表現の不自由展

「表現の不自由」の原体験は小学校  We are all gifted!  誰もが特別。

8月の頭のあいちトリエンナーレの「表現の不自由展」から派生した渦に、胸が苦しくなるほど気持ちを寄せていた。それから1か月半以上たった今、ここで書きおくのはごく個人的な体験と、それを越えようとする私の次のステップについてだ。

 絵が好きで、書が好きで、着ることが好きで、なんだか踊ってしまって、歌っていて、写真が好きで、映画が好きで、楽器も嫌いじゃない、四六時中何か言葉を書き留めている、、そんな私に

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あいちトリエンナーレ2019 展示されていない作品を鑑賞していない記録

先日、「あいちトリエンナーレ2019 情の時代」を鑑賞した。名古屋に一泊し、愛知芸術文化センター、名古屋市美術館、豊田氏美術館と、四間道・円頓寺といった主要な会場を周遊。トリエンナーレにふさわしい現代アートの祭典であり、先端的な刺激に満ちていた。名古屋駅周辺の会場は、歩いて回るには遠すぎ、電車移動には近すぎる微妙な距離だったが、その不便さの体験も含めて旅の記憶となるもので、日常から離れる悠々とした

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抵抗するアート- 表現の不自由な時代に

脅迫と政治の介入によって中止に追い込まれてしまった「表現の不自由展・その後」。

ある種「検閲」のシンボルになってしまったあいちトリエンナーレを「表現の自由」のシンボルに書き換えよう、というステイトメントの下、アーティストたちによってクラウドファンディングが開始された。

ここ数ヶ月の間に、アーティストによって始められたこのクラウドファンディングの他にも、負の歴史に向き合えずにいる表現が不自由な社

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人間そのものがアートであり全人類アーティストである

アート好きな親友が愛知トリエンナーレに行って、「行ってよかった」と感想がきた。

愛知トリエンナーレといえば、
『表現の不自由展』にて慰安婦像の展示などで大炎上したことが記憶に新しい。

(その後、爆破予告があり慰安婦像や他展示品は撤去された)

親友の話によれば、
『表現の不自由展』ブースの撤去後の''ガラン''とした「今」の状況をそのままにしてアートとして表現しているらしい。

政治的であろう

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【大吉】いつもより大胆にお風呂に入ろう♡ԅ( ิټ ิԅ)
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あいちトリエンナーレに行ったら想像以上にヤバかったww!

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あいちトリエンナーレ再考:「共有財産」としての公金支出の見地から

heianwaki氏の論考

あいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」の展示中止に至る一連の騒動については多くの方が様々な論評を行われています。

その中でもheianwaki氏の論考は独自の着眼点から非常に優れた論評を展開されており、一読に値するものです。「表現の不自由展」に関して関心をお持ちで未読の方はぜひ読んでいただきたいと思い、ご紹介します。

heianwaki氏の論評のユニークな

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「表現不自由展その後」問題の整理

*日本の右傾化が行くところまで進んだなかで迎えた令和新時代。この新たな中世を幸福なものにするため、国民の権利と義務は、適切に再調整されることが求められている。奇しくも令和元年夏に開催された「表現不自由展その後」は、「表現の自由」や「現代芸術」のあり方について、一石も二石も投じることになった……

*舞台となった「あいちトリエンナーレ」は、愛知県で2010年から3年ごとに開催されている国際芸術祭。第

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不自由な表現、痛む表現、不寛容なゼロカルチャー

名古屋にいます。学会報告でした。フィードバックがえげつなかったです。詳細はまた今度。で朝から何も喉を通らないで報告、電車でホテルチェックイン前に愛知なのに横浜家系ラーメンネギチャーシュー大盛り。店員さんの「ご飯サービスですけど」にハイヨロコンデの精神で食べたのが17:30。懇親会は19:00。飲めない酒を飲み、撃沈。起きたらホテルで全裸で寝てました。プリンが食べられた痕跡はあるも記憶はない。で、今

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