人間そのものがアートであり全人類アーティストである

アート好きな親友が愛知トリエンナーレに行って、「行ってよかった」て感想がきた。

愛知トリエンナーレといえば、
『表現の不自由展』にて慰安婦像の展示などで大炎上したことが記憶に新しい。

(その後、爆破予告があり慰安婦像や他展示品は撤去された)

親友の話によれば、
『表現の不自由展』ブースの撤去後の''ガラン''とした「今」の状況をそのままにしてアートとして表現しているらしい。

政治的であろう

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子どもだけが起きている - 幕張には眠っている人しかいなかった -

水曜日、クライアントワークも終わり昼過ぎから特にやることもなくなったので、ロードで適当にライドすることにした。

浅草から西に向かえば都心を突っ切ることになり、かつ相当西の方に行かなければなかなかおもしろい場所に出会えない。南は横浜方面、横浜は港町としての独特の風情や情景があって好きなのですが、いかんせん途中の川崎あたりの道が悪く、行き交う車も殺気立っているので少々気合を入れなければならない。

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保守主義の本質とリベラルが目指すもの

急速にリベラル化する社会

作家の橘玲が言うように、社会は確実にリベラル化している。しかし政治はそうではない。それは有権者の政治への(最近は異常なほどの)無関心ゆえ。いったん関心が高まり始めたら、政治は一気にリベラル化する。ギャップは必ず修正される。

私は別に保守主義者の価値観を全否定するわけではないが。橘玲は、女性の脳は生まれつき子守をするようにできている、という。まあ、それが科学的事実だとし

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リベラルについて考える

ツイッター、いまではすっかり遠のいてしまったのですけれど(ときどき、イラストをUPするぐらいですかね)向き不向きがあるなあ、とあらためて。

自分の発言が不特定多数に公開されている状態、やはりそれなりに責任が伴います。だとすれば、それを覚悟の上で発言しなければならない。当然ですけれど。もちろん、ツイッターだけでなく、ありとあらゆるメディアに言えることなのですけれど。端的にいえば、記録として残される

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『エレノア・ルーズベルト』の名言より。

エレノアの活躍は、最も活動的なファーストレディ、人権活動家、コラムニスト、世界人権宣言の起草者など、多岐に亘る。( 1884~1962)<wiki>

そんなエレノア・ルーズベルトの残した言葉がこちら

若くて美しいことは、自然のいたずら。
年をとっても美しいことは芸術です。
<エレノア・ルーズベルト

「年を取っても美しいこと」というのは、きっと見た目のことだけを言っているのではないですよね。

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芸術への批判は芸術で行うべきではないのか

少し前にリベラル批判をしたので今度は保守批判を。

今回のあいちトリエンナーレにおける従軍慰安婦像の展示に批判を加えていた人達に関してですが、批判はいいとしても展示中止を求めるのは行きすぎだったと思います。芸術作品としての展示である以上、批判的行動としては展示中止要求ではなく、逆の立場・思想・歴史認識からの芸術作品を何らかの形で出すべきだったのではないか。

芸術には芸術で対抗するべきであって、芸

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似非リベラルの或る著名人は、最近の日本はモノが自由に言えなくなったと嘆くのだが実情は違う。要は日本人の多くが目を覚ましつつあって、似非リベラルに対する反論が始まっただけ。これまで好き勝手に言い放題だった似非リベラルは、少し反論を食らうだけで言論統制にも匹敵する衝撃となるのだろう。

本当に「相手の立場に立てる」時代がやってきた

ネトウヨっていうのはネット上の右翼の一勢力(の蔑称)です。蔑称を使ったんで、他の勢力の蔑称も並べておきます。「パヨク・アベガー(反安倍勢力)」「表現の自由戦士(表現の自由擁護勢力)」「放射脳(反原発勢力)」「お気持ちヤクザ(フェミニスト?)」などなど。ネットにはたくさんの思想界隈と勢力があります。

この記事で私が結論とするのは、ネットが「相手の立場に立つ」ことを可能にする、という話です。ここでは

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うーん・・・

40代も後半に突入すると、早々に梅雨明け間近くらいには早々に夏バテするものの8月くらいになると、わりとケロッとしていたりしますが、皆さまはいかがお過ごしでしょうか?

私は現在、いろいろと試行錯誤で記事を書いております。わりと正しい政治的な記事を投稿したいと考えているのですが、なんというかモチベーションがイマイチ上がらなかったり、前にもTweetしたりしましたが、ファンサービスがいい目のおじさんで

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