白峰三山縦走

蛍と登山 (29e) The way it is  〜 下山

夜が明け、周囲が明るくなると私達は下山を開始した。
睡眠はしっかり取れ、蛍も顔色も良く、殊の外、調子も良さそうだった。
ここでしっかりと休息できたことが、何よりも大きかった。

昨日の雨で、地面はウェットだったが、土を避けて、岩や砂地を踏みしめていけばスリップの心配はそれほどない。私が先行して、蛍の歩幅を考慮しながらゆっくりと歩んでゆく。蛍は単純に私の足をトレースしていけば良い。

周囲は霧に覆わ

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蛍と登山(26) Dreamland  round.2  〜農鳥岳編

遠くで雷の音が聞こえた。寝ていたようだ、ゆっくりと目を開けた。
雨は降リ続いていたが、振り始めた時の雨量では無くなっていた。

蛍は隣で眠っていた。良い休憩になって良かった。疲れ切っているから、初のテン泊も問題ないのかもしれない。

また雷が鳴った。先程よりは遠い所で鳴ったのでホッとした。次の雷に集中していたその時だ、ザーッと雨がツェルトのナイロン屋根を叩き始めた。あんなに遠くで鳴ったのに、ここが

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蛍と登山(25) Dreamland     round 1  〜農鳥岳編

ツェルトの中で上着を脱ぐと、まず、ザックを広げる。緊急時の食料と水の量の確認だ。

「食料になるもので、どんなものが残ってるのかな?」 蛍に尋ねた。

「ちょっと待ってね」ザックの中からパックに閉じられた菓子類が出てきた。量を見て 一目で安心出来た。こんなに沢山持って来てたんだ・・

「取り敢えず、楽しく過ごせそうだね」安堵した所で 次なる欲求を満たすことにした。

着ていた長袖シャツとTシャツを

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蛍と登山(24) Have you ever seen the rain 〜 農鳥岳 編

「ね、あの辺りが山頂みたいよ」

蛍が振り返って、前を指差している。笑顔で頷き返した。あと暫くで白峰三山の高度縦走が終わる。

休憩中に3人の登山者が、私達の先へ行ったのだが、その3人に追尾するように蛍が歩いて行く。一定の距離を保ったまま、同じペースで歩いていた。目前に目安となる登山者がいると、心理的に楽が出来るものだが、今回はこの最後の局面だけとなってしまった。
実質、殆どの行程を一人で先導し続

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蛍と登山(23)synchronicity〜農鳥岳編

先程、鮎に電話をかけた岩場までやって来た。

岩場と言っても、構造的には横に長い台形状の岩場だ。例えるなら、フィールドアスレチックの障害物のような感じだ。岩を登って降りて、を暫くの間繰り返す。沢登りや海岸の岩壁歩きに近いかもしれない。

最初、蛍の動きを見ていた。自分の身長以上の岩壁を越える事が出来ないようだった。岩の上部に手を掛けて、懸垂の要領で自分の体を持ち上げて行くのだが、それが出来なかった

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蛍と登山(22) Little wing 〜 農鳥岳 編

西農鳥岳の山頂に到着した。蛍が来るまで待とう、と思いながらも、内面にはまだ怒りのようなものが残っていた。今のままではまだ冷静な応対が出来ないかもしれないと思い、先へ進もうと、立ち上がった。

いや待て、子供じみた真似はよせ、とも思ったが、不思議と、怒りと煩わしさが勝った。そう思ったら 登山道を駆け下りていた。

やはり、ヤマだけが自分の拠り所なのかもしれない。登山道を疾走しながら意識を高めていく。

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蛍と登山(21)Separate ways 〜農鳥岳編

( 妻 ) 

 強い夫が、ここまで小さくなってしまうことに驚いていた。北岳の頂上でも、そして今も、葵さんを想いながら泣いていた。今でも彼女の事を愛しているのだ。夫を追い詰めた事に自己嫌悪を感じながら、それを思い知った。

触れたくない話を無理に聞き出した行為を、ただ後悔していた。”嘘つき”と罵り、僕を信用していない、と夫に言われても、仕方が無い言動だった。

謝らなければならないのだが、目の前で

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蛍と登山(20)  Broken wings     〜 農鳥岳編

雲に覆われていると、岩や石だらけの登山道は憂鬱さを感じることがある。今日もそういう日になりそうだった。蛍も、急に無口になっていた。登っているからなのか?先程、私の素っ気ない応対に呆れてしまったからなのか?理由が分からなかった。

ストックを出して良かったな、と思っていた。もっと早くから使うように指示を出していたら蛍も楽だったかもしれない。少し失敗したかなと思っていた時に、視野が急に明るくなった。ひ

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蛍と登山(19) The first man for two ladies 〜 農鳥岳 編

蛍が携帯を覗き込んで、ガックリした表情をしている。

「仕方ない。また来ようね」

「・・うん」

「そうだ、次も2人で来ようね。お母さんに留守番お願いしてさ」

「うん・・」

反応がイマイチなので、暫くそっとしておくことにする。

農鳥小屋で早めのお昼を食べ、休憩していた。天気予報を確認すると雨の予報が伸びて、明日の午前中にズレていた。今日一日は天気が持ちそうなので当初の取決め通り下山すること

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蛍と登山(18) The shadow of two women  〜 農鳥岳編

「お母さんは我が家の主だな・・」

「アルジはあなたじゃないの」

「だって この場に居ないのに、どうして色々な事が進んでいくのさ?」

「・・確かに。色々、ごめんね」

「君が謝ることじゃないよ」

「・・でも、ごめんね」

笑顔で言ってるので、陳謝には思えない。
蛍は慣れっ子なのかもしれないが、金森家に来てからというもの、鮎が暗躍することにより私の未来が思いもしない方向に変わり続けている現実が

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