フレーバーデザインを考える。1

レストラン時代は様々な食材を一皿に盛り合わせて、口の中で食材が合わさることで変化を生み出してきました。これは多様な温度や食感に変化させることができたので簡単に成り立たせることができます。

素材のサイズを変えることで噛む回数や噛み心地を変化させたり、温度に変化をつけることで香りの立ち方も整えられる。甘いものは甘く、塩気のものは塩を効かせることで口内での五味のバランスも調整できた。

今思うと本当に

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そのスキが僕の原動力!
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新たな料理人の形

どうも、ゆ〜とです。

タイトルにもあるように今日は新たな料理人に形について話していこうと思います。

まず僕を知らない方も多いと思いますので、自己紹介からしようと思います。

僕は18歳の時に料理人の世界に足を踏み入れました。

料理人になるきっかけは父が料理人で、さらに実家が自営業のレストランというのもあり小さい頃から父が料理してる姿を見ていてかっこいいと思い、物心ついた時には将来僕も料理人に

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ゆとり・さとり世代の働き方

なんだかそれっぽいタイトルにしてみましたが、ただ単に僕が働く上で重視していることを書いていくだけです。すみません。
”料理人”という特殊な職業・世界において、人間らしく働くのが僕のモットー。
上の世代の方が読まれると「なんだこのナメたクソガキは」となりかねないですが、辛い思いをしても頑張っている同年代・年下の料理人に向けて。

前提として

・労働時間が長い
・休みが少ない
・給料が低い
・強烈な

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スキありがとうございます!これからも応援よろしくお願いします!
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(上) バックパッカー料理人 第2便

美食の旅...

Rêgis et Jaques was Marcon・Geranium・El celler de Can Roca・Noma・De Librije etc...

まず最初に食べに行きたいレストランのリストアップから始めた

キノコ Loverの僕にとって、シェフ レジス・マルコンは憧れの存在だった。
一番最初のは恵比寿のMushroomというフレンチで、キノコフルコースをい

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(上) バックパッカー料理人 第1便

血は争えない...

「旅」...
約40年以上も前に、バックパッカーしていたというのだから。

有名な深夜特急よりも前の話だ

まだ、海外旅行も一般的じゃなく、ネットもない本当に未知の世界が広がっていた海の向こうの世界。

国によっては個人旅行も認められていなかった。
そんな時代に、母親は横浜から船で津軽海峡を渡り、旧ソ連をシベリア鉄道で横断、フィンランド、デンマークと北欧そして、ベルギーやル

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お弁当への想い🍱

10/8 お弁当を販売した。
今回は
普通のを40個
ワンコインを10個
おにぎりを18個

完売して良かった。

内容はこんな感じ。

ワンコインは中身ちょっと変えてみた。
おからバーグをナスの蒲焼きに
副菜は焼き野菜と、菊茎と人参の葉のきんぴらに。

ワンコインも中々の人気で今後はもっと工夫を重ねていくつもり。

#onigiriaction が始まったのもあり
今回はたくさんのおにぎりを。

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Alinea Ep.Ⅶ

覚悟 忍耐 超越 感謝...そして、その先へ...

2年でCIAを卒業した僕は、OPTというワーキングビザを手にれた訳だが、このビザでは1年しか働くことができない。

シェフ アケッツの当時のパートナーシェフである シェフEric(エリック)が、ワーキングビザ習得の為に動いてくれた。

だが、アメリカでのビザ習得は容易でなく、最後まで希望を捨てないで期待していたが、それも虚しく散ることとなった。

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