僕たちは子供だったんだ。

※この物語は、とある青年が、ふと手にした誕生日占いの本に「貴方には文才があります!」と書かれていたのをいいことに、本当に文才があると勘違いして紡がれていく、ノンフィクションっぽいフィクション作品です。


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うまれてはじめてガンダムのプラモデルを作ったのは、小学生の時だった。レゴやジグゾーパズルなど、手先を使って何かを作るのが好きだったぼくは、順当にガンプラにはまっていった。貰ったお小遣いは、当時やっていたバスケットボールには一銭も使わず、全てガンプラにぶちこんでいた。有名なポーズの再現をしたいがために、ガンダムの頭をもいでみたり、片足を外してみたりしていた。いじりすぎてパーツが折れてしまい、一日中悲しみにくれたこともあった。



ぼくは高校生になってもおっきいサイズのプラモデルを買っては作って、綺麗に見えるスプレーを家の屋上で吹いた。が、何が起きたのか、「MG ガンダムエピオン EW版」を境にガンプラを作ることをやめてしまった。今となっては思い出せないけれど、理由はこんな感じだったのではないか。高校生になってもプラモデルを作っている自分に恥じらいを覚えたのだ。周りはスポーツだの、バンドだの、オシャレだの、なんか高校生っぽいことをしていた。そんな人たちが沢山いる中、ぼくが好きだったゲームやガンダムやヒーローの話なんかはオタク扱いされてしまうものばかりだ。「オタクとは思われたくない」。そうした自意識が爆発して、以降現在に至るまでプラモデルというものに手を出すことはなくなった。多分そんな調子だ。好きなことよりも世間体を重視したぼくは、結果あんまり冴えない高校生活を送ることとなる。


(ちなみにオタク=ダサい、の考えは大学入学と共にいろんなことによって消し去られ、好きなこと=素晴らしい、という概念が己に舞い戻ることとなる。)




転機は突然訪れた。先日Twitterをポチポチいじっていたら、昔キット化して欲しいと思っていたモビルスーツがようやく商品となった、という情報を得た。ぼくは思った。「また作りたい」。そして同時にこうも思った。「本気でプラモデルを作ったことなくね??」。実はいつもプラモデルを組んで、綺麗に見えるスプレーを吹いて終わり、ということしかしてこなかったのである。当時買っていたホビー雑誌には、パテ、スジ掘り、プラ板、エアスプレー、とうとう訳の分からない業界用語が並んでおり「これは大人のすることだな」と思い、やり込みをすることはなかった。が、しかし、今ならできるんじゃないか。「敷かれたレールの上を歩くだけでなく、自らレールを作ることができる。それは人生もそうだし、ガンプラでもそうなのではないか。」頭を突き刺す閃光。自らの本気が見たくなった。


気づけばガンプラを作るのが好きそう、かつ、あんまり最近作ってなさそうな友人を前に「本気でガンプラ作ってみたいんだ、、、」と告げていた。呆れられて終わると思ったその瞬間、友達はグッときたような顔をし、いいね!と言ってくれた。一緒にやろう!となった。嬉しかった。高校生の時に人から変に見られたくないと諦めた自分を慰める形で、「良かったな、また作れるぜ。」そう告げた。


正味1時間近くガンダムの話をし、キャッキャとはしゃいだ。どんなモビルスーツを作ってみたいか、想像するだけでドキドキしてワクワクした。この時ぼくはハッとした。「僕たちは子供だったんだ」と。大人と言われる年になってきたけれど、自分の中には子供がいる。そして、それは記憶としての「子供だったなぁ」だけでなく、いま、この瞬間にも、顔を表すことがある。無性にこの事実が嬉しかった。知らない間にワクワクドキドキすることなんて無くなっていた自分に、喝を入れ、またどこまで童心に戻り躍動するのか、そういった自らの変化や気づき、そういったことを発見していく企画と勝手に位置づけた。


タイトルはそう

「MajiでGunpraする5秒前」



つづく。

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MajiでGunpraする5秒前

世間体を気にして距離を置いたガンプラを、8年ぶりに作る青年たちのノンフィクションっぽいフィクション作品です。
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