝いて、星の数よりたくさんのきらきらが見えるんだ。それでぼく、下りてきたくなったんだ」
 もうお昼に近いので、露は地面に落ちたり、太陽の光に当たったりしてもうほとんどが消えてしまったのですが、星の子は野原が気に入ったようです。なぜなら空にいると周りの星はほとんどが大人で、自分と遊んでくれないのですが、野原に来てたくさんの友達ができたのですから。
「君さえよければ、ずっと野原にいるといいよ。いつでも遊べるからさ」
 その様子を空からじっと見ている者がいました。カラスです。カラスは口ばしをとがらせて、チッと舌打ちをしました。
「何が友達だよ。それにしてもきれいだな。よし、決めた。星の子はおれがもらってしまおう」
                             〈つづく〉

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