生きづらさについての研究【「死にがいを求めて生きているの」読書感想】
俺は、死ぬまでの時間に役割が欲しいだけなんだよ。死ぬまでの時間を、生きていていい時間にしたいだけなんだ。
――「死にがいを求めて生きているの」より
朝井リョウ著「死にがいを求めて生きているの」を読みました。もうね、生きがいを忘れかけているハシモトのような大学生には、心に3メートルぐらいのクレーターができる作品ですよ、これは。
今回は、「死にがいを求めて生きているの」から、生きづらさについて考えていこうと思います。
「死にがいを求めて生きているの」あらすじ
「死にがいを求めて生きているの」のあらすじを紹介します。
植物状態のまま病院で眠る智也と、献身的に見守る雄介。二人の間に横たわる”歪な真実”とは?
毎日の繰り返しに倦んだ看護師、クラスで浮かないように立ち回る転校生、注目を浴びようともがく大学生、時代に取り残された中年ディレクター。
交わるはずのない点と点が、智也と雄介をなぞる線になるとき、目隠しをされた”平成”という時代の闇が露わになる――
いわゆる意識高い系の大学生の「雄介」と病院で植物状態になってしまっている「智也」を中心に物語は進んでいきます。
この雄介は「生きがい」を求めすぎるがゆえに、極度に意識が高い人物です。この姿には「ウザっ!」と思うと同時に、どこか共感できてしまうという不思議な気持ちになりました。
生きづらさの正体は
「目的」と「戦略」の逆転現象
さて、この小説を読んで学んだことがあったので、共有したいと思います。
それは、「生きづらさの正体は『目的』と『戦略』の逆転現象である」ということです。
生きづらい。
生きづらくないですか?
え?人生が楽しくて仕方がない?そうですか。それは最高ですね!そんなあなたは今回のnoteを読む必要はありません。また次回のnoteでお会いしましょう。
生きづらい方は、どんな時に生きづらさを感じますか?仕事をしている時?人間関係に悩んでいる時?健康を害している時?
さまざまな生きづらさがあると思います。僕の場合は、夢がなく、目標もなくただ日々をなんとなく過ごしてしまっていることが、非常に生きづらい。
このような生きづらさを感じることはありませんか?自分の好きなことがわからなくなってしまい、生きている意味すら見失ってしまう。そんな人は意外と多いのではないかと思います。
その「生きづらさ」のヒントとなるものが「死にがいを求めて生きているの」には書いてありました。その中から僕が思ったのは「生きづらさの正体は人生の『目的』と『戦略』の逆転現象」だということです。
そもそも「目的」「戦略」とは?
「生きづらさの正体は人生の『目的』と『戦略』の逆転現象」であることについて話す前に、そもそもの目的と戦略の定義について明確にしなければいけません。
目的と戦略の定義は以下の通りです。
・目的とは達成すべき使命のことであり、戦略思考の中では最上位の概念
・戦略とは、目的を達成するために資源(リソース)を配分する「選択」のこと
(出典)盛岡毅「USJを劇的に変えた、たった1つの考え方」(KADOKAWA)
つまり、「目的」を達成するために立てるものが「戦略」であるワケです。
しかし往々にして、「戦略」を実行するために「目的」を設定してしまうことがあります。
例えば、お客さんを増やすことが「目的」で500部のチラシをまく「戦略」をとっていたのに、いつの間にか500部のチラシをなんとか撒くことが「目的」になっている、とか。
この状況は非常にマズい。
なぜなら、本来の目的を達成できない可能性が非常に高くなってしまうからです。ゴールがわからずに出発するようなもので、偶然目的地にたどりつけるかもしれませんが、基本的には迷走します。
人生における「目的」は生き残ること
さて、先ほど解説した、目的と戦略を人生に置き換えてみましょう。
人生の目的とは人によってさまざまですが、結局「生き残ること」に帰着します。「より良い社会にすることが人生の目的だ!」という人も結局、より良い社会で生きていきたいという願望があるのではないでしょうか。
生物学的に考えると、「子孫を残すこと」も人生の目的だと考える人もいるでしょう。その場合も、自分の遺伝子を生き残らせたいから子孫を残したいと思うわけです。
このように人生の目的は「生きる残ること」にまとめられるのではないでしょうか。
人生における「戦略」とは生きがいのこと
それでは次に、「戦略とは、目的を達成するために資源(リソース)を配分する「選択」のことである」という定義に則って、人生の戦略について考えてみましょう。
定義から考えてみると、人生の戦略とは、生き残る(=目的)ために資源を使うことなのではないでしょうか。これはシンプルな言葉で表すと「生きがい」になると思います。
なぜ人生の戦略が「生きがい」という言葉に表されるのか。それは、人は「生きがい」に自分の資源を投下するからです。例えば仕事。仕事を生きがいにしている人は、自分のエネルギーや時間などを仕事につぎ込んでいます。
他にも家族や恋人、地位や名誉も生きがいになりえます。自分の資源を投下し、それらの獲得・維持をしているからです。
人生の「目的」は生き残ることであり、それを達成するための「戦略」が生きがいになるのではないでしょうか。
人生の目的と戦略の関係性
目的を達成するために立てるものが戦略でした。順番としては目的→戦略。
これを人生に置き換えてみると、「生き残る(=目的)ための生きがい(=戦略)」ということになります。理想的な人生はこのような構図になっています。
しかし、目的と戦略の逆転現象はよく起こるもの。この逆転現象こそが生きづらさの正体だと思っています。
生きづらさの正体は
「人生の目的と戦略の逆転現象」
良い人生というのは、「生き残るために生きがいを持つ」ということでした。これが往々にして逆転します。
つまり、「生きがいを持つ(=戦略)ために、生き残る(=目的)」という状況に陥ってしまうわけです。これが生きづらさの正体だと思っています。
というのも、生きがいのために生きるというのは、戦略のための目的の関係性と同じように迷走することが多いんですね。ゴールがない中を歩きまわっているのと同じなんです。
「どこに向かって生きればいいのかわからない」というのが人生における目的と戦略が逆転している状態です。
だから非常にしんどい。この「しんどさ」が生きづらさなのではないでしょうか。
「人生の目的と戦略の逆転現象」はかっこ悪さも生む
人生の目的と戦略が逆転すると、しんどいだけでなく、極めてかっこ悪くなります。
そりゃそうです。道に迷った時はここはどこ?と焦り、間違えた道を選ぶことが普通。人生の目的と戦略が逆転して、生きる意味が見いだせない時も一緒です。かっこよく道に迷える人なんていません。
このかっこ悪さを人は笑うんです。俗に「中二病」「大二病」なんて呼ばれています。
このように、人生の目的と戦略の逆転現象はしんどさ・かっこ悪さの二面性を持っています。
人生の目的と戦略の逆転現象の解決策
人生の目的と戦略が逆転してしまったとき、どうすればこの状況を改善できるのでしょうか。
大切なのは現状を知ることです。
自分は「生き残るための生きがい」を持っている状態なのか?それとも「生きがいのために生き残っている」状態なのか?をまず見極める必要があります。
生きるための生きがいを持っている人は幸せです。そのまま前に進んでいってください。
では、生きがいのために生きている人はどうすればいいのでしょうか?
大事なのは「歩き回ること」と「ヒントを集め続けること」だと思います。まずは迷っている道の中で、自分の行きたい道のヒントを探して歩きまわってみる。ヒントを見つけたら、それをもとに正しい道を推測する。そしてまた歩き回る。これが必要なのではないでしょうか。
そんなことはわかってんだよ!!!
「そんなことはわかってんだよ!」という声が聞こえてきました。歩き回ることはしんどいんですよね。僕も歩き回っている最中なので、その苦しみはよくわかります。
歩き回る気力さえわかない時はどうすればいいか。もうあきらめてしまいましょう。
いったんあきらめて、生きがいのために生きている自分を認めてみましょう。「もうしょーがねー、どしよーもねー。」って一時的に自暴自棄になってもいいと思います。
そのうえで、周りを見回してみてください。実はみんな「生きがい」を求めて苦しんでいるという事実が見えてくると思います。
テレビで偉そうにコメントしている人も、リア充風のインスタを投稿し続けている人も、まるで人生を悟ったように語るインフルエンサーも、実はただ「生きがい」を求めているだけであったりします。
その中にはもちろん、本当に生きがいを見つけている人もいるかもしれません。しかし、いくら有名になっても生きがいを持てなくて苦しんでいる人は間違いなくいます。
実は人間は生きがいを持たなければ生きていけない生物のようです。
生きがいを持たなければ生きていけない
特殊な生物「ニンゲン」
「人間は考える葦である」なんてカッコいいことを言った人がいます。葦を弱いもののたとえとして使ったらしいんですが、正直葦は強い生き物です。空気と水と土の養分さえあれば生きていけるんですから。
それに引き換え、人間は空気と水とおいしい料理があったって、生きがいがなければ自ら死を選ぶ生物です。生きがいがなければ生きていけないという面では葦よりも弱い。
あなたも人間であるならば、そんな弱い存在である可能性が高いわけです。だからもう、この生きづらさはいったんあきらめる方がいいかもしれません。
あきらめて、立ち止まって1度状況を俯瞰して見られたときに、新しい道が拓けてくるかもしれません。
僕らはその「新しい道」を信じるしかないようです。このめちゃくちゃ苦しくて、クソほどダサい人生を生きていくために。
まとめ
というわけで、「死にがいを求めて生きているの」の読書感想でした。この本、生きがいを見失っている人にマジでオススメです。
この本の著者である朝井リョウさんは他にも「何者」などを執筆されています。
またこれも、たまらねぇ!就活生には心臓をひねって回されるような作品になっているかもしれません。こちらの方がライトに読めます。
どちらでもいいです。生きる意味を見失ったときはぜひこの本を読んでみてください。
さて、僕もまた歩きまわるしかなさそうですねぇ…。
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