藤原頼通

後三条天皇「延久の荘園整理令」藤原摂関家の思い通りにはさせないぜ(超高速日本史#03)

武士が表舞台に登場したとはいえ、まだまだ中央政府は強大な力を持っています。中央政府は藤原摂関家が牛耳っていましたが、一矢報いようと改革に動いた天皇が登場します。

(超高速解説)
延久の荘園整理令(1069)で後三条天皇が登場。形骸化していた荘園整理令の審査対象を摂関家、寺社まで拡大。大江匡房を重用。なお、ひ孫の大江広元は幕府制度を考案。審査機関として記録荘園券契所を設置。道長の子で宇治殿と呼ばれ

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日本史のよくある質問 その17 「荘園」とは?⑦

前回の記事では、国司と開発領主の微妙な力関係、そして「職」の世襲化と「受領」の出現について触れました。

今回の記事では、それらを踏まえ、摂関家に対する荘園の寄進、その実像について、藤原道長・頼道親子(摂関政治全盛期)を中心に触れていきたいと思います。

というわけで今回のテーマは

「藤原道長・頼道の荘園とは」

です。

さて、高校などで日本史の授業を受けた際の記憶がある方は、藤原一族でも最も

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