手足口病を機に、10ヶ月半ですんなり卒乳した息子の話。

自分の記録と思い出と、誰かの何かのヒントになれば…と、思って離乳食のタイムスケジュールまで詳しく載せます。
手足口病の時の離乳食も書いてます。

 うちの子はよく食べる。ムチムチして大きいねー、とよく言われるが、体重的には太り過ぎでもなく当然痩せてもおらず、朝昼夕の離乳食はしっかり食べる。

 5ヶ月から始めた離乳食は、3週間くらい軌道に乗らず「10倍粥をべーっと出す0.5日目がずっと続く」と嘆い

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卒乳のタイミング

娘が先日無事に1歳を迎えた!あっという間の1年で、成長が嬉しい反面、もう少しゆっくり大きくなって欲しいとも思ってしまう。

最近の娘は、歩くのも上手になってきたり、おしゃべりもするようになってきた。そして、何より音楽が好きで愚図っていても音楽を流すとご機嫌になってくれる。最近のお気に入りはパプリカかな。踊りも上手で保育園の先生にも褒められちゃう♡

1歳ってこんなに色々出来るようになるんだっけ?2

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おっぱいバイバイ

ムスメ10ヶ月。離乳食も爆食のいきおいで食し、3回食になった時点で母乳を飲む量がぐっと減った。

ずっと母乳とミルクの混合育児でやってきて、母乳は離乳食のあとのみ、ミルクは15時と寝る前に200mlほどといったかんじで落ち着いていた。離乳食で満足したときは母乳はほとんど飲まない。

ミルクはまだ当面必要そうだけど、おっぱいはそろそろ卒業しちゃうのかなぁ、と思っていた矢先。わたしが帯状疱疹になってし

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実録断乳記 断乳ちうなう①

こんにちは。hanakoponです。

 前回の記事よりだいぶ間が空いてしまいました。6月。梅雨。初夏。夏至。

 そして久しぶりのnote。記事は、タイトル通り「実録断乳記」

 もっとやわらかく言いかえれないものでしょうか・・・・漢字ばかり5文字。固い。怖い。しかも卒乳じゃなく断乳・・・・それにパーソナルなトピックスですよね。子育て雑誌などでは、時々このテーマはありますけど、女性的な話では?と

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卒業はあっさりとした、

離乳食が始まって、娘は「これは好き」「これはマズイ」という意思表示が見られるようになって、ちまちま離乳食作るのメンドクセーという気持ちと娘の観察が面白いという気持ちがごちゃ混ぜになった日々を過ごしている。
最初こそ食べなかったりすると自分のせいかなと落ち込んだりしていたけれど、段々誰が作ったって一緒やろと開き直りの精神が出てきた。
なので、娘が食べなくても「マズイよなー、頑張れー」と適当に気楽にや

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卒乳は期待以上です。気になりませんか?卒乳するとお出かけできちゃう。卒乳するとビール飲み行けちゃう。まじで幸せすぎる。そして、お出かけすると我が子が100万倍いとおしく思える♪

断乳3日目少しずつ赤ちゃんがわかりだした。おっぱいは張って痛いけど、後少し。よく頑張った私。
今まで義理母が支えてくれた事に感謝。私が暴言はいて、関係修復不可能なってわかったどんだけ支えられていたか。ありがとう。ありがとう。ごめんなさい。そして、ありがとう。

母乳育児の闇。母娘の呪い。2

前回は、私の断乳の記憶と実母との関わりでした。
では、それがどうやって私と娘の母乳育児に関わってきたのか?を説明したいと思います。

私には断乳の記憶があり、それがとてもショックで悲しい記憶だったため、娘には断乳しないつもりでいました。好きなだけ母乳を与えたいと思っていました。幸い、私は母乳が出る体質で、生後2週間頃には完母の波に乗ることが出来ました。
最初は乳首の痛みに耐え、ピュアレーン(乳首保

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母乳育児の闇。母娘の呪い。1

先日、「私の母乳育児の闇は深い」と締めましたが、その理由を説明したいと思います。

昔話をします。
私は、自分の母親に「断乳」されたタイプでした。年齢は1~2歳の事。しかも断乳された時の様子をハッキリと覚えているのです。それは、当時の私にとってとてもショックだったからだと思います。
その日は良く晴れた日でした。自宅の縁側で、母は近所のお母さん(所謂ママ友)と談笑してました。そこに、私が母を掴んでパ

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母乳と粉ミルクと液体ミルク

僕は、昭和生まれなので、1983年生まれです。

世代的には母乳至上主義の世界の出身だと思うけど

未だに上の世代の方に
妻は見ず知らずの人に「母乳なの?」って聞かれる。

誰かにとっては至上でも。
誰かにとっては不便なこと。

そろそろ、もう、いいんじゃないかなと思う。
自分の子育ては素晴らしかったと思いたい気持ちも
今、育ていて、少しなりとも不安がある中なら余計に

自分を肯定したい気持ちもあ

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