情念

相談されたら、正しいと思う事を言う。判断の主体はあくまで相手。自分の利益相反は交えるべきではない。僕はそうして生きてきて、今もそれを貫いている。だけど正しい答えを導けば僕はどんどん孤独になる。

これが宿命と言うならば感情なんて要らない。いっそ機械になってしまいたい。

人は身体で生きている。

軽蔑している母の言葉で、唯一覚えている為になった教えとして、触れてはならない、と言う話があった。

当時高校生だった僕は、恋に溺れていた。本当に溺愛していたように思う。学問のカケラにも頭を使わず、ただ刹那刹那で彼女のことを想うばかりだった。その状態を知っていたのか分からないが、母はある日彼女と手を繋ぐなと言った。とうの昔にそれより深い所にのめり込んでいた僕は聞き流して無視をした訳だが、触れてはなら

もっとみる

【働き方】ブロガーとライターの違い

こんにちは!

いつもご覧いただきありがとうございます(^^)

今回は、日常に潜む発見と成果を皆さんに還元しようと思ったので、記事を書きます。

内容を要約すると、ブロガーって最高!!って内容です。

最近、ブログ書く気が起きないな~とか、筆が進まないな~と感じている方は必見です!

では、最後までご覧ください!

┯┯┯┯┯┯┯┯┯┯┯┯┯┯┯┯┯
もくじ
┷┷┷┷┷┷┷┷┷┷┷┷┷┷┷┷┷

もっとみる
ありがとうございます(^^)

【幸せになるコツ】事実と情念を分けて考える

みなさんは、辛い現状を好転させて幸せになるためのコツを知りたくありませんか?

今回は、アランという哲学者から教わった方法を紹介します。

私も実践してみたところ、以前より悩む時間が減りました!!

ほんとに幸せになるためのコツは、すっごく簡単です。

そのコツは…、事実と情念を分けて考えることです!!

「え?情念ってなに?」

「分けて考えるって、どう行動することなの?」

今、さまざまな疑問

もっとみる
ありがとうございます(^^)
1

ひろびろの内面世界

written by wattle🌼

ひろびろは、自分の内面世界のイメージを「足元に小さな草花が優しく咲いている野原に、穏やかな風が吹いている世界。大きな花とか背の高い草木が生い茂っている感じではなく、足元に小さな花が沢山咲いてて、風に揺れてるような。」と説明してくれた。それに対してのコメント。

■ wattleの内面世界
俺はひろびろほど具体的な捉え方はしていないんだよね。「草花」みたいな

もっとみる

竹林茶話会 ~哲学Cafe@柏bamboo~ 第四十七回開催情報

「竹林茶話会 ~哲学Cafe@柏bamboo~」の開催情報をこちらでお知らせします。

~~~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~
フェイスブック・イベントページ 
https://www.facebook.com/events/327466734589890/
フェイスブック・コミュニティ 
https://www.facebook.com/chikurinsawak

もっとみる

そこに人がいるから。

只今絶賛「人生最大の脳内棚卸し作業中」ですが。
こうやって書くばかりじゃなくて、結構情報も読んでますよ。

GLAYのTERUはバリバリの天然だとか
ファイターズが同点に追いついたとか
ダービー、買ってたら外したとか。

若干偏りがありますが、ご愛嬌。

メシを食わないとウンコでないからね。
誰が僕の文章はウンコって言ったんだ、馬鹿野郎。

最近、アイドルマスターのアニメ(以下、アニマス)を一気見

もっとみる
あざっす!
5

八百屋お七

あの日から

あの方を好きになって

好きで

好きで

それなのに

逢えないから

逢いたくて

逢いたくて

だから増す増す

逢いたくて

想いは募って

恋い焦がれ

恋い焦がれるとは

よくいうたもので

その名のとおりに

お七は焦げてしまったの世

逢いたい

逢いたい

あの方に

逢いたい

狂おしいほどの情念は

やがて正気の沙汰を

通り抜け

お七は屋敷に火をつける

もっとみる
ありがとうございます💖
10

描くことの果てに何があるのか

経験によって失われていくものがある。学んでできることは限られている。理屈抜きで直感的に感じる生命につながる記憶のようなもの。それが年齢を重ね経験を積み、学ぶことでどんどん薄れていく。原初的な記憶や力をどのように呼び覚ましていくか。「描く」ということを突き詰めていけばその先に広がる世界がある。

励みになります!
6

概念としての感情、利己心としての感情。 『不十分な世界の私―哲学断章―』〔14〕

仮に苦悩が『概念』であるような場合、同情者はもはや自らは何ら苦悩することがなくとも、その同情を向けるべき対象を見つけ出すことができるのではないだろうか?いや、その対象を自ら「作り出す」ことさえできるのではないだろうか?なぜなら対象とすべき苦悩は「そこにすでにある」のだから。誰もが知りうるようなもの、つまり一般的なもの、すなわち「概念的なもの」として。
 そのように、同情者が苦悩者を「概念的な存在」

もっとみる