表現の不自由展への公金投入が何故ダメなのか?という疑問を持った

この記事を書く前に、私は現在進行形で大学に通っているただの理系学生だということを断っておきたい。私は社会学や政治、経済への教養がないことを自認している。そのレベルの人間が素朴に思ったことを書いていく。

ここ数日世間を騒がせている、表現の不自由展の企画中止及び公金投入問題。

この展覧会への是非については様々な著名人や団体がそれぞれの見解を発信している。というか、かなりの著名人でも意見が割れている

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Twitterと言論。

RT(リツイート)の罪と我々の行く先とは

最近、こんな記事がTwitterに流れてきた。

Twitterでは、多くの人の共感を集めたツイートほどたくさんのRTがつき、世の中に拡散されていきます。

たとえ、それがどんなに過激だったり安易な内容であっても。

ちょうどこの記事を読んだ翌日、私はTwitterで引用リプライを引っ掛けていました。

懺悔としてここにものっけておきます↓

ちょうど先

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【怪談】幽霊の正体

幽霊を怖がる心理は 
科学技術の発達とは無関係でありまして 

幽霊が見えるから怖いのではなく 
怖いから幽霊を見てしまうのであります。

恋愛において 
相手を選ぶから好きになるのではなく 
好きになるから相手を選ぶように。

一般に女子は 
恋愛トークと怖い話に目がありません。

どちらも本能と関係が深く 
どちらも興奮しやすい。

また心拍数を上げないようでは 
恋人でも幽霊でもありません。

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【論説】「死」の考察

「死は私と関係ない。
 私がいるうちは死んでおらず、死んでしまえば私はいないから」

悟ったように昔の賢人は語ったが、はたして本当だろうか。

「死」と「私=生」は、さような小賢しい理屈通り
きれいに分離されているものだろうか。

年々老い、若さと力を失い、疲れやすくなり、意欲が減り、
意識は薄れ、苦しく辛く耐えがたい痛み、そして・・・

これでは、まるで
生きながら少しずつ死んでいるようなもので

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【論説】「無」の考察

誰しも「無」を意識することはできない。

もし「無」を意識したとすれば、意識されたことにより 
それはすでに「無」のままではあり得ないから。

意識された「無」は 
意識される内容もないのに意識されてしまった形式としての「有」である。

いやむしろ、内容のあるなしにかかわらず 
それについて意識しなければ形式のない「無」であり 
意識することによって初めて形式のある「有」となるのであろう。

つま

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【詩】別れの言い訳

どんなに愛しくても 
いつまでも一緒にいられるものではない。

また仮に 
いつまでも一緒にいられるとしても 

互いの愛しい気持ちは 
どうしても変わらざるを得ない。

その気持ちの変化は 
昔の気持ちの裏切りであるかもしれないけれど 

今の気持ちの偽りであるよりは 
まだいくらか罪の目方は軽い気がする。

Parting Excuse

No matter how much you love

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【論説】断絶

世界は、意識である。
意識されなければ、世界はない。

世界は、現実ではない。
意識された現実は、すでに現実ではない。

現実は、表現である。
表現されなければ、現実はない。

現実は、世界ではない。
表現された世界は、すでに世界ではない。

Disconnection

The world is conscious.
There is no world unless it is consciou

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【論説】買うまでもない

我々は買わされている。

買わなくてもいいものを
なし崩し式に買わされている。

たとえば寒いからと
ストーブを買わされる。

すると続いて
灯油、ガス、電気などを買わされる。

一事が万事この調子。

厚着すればいいのに。
指抜き手袋をはめればいいのに。
寝袋を重ねて腰まで穿けばいいのに。

それで済む。
それで住めなきゃ、引っ越そう。

文明は利用すべきもの。
振りまわされるべきものじゃない。

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【論説】証明

現実が想像の世界であることの証明。

まず、現実が想像の世界でないと仮定する。
すると、非想像世界を想像することになる。

つまり、これは空想である。

次に、現実が想像の世界であると仮定する。
すると、想像世界を想像することになる。

つまり、これは認識である。

ところで、現実は認識するものであり 
空想するものではない。

ゆえに、現実は想像の世界である。

以上、証明終わり。

Proof

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