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やりたいことなんて無くても「運」と「適応」の未来も悪くない

ライターになるなんて、思ってもなかった。僕もだ。

同い年だけど毎度「同い年かよ!?」って言いたくなるモリジュンヤくんが、こんなnoteを書いていて、驚いた。

僕は就職活動の最初は銀行員になろうと思っていた。21歳ごろのことだから、今より約10年前だ。当時の自分は文章を書く仕事をするなんて露にも思ってなかったし、ましてや会社を立ち上げているなんて思っていなかった。まったく、人生はどうなるかわからない。

銀行員として働くジュンヤくんは、ちょっと想像できる。

このnoteを読みながら、もやもやと「僕も想像できなかったなぁ」と思いながら、この数日を過ごしていた。

妻が今年、2020年の大学卒業(見込み)として就職活動を始める予定で、もはや10年ぶりくらいに一緒に「就活サイト」を見た。当時の景色と変わっていないように見えて、アプリが配信されていて自己分析やSPI検査が手軽に受けられるようになった。きっと、以前より予期せぬ出会いがあるだろう。

僕をあらためて振り返ると、日本大学芸術学部の文芸学科に、自分にわずかに備わる「文才」なるものを信じて入学したが、小説をいくつも書いてデビューを目指すには心もとない活動歴で、今にして思えば親には申し訳ない日々を過ごしていた。文才よりも肝臓を鍛えることに熱心だった。

僕が就職活動をしたのは2009年卒の世代。リーマンショックが弾ける直前の「売り手市場」だった。僕はその情報を耳にしていたから、実は就職活動は割と楽しんで頑張っていた。「うちの学校からマトモな就職なんて出来ない」という戯言を、どこかから聞き及んでいたのに対抗する意志が、わずかなりともあったのかもしれない。

着るだけで笑いそうになるスーツをコスプレ気分で着て、自分より「学力」が高い人たちと横並びになったり、ディスカッションできている状況が非現実的で面白い。とはいえ、僕は何がしたいのかもわからず、勢いだけで就活を続け、好きだと思える「酒」と「本」にまつわる業界だけを受けていた。

ホッピービバレッジは最終面接までいったがフェルミ推定を出されて沈没。蒲田とかにあった記憶の田野屋酒販は三次面接までいったはず。出版社は軒並み落ちたが、新潮社だけは最終面接まで進んで、最後の最後で(今でも笑える)想像を絶する環境で面接を受けたりして死んだ。

ディスカヴァー・トゥエンティワンは一次面接のときに鼻で笑われたのを覚えている(それは僕が悪くて、書ける資格がないので「四国酒蔵88箇所巡り」というイベントで獲得した初代「酒王」という称号を、さも当然のように資格欄に書いたからだ)。

結果、僕はフォントメーカーのモリサワ、大日本印刷、紙卸商の竹尾から内定をもらうことができ、悩んだ末に竹尾へ進んだ。竹尾で過ごした3年間は、この歳になって公私ともに「基礎力」になっていて驚くばかりだ。もし、新潮社にうっかり受かっていたら、今の自分はあり得なかっただろう。

転職をした経緯は、別の機会にまとめたことがある。ざっくり言うと、運が良かったとしか言いようがない。

今、正直言って、僕の仕事に期待を寄せられたり、文章を納品してメシを食ったりしているなんて、日本大学芸術学部文芸学科という大学に通っていた自分だって、想像だにしていなかった。

というより、想像はできなかった。空想と妄想はいくらでも出来ても、芸術系大学でも夢を駆動力にして実現していくタイプばかりではない。「なんとなく」生きていく人間も、いくらだっているはずなのだ。

以前、ライフネット生命の創設者で、立命館アジア太平洋大学学長の出口治明さんが、インタビューでこんなふうに言っていた。

── それでいくと、未来はさらに予測不可能なものとして最近は扱われていますね。

出口:そもそも予測できるはずがないんですよ。ダーウィンが言うように「何が起こるかはわからない」のであって、そこでは強い者や賢い者が生き残るんじゃなくて、問われるのは「運」と「適応」だけですね。適応というのは、先ほどの震災の例えを引けば、「どちらが助かりやすいか」という話です。簡単に言うと、学んだほうが助かりやすい。

── 特に若手のビジネスパーソンによく投げられるアドバイスとして、「3年、5年、10年先を考えて、逆算して動け」とも聞きます。

出口:ある意味傲慢な考え方じゃないでしょうか。僕は先のことなんかわかるはずがないと思っているので。

僕はこのとき、すごく肩の力が抜けたのを覚えている。まさに僕の生き方そのままだったのだ。「運」と「適応」だけ。世の中にはいろんなタイプがいるが、「本当の自分」を求めるでも、「夢の自分」に寄せるでもなく、ただただ「置かれた場所で必死に咲き続ける自分」でもいいのかもしれない。

そして、ふしぎと数年間ものすごく頑張ってみると、ある一定の能力が成長しまくっていたりする。モリジュンヤくんは「僕は時間をかけて、今の仕事を好きになった。どんな仕事をするか迷う人も、少し長めの時間軸で考えてみてもいいんじゃないだろうか」と書いているけれど、僕は「何物にもハマれないと感じている人」ほど、それが必要なんじゃないかと思う。

全員が全員、ビジョナリーである必要はないとおもう。でも、すればするほど、好きになる仕事もある。僕にとって編集やライターの仕事は、そのひとつだったし、その「運」をくれた大人たちには感謝しかない。だけど、これは宝くじとは違う種類の「運」であったとは、今になって初めて、考える。

「運」で巡り合った「適応」できそうなことに、「長めの時間軸」で、あらゆるものを捧げてみる。迷う人ほど、今、目の前のことに頑張ってみる。すると、頑張った分だけすごろくのマス目が進むみたいに、実はそこが分岐的になっていたりするのかもしれない。

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長谷川賢人

86世代のフリーランス編集者/ライター。日本大学芸術学部文芸学科卒。noteでは音声配信も。ラジオのお仕事したい!ウェブメディアを中心に仕事しております。参考事例は → https://hasegawakento.com/

なるべく上等な劣等感日記

誰も劣等感を脱ぎ捨てることはできない。人生はけっして素晴らしいものではないが、どうせ生き続けなければならないのなら、なるべく上等な劣等感を身につけた方がいい。 ──吉行淳之介
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