「選べなかったことを選びなおす」ということ

 最近、周囲が就活に力を入れだし各々が将来像をしっかり固めていく一方で自分は将来像がどんどんぼやけてきたり、恋人と別れたりと、「モヤモヤすること」が増えてきた。そんな時に、幡野広志さんの「僕たちが選べなかったことを、選びなおすために」を読んだ。

なにかモヤモヤの解決の糸口になるようなことが見つかった気がした。これも、幡野さんへの「感謝のメッセージ」の1つだと思う。

私は、仕事が忙しくあまり家にいないけれどユーモアたっぷりでチャーミングだった父と、明るく優しく厳しい母のもとに生まれた。結婚して8年目にようやく授かった一人っ子だったこともあり、なんでも結構自由にさせてもらっていた。小学校2年くらいで漠然と医師を志して、へき地診療所で働く医師の姿をみて本格的に中学受験勉強をして私立中高に通い、医学科に入学した。部活もしてバイトもして普通の大学生活を送っていた。父のことも母のことも大好きだった。多分、当時は世間一般で言われる割と「理想的な家族」に近い家族だった。
状況が変わったのは3年前の私が大学3年生だったころ。父が、車を運転する時に左に寄りがちだったり、手先も器用だったはずなのに本棚の組み立てができなくなった。医学を3年かじったくらいの私だったが、私は真っ先に脳神経系を診ている病院を受診した方がいいと母に勧めた。診断は日本では人口10万人当たり2名程度しか発病しない神経難病だった。40歳以降に発病・進行し現在の医学では進行を止める治療法はない病気だ。教科書で見た時は、「なんで父が」という思いと「医者になるはずの私がなんで父が寝たきりになる姿を何もせず見ていくことになるんだ」という怒りがあった。
 父の病気の症状の1つに「認知症」がある。父は段々と母の話すことが理解できず介護に手のかかるようになった。感謝するでもなく、ただただ手のかかる父に母が強く当たることが多くなった。そこから私は実家にあまり寄り付かなくなっていった。そんな時、恋人ができ、さらに実家に寄り付かなくなった。そしてついに父は「本当は○○さん(母とは違う名前)と結婚したかった」と言い出すようになった。いくら認知症があるにしても、そんなことを言う人を「父親」と思いたくなかった。結婚して8年もかかってできた待望の子じゃなかったの?私ではない子がほしかったの?と思い私の存在意義を否定された気もした。そしてますます実家が嫌になり、実家に帰ったとしてもあまり話さなくなった。そんな私を見て母に「お父さんが死ぬときにあんたはこのままで本当に後悔しないのか?」と責められ、母との折り合いも悪くなった。あんなに好きだった「家族」や「実家」のことをとても窮屈に思っていた。

 私は直系家族には当然のように「両親」が入っている、と思っていたし、親にしっかり親孝行しなければ、と思っていた。だから、私は父のような難病を診るような医師になるべきではないのか?できれば父の病気の病因を解明するべきではないのか?これは私の使命なのでは?といういわば敵討ちのような気持ちで医師になるべきだと考えるようになっていた。そして、その根底には20代半ばにもなってまだ両親に私がやることなすことで喜んでほしい、とも思っていたということがある。
 そして、人間の命が株式のようなものだとしたら、父は筆頭株主として確かに存在しているのに機能していない状態だ。父が何を考えているのかを知ることはできない。何か考えていたとしても私たちは知り得ない。父が医療行為を受けたり介護サービスを受けるうえでは、父本人と私や母は分かり合えない存在のはずなのに、父の考えを私たち「家族」が代弁するしかないのが現状だ。「家族」である私と母、そして「医療職」となる私自身が満足できるまで、父はもしかしたら望んでいない「闘病」を強いられるのかもしれない。
 

 そんな中、幡野さんの本に出会い、「父」と「私」を切り離して自分自身の人生を生きるということについて考えるようになった。父は私が医師として一人前になるころにはこの世にいないだろうし、その前にすでに私のことを「娘」だと認識できなくなると思う。私は、まだ存在している「父」に存在を否定され(たと勝手に思っているだけ)、それを挽回しよう、父に喜んでほしいと躍起になっていたのだと思う。私自身が父の名前をダシにして行動を制限したり、父を聖人君子に仕立てて「父はずっと私を見ている」と小さな宗教を作っていたのだと思う。自分の頭で考え、自分の足で行動する力を自分で奪っていた。
 現在大学6年生で就活中だが、今後9年間は勤務地の選択があまりなく自分の人生を選べない部分があるということ、先述の恋人(実家から逃げるように作った恋人だったがその後、父や母にも紹介し打ち解けて気に入られていた。)とそれが原因で別れたことも重なった。(私が抱えていたこういう問題やそれによる精神的な不安定を彼にぶつけてしまっていたと思うので今となっては本当にその「将来性の違い」だけで別れた訳では無いと思う。)そんな時たまたま、Twitterで話題に上がっていた幡野さんの「ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために」を手に取った。とりあえず、今はまだ、自分自身の人生を自分で選ぶということがどういうことなのか、について考え始めたところだ。
「自分によい影響を与える人の存在は、自分で選ぶことができる。」ということを心に刻んでまずは前に進んでいこうと思う。

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