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知った気になるほど人生はつまらなくなる

塩を買った。

赤いキャップにガラス瓶の食卓塩にはじまり、トリュフだ、ヒマラヤだ、カレーだと、味付けやら産地やらで個性ばらばら、そこはまるで人種のるつぼ。調味料でも一等面白いのが塩だと思う。

麻布十番にある塩専門店では試食もできるので、あっちをぺろり、こっちをちろりとやってみると、粒の大きさ、滑らかさ、塩気の立ち方、甘みのあるなしというのがわかってくる。

「しょっぱい」という味わいのくくりが、いかに雑なものかを思い知る。

そんな体験を持って、取材で訪れた島根県は石見銀山。この山間の地で創業し、本社を移すことなく全国に展開するアパレルブランド「群言堂」を運営する石見銀山生活文化研究所と記事を作ったのだ。彼らはいくつもの古民家を買い求めて再興しているのだけれど、そのうちのひとつが宿になっている。

宿の名物ごはんでもあって、大きな感動を得たのが「塩むすび」だった。土鍋で炊いたご飯に、塩だけ。あと引く美味しさに、ふたつ、みっつと口にした。その塩むすびに使われていると教えてもらい、僕はすぐさま買い求めた。

「隠岐國 海士乃塩」は、生産地である島根県海士町に由来する。海士町といえば移住者が多いことで昨今話題になった場所で知っていたものの、僕にとってはすっかり「とてつもなくおいしい塩をつくる場所」としてアップデート。

粒の一つひとつがはっきりしているけれど、口にふくめば、さらりとほどける。舌にちりりと塩気を感じるのだけど、海の味わいというのか、甘みや苦味が入り混じった衣装をまとっていて、角がなく溶けていく。「塩辛さ」を感じるよりも先に「塩味の何やらおいしいもの」を食べた喜びがやってくるのだ。

お米に合わせると、甘みを引き出してくれる。肉や魚に合わせると、旨味を増してくれる。調味料をごてごてと足さずとも、満足する一品になる。

通信販売でも買えるし、群言堂の店舗でも販売しているところがあるという。とにかく一度味わうと、「あぁ、僕は塩のことを何も知らなかったんだ」と心が震える。

「僕は何も知らなかった感」を思い知るたび、まだまだ人生は楽しくなるし、「何かを知った気になる」という危うさにそわそわするのだ。

「知らなかった!」と口にするのは、恥ずかしいことじゃない。それは生きる楽しみなんだと思う。

【2016年6月7日9時22分 追記】

寄せられた情報によると、この塩は日本橋にあるアンテナショップ「島根館」や吉祥寺アトレ内のオイシックス直営スーパー「Oisix CRAZY for VEGGY」で買えるそうです。

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