ブレない同期の話

漫才コンビ・飛石連休の藤井ペイジです。
気づけば僕も芸歴25年。
華々しいテレビ業界のことはあまり分かりませんが、それなりにいろんな事がありました。

そんな思い出をnoteに綴っていくことにします。
かなりのお笑いマニアしか興味がないかもしれませんが。
ちなみに、生意気ながら有料記事です…

題して

『藤井ペイジの思い出100円』

第1回「ブレない3人の同期」

1994年4月、僕は吉本総合

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ハングリー精神の天才:山里亮太

さて。

あのビッグニュースがあってから、

多分にもれずミーハーな私はこちらを手に取ります。

巻末の解説で若林さんが、

❝ 彼が言われたら一番困る言葉であり、一番言われたい言葉 ❞

「山里亮太は天才である」

最後に言い切っているのが清々しい。

本題。

読んでいて思わず付箋をつけたところを紹介していきます。

第1章 「何者か」になりたい

あるオーディションにて。

スタッフさんから

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会議室のライブが地下芸人界に浸透した結果

今日は高円寺の集会所で昼はお笑いライブのスタッフをして、夜はその場所に客としてライブを見に行った

そこでお笑い界の変化をすごく感じる出来事にたくさん出会ったのでそれを書いておきます

①会議室でのライブもだいぶ市民権を得てきた

元々は劇場を使うと会場費がかなり高くなるのを公民館の会議室を使うとかなりのコストカットになるという事から会議室でのライブが始まり、ついこないだまでM-1グランプリ201

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お笑い芸人養成所NSCに通っていた時の話

先に書いておきます。当時のNSCと今のNSCがどう違うかは知らないので分かりません。今回書いている内容は当時おれが通っていた時の話しです。

お笑い基地baseよしもとの横にNSCがあった

NSCの教室はbaseよしもとに併設されていた。おそらく芸人さんの稽古室をNSCが間借りしていただけだと思う。

大阪難波千日前にそびえたつなんばグランド花月。その目の前の地下。baseよしもとという若手芸人

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漫画家芸人 〜2話〜 「お笑いの学校ってなに?」

(前回のつづき)

迷い人が通うのは、ワタナベエンターテイメントスクールという恵比寿にある学校らしい。彼を無事に大鳥神社へ送り届けた僕は、連絡先を交換し、ちかぢか専門学校内で行われるというライブへ行く約束をして別れた。

家に帰った僕はお笑い学校についてさっそくネットで検索、、、

あ、これが彼の行ってる学校だな。ふむふむ、あの芸人さんも卒業生なのか。なるほどねぇ。カリキュラムはどんな感じかな。ほ

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漫画家芸人 〜1話〜 「ある日突然に芸人に」 ノンフィクション

【27才でお笑い芸人に挑戦した漫画家の僕がよしもとNSCに入学し3年後にフジテレビ人志松本の○○な話ですべらない話を受賞するまでのノンフィクション】

2007年秋。漫画の仕事は少しずつ増加。担当者からは「絵が下手だ!」とよく怒られていたが、「練習すれば上手くなるさ!」と、僕は常にポジティブだった。

夢は

「日本一有名な漫画家になる!」

その夢に向かって、アイデアを練る、作品を描く、絵の練習

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(※ショック!最終回です)僕のNSC日記 その12「後輩になるということ!」

よしもとの上下関係は正直めっっっちゃくちゃ厳しかったです涙!
ただし、もちろん何もしていないのに怒られたりはしません。怒られるのは、礼儀が間違っていたり、ルールを守れない時。

僕は学生時代に体育会系でもなかったし、就職したこともなかったので、礼儀やマナー、組織のルールを全く知らなかったんですよ。
だから最初は本当〜によく怒られた。(卒業する頃にはあまり怒られなくなっていたよ☆)

「挨拶する時は

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僕のNSC日記 その11「先輩からのアドバイス!」

(前置き)現在は違うと思うよ!あくまで当時の話だよ!(前置き終わり)

夏合宿で、オナラよりすごいものを鼻先に当てられました😂www!!!

つづく。

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僕のNSC日記 その10「お客を呼びまくる作戦! 」

この次のライブはまた下位だった^^; 

ライブで上位の人のネタを見ても面白いと感じられなかったので、解決策が見えず本当に本当に苦しかったです。。

(つづく)

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僕のNSC日記 その6 「10年ぶりの再会!いざコンビ結成」

つづく

最初の10分はこんな感じでお互いがズレを感じた。が、その後はすぐ高校生の時と同じ空気に戻り2人で大笑い。いい未来しか予感できなかった。

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