マガジン

最近の記事

できる、できない

とあるきっかけで、今までの成功体験を振り返ってみた。 そうしたら、なんかあんまりhappyのなものがなくて、思いつくもののほとんどが、誰かとの競争の上での成功ばかりだった。 なるほどと思った。 *** どうしてこんなに窮屈さを感じて、ずっと立ち止まって悩んでいるのか分からなかったけど、わたしが今すごくもがいているのは、「自分を超える」ということを、はじめてやろうとしているからなのかもしれないと思った。 言葉にすると聞こえがいいのだけれど、自分が自分だと思い続けてきた

    • この社会の何か

      家父長制だとか資本主義だとか、この社会の歪みみたいなものの原因はいろいろ考えられたり論じられたりしているけれど、 結局は、「人が自分以外の誰かのために何かをやる(もしくは、そうだと装う)」こと、そして、そのことが賞賛され美化されるところに、ずれの発端のようなものがあるのではないかと思った。

      • 大切なこと

        私にとって大切なことは、

        有料
        1,000
        • パラダイムシフト

          パラダイムが変わるって、一大事だ。 自分がそれまで「良い」と思っていたことを、反対に振れるでもなく、本当にフラットに見るって、難しいし、時間がかかるんだなと思った。 「一般的に良いとされているもの、輝いて見えるものが、本当に幸せか?」という問いは、言葉としてはこれまで何回も出会ってきたけれど、本当の意味で自分に問いかけることはできていなかったんだと思い知る。

        できる、できない

        マガジン

        • important
          3本

        記事

          においは風景を運ぶ

          においは風景を運ぶ

          怒りを出せた日

          今日、カウンセリングで、やっと怒りを出せた。 先生と手を合わせて、辛かった場面を思いながら、先生の手を力いっぱい押した。涙がたくさん出てきて、自分の中から出てくる、怒りの奥にある強い悔しさと悲しみに押し負けそうだった。自分の中にこんなにも強い感情があったのかと驚いた。 本格的にカウンセリングに通い始めてからここに至るまで、一年近くもかかった。 何度も通っているのに、その度に癒されている感じはあるのに、これまで、日常はそれほど変わっていないように感じられた。ひとつの種類の

          怒りを出せた日

          ちゃんとある。

          このところ、ずっと雨が降っている。 上流で、かつ川からは離れているから建物が浸かってしまう心配はあまりないけれど、なにせ四方を山々に囲まれた村である。家にいても、運転していても、どこか落ち着かない。 洪水や土砂崩れの危険性のために、山を下りる道が通行止めになっていると聞いたので、もともと茶道のお稽古のために市内に向かう予定だったのを断念し、大人しく村内に留まることにした。 *** 事務所からすぐ近くのところにある、かめばあちゃんの家。ずっと行きたかったので、この機会に

          ちゃんとある。

          日曜日の余韻

          7月4日 日曜日に、球磨郡の郡民体育祭(郡体)が行われた。知らない間に打撲したのか、胸のあたりがまだずきずき痛む。 今年が初めての郡体のわたしは、五木村のバスケ部の一員として参加した。 *** 五木村は人数が少なく、男子の部に男女混合で参戦した。ぎりぎりの人数の中、逆転劇で延長戦を制したりと健闘し、3位の賞状を持って帰ることができた。わたし自身も、高校の総体以来7年ぶりの試合だったけれど、身体能力が圧倒的に高い男性陣を相手に、女子のボールより一回り大きくて重いボールを使

          日曜日の余韻

          【ギャラリー】 田植えの風景

          五木村の真ん中を通る大きな道路。そこから脇に入って車を15分ほど走らせると、「内谷」という集落がある。5月の連休明けの週末、その内谷に住む土屋家の田植えのお手伝いをさせてもらった。 普段聞こえる大型トラックやバイクの音もなく、鳥の鳴き声と水の流れ出る音だけが響く静けさの中で素手を田んぼの中に突っ込むのが、想像以上に心地よかった。 作業が終わってシャワーを浴び、思わず床に寝転ぶと、「だれたろ〜」と言って笑われた。(きょとんとしていると、「疲れたろ?」と言い換えてくれた。)わ

          【ギャラリー】 田植えの風景

          山の向こう

          山の向こう

          村の夜。

          村に来て間もないある日、家の前に車を停めたあと、車の中からぼーっと星を眺めていた。じっと見ていると、飛行機でもなく衛星でもない星が、点滅していることに気づく。二十数年生きてきて初めて、何気なく使っていた「星が『瞬く』」の意味を知った。 *** 村に来てから、新月の楽しみが増した。街の明かりが煌々としている場所では、新月の日でも見える星の数は限られているけれど、夜の運転はハイビームをつけないと進めないような場所では、星がほんとうにたくさん見える。 村は高い山々に囲まれてい

          村の夜。

          夏目漱石「それから」

          夏目漱石の「それから」を読んだ。日本の明治時代の文学作品を通して、彼らが疑念を抱いてきた西洋中心の近代社会について再考する授業を取っていて、その課題として読んだ。この時代の小説は、夏目漱石の「こころ」「坊ちゃん」くらいしか読んだことがなかったから、卒論のある身としては重すぎる課題にも目をつぶれる。英語と日本語で読み、比較するという体験も面白かった。こういう、自分の興味の少し先にあり、痒い所に手が届くというか、世界を広げてくれるような授業が好きだ。 そしてまた先生が、とっても

          夏目漱石「それから」

          みんなでつくることの尊さ。

          「世界が仕事場」という授業を取っていた。通称「せかしご」と呼ばれ親しまれていて、冒険家としても活動されていたという先生を筆頭に、アクティブな人たちが集まる名物授業の一つだ。半期の授業だったため、昨日で終わりを迎えた。 後期のせかしごでは生徒がグループにわかれ、それぞれが授業をつくる。やってみるとよくわかるのだけれど、授業をつくるのって、本当に時間がかかるしエネルギーもたくさん使う。ミーティングのために、バイトやサークルにも忙しい大学生5〜6人のスケジュールを合わせるのだけで

          みんなでつくることの尊さ。

          「お金がもっともっとあっても、今と同じことをしているか?」

          友人が、TOCCHIのSwing Remixという歌の歌詞がいいよと教えてくれた。その教えてくれた意図は何かと問うたら、「お金と地位をもっともっと手に入れても、今やってることをやるか?、ってこと」だと返ってきた。 はっとした。 「お金がなくても生きていけるように」は、いやというほど考えてきたけれど、「お金があったら」は、ほとんど考えたことがなかった。その原因は、大学生の間はお金を好きなだけ使えるわけじゃないからということもあるだろうけれど、実際は、問題はそれよりももっと根

          「お金がもっともっとあっても、今と同じことをしているか?」