サンドバッグ、向こう側に僕が見えた。

朝起きると妻からのメール。週末の運動会のプログラム画像が添付されていて、「昼過ぎまで運動会があります。どうしていいのかわからないので、昼になったら帰って下さい。お願いします。」とあった。最初はとても残念な気持ちになったが、仕方のないことと思い「了解しました。プログラム有り難うね。台風で延期になるようだったら教えてね。」と妻に返信。

仕事が終わってそのまま帰らずボクシングへ行く。柔軟体操をして縄跳

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枯葉剤事件と、じゃぱゆき惨めだについて。 。

サービス問題として

。。。

この絵を貼っておこう。。

あの時なぜフィリピン戦争に日本は動けなかったのか??

うごかなかったのはじえいたいだからはへいできないではないよね?

じゃぱ雪惨だとはなにか?

今日はこれを置いておく。。

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感想付けるほどの事があるなら、あなたのノートでも描いてね
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向こう側

仕事している向こう側には人がいる。

誰かがいる。

仕事はどこかの誰かに繋がっている。

今、私の仕事はお酒を販売すること。

酒屋さん、飲食店さんなどに向けてが多い。

私にとっての向こう側は大きく分けて2つあ

る。お酒を造るまでの向こう側(原料を作る人

や運搬する人、ラベルやボトルを作る人)とお

酒を売った後の向こう側(消費者)だ。

向こう側の誰かを意識して仕事をする

ことが出来

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酒の一滴は血の一滴。
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126:行方知らずになっていく「穴」

内田ユイ|TYM344「ART FOLDA 00 スキップ・トレーサー」で、内田さんの「穴」が描かれていた作品が、よかった。「穴」というそこにあるのかどうかが曖昧な存在を透明なサーフェイスに描く。サーフェイスは手前と奥との二層構造になっていて、手前の透明なサーフェイスに描かれた「穴」から、奥のサーフェイスに「穴」の影が投影される。影を得ることで「穴」は、確かに透明なサーフェイスに存在していることを

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125:すべてはXY座標の平面に還元される体験であるようだけれど…

私たちが写真をみるとき、写真の奥行きが世界の奥行きに重なり合い、写真の平面性が奥行きのなかに吸収されていく。しかし、写真には像物体=紙ということが残り続けている。インターフェイスは写真が像物体であることを強調するような体験を形成する。これと同じことは博論について考えて時にも考えていた。GUIは視覚的な要素が強調されるが、マウスをもつ触覚的な感覚も同時に感じているはずであるということである。ここを考

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124:向こう側」を感じさせるような一つのサーフェイスとして,世界を一度遮断する

現在,写真研究会での発表のために「写真」について考えているけれど,私はどうしてもデスクトップ画面に戻ってきてしまう.ここでの体験が,どのように表現に影響しているのかを考えてしまう.

今は「奥行き」と「向こう側」という二つの項の関係を考えているけれど,これもまたデスクトップにおける「奥行き」を示す画像を表示しつつ,それとは別のレベルでウィンドウやデスクトップという平面が重なっていて,これらが共存し

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123:「GUI体験」としてあたらしく書いた部分

昨日の段階で,発表の流れは以下のようになっていた.

写真の「向こう側」を考える
・重なりの双対性
・写真の正面性
・「像物体」「像客体」「像主題」でもない「黒い線」を見る

今日はこのようになった.

写真の「向こう側」を考える
・デジタル写真のパラドクス
・GUI体験と奇妙な触覚
・外部から「黒い線」を召喚する

「写真の正面性」が丸々削除されて,「GUI体験と奇妙な触覚」で「GUI体験」とし

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122:「パラドクス」を明示する表象

研究会の発表のためのテキストを書きはじめて,note に書いたものをまとめて,最初の流れは以下のようになっていた.

写真の「向こう側」を考える
・重なりの双対性
・触れる対象がない「奇妙な触覚」
・写真の「向こう側」を考える
・写真はモノであり,イメージであるという関係
・過去の自分の発表を振り返りつつ,写真の正面性を考えようとしたけれど
・二次元と三次元とが同等であるという状況が生まれる?

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カタストロフィー

「カタストロフィー」

僕を中心として 世界は回っている
誰がなんと言おうと動いている

たぶん その気になれば 景色も変えられる
誰がなんと言おうと変えられるさ

周りの事ばかり気にしても
結局は自分なりに進むのなら

下りたままの 遮断機を飛び越えて 行くんだ 今すぐ
警報機が鳴って 僕はすぐ駆け出した
一歩向こう側  意外と知らない世界が待っていた

時の流れは早く また置いて行かれそう

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120:整理で空いた空間が考えを圧迫してきて,頭をボーッとさせてくる

30日連続でnoteを書くと,頭のなかが空っぽになるような気がする.発表と連載のテキストの準備のためにnoteを書いてきて,書くことで考えがまとまっていくことがあるので,このまま書き続けたいのだが,考えがまとまっていき,頭のなかが整理されるとともに,整理で空いた空間が考えを圧迫してきて,頭をボーッとさせてくるような感じもある.

研究会の発表タイトルは「写真の「向こう側」を考える」となっている.こ

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