第1回東奥文学賞 地方の魅力とは? それは刹那的な「快」ではなく、長く尾を引く「温もり」。


東奥文学賞とは――。
青森県を代表する新聞社・東奥日報社が創刊120周年を記念して創設。青森県内在住者または県出身者を対象に、題材・ジャンルを問わず、前途有為な新人を発掘・育成するための文学賞。発表は2年に1度、原稿用紙100枚以内。


世良啓「ロングドライブ」:大賞。東京で暮らす佐藤は会社の上司に山崎咲子を紹介される。彼女の趣味は美味しい料理のレシピを想像して復元すること――。登場人物の誰もが謙虚に真っ当に生きる様は感情移入しやすく、時折挿入される衝動的な行動ですら、どこか温もりを感じます。たとえば、父親とドライブに向かうきっかけとなった咲子の行為も、他者は決して傷つけまいという痛々しいほどの配慮がうかがえるからです。童話「裸の王様」の斬新な理解は、この物語のメタファーとしても複数の解釈を許していて素晴らしい。新設された文学賞の第1回大賞作はその賞の方向性とクオリティを大きく決定づけてしまいますが、この作品が基準となったことは幸運だったのではないでしょうか。


柳田創「碧の追想」:次点。高校3年生の圭は共に教師の両親、そして自分が受験に失敗した高校に通う兄と弟の間で劣等感に苦しむ日々の中、絵画への情熱を密かに燃やし続ける――。かつての級友や従妹との追想を踏まえ、夢を模索する青春小説なので、圭にとって世界は常に何か巨大で未知で敵わないモノとして現れます。エピソードにやや性的な要素が多いのは賛否分かれるでしょうが、それも劣等感のはけ口になっている、というリアリティが見事。圧巻だったのは、少年時代のある放課後の釣りの描写。まるで水しぶきの音が紙面から聴こえてくるようでした。


田邊奈津子「恋唄」:次点。今は百歳を超えた貴恵が若かりし頃、盲目の三味線弾き・寛治に激しい恋をし夫婦となり、極貧の中を命がけで生き抜いた壮絶な回想録。先に嫁いだ大地主である夫やその義父の、容赦のない人格の浅ましさにまず寒気を覚えます。満州事変以降の不況で農村が逼迫する時代背景なども、いっそう貴恵の生活に深い陰を落とします。唯一の希望だった寛治を追った貴恵の行為は、事実だけを切り取れば不倫になるのですが、たとえば離婚の決定権が、かりに当事者であっても女性にはないという当時の理不尽な法制度にも触れていたり、またこの物語が貴恵の娘、孫娘と女系家族に語り継がれる形からも、世代ごとの女性の生き方の変遷を自然と描いていて巧みでした。

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