美術入門060

アメリカのアートが1960年代に怒涛の動向が矢継ぎ早に誕生したように、日本でもさまざまな動向が生まれました。
赤瀬川原平本人が参加して自身の著作でも紹介している讀賣アンデパンダン展は、1960年代初頭に中止となったとは言え凄まじい熱気にあふれたものだったようです。それは、誰でも参加できる無審査の公募展だったようです。欧米の無審査の公募展は、あくまでも美術の歴史を踏まえた上で出品するのが、暗黙の了解

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美術入門059

この頃から画家として、現代美術家として欧米に認められるには、日本での活動に限界を感じた画家たちが渡米して行きます。後にアメリカでダイアグラムのような作品で有名になった荒川修作、デイトペインティングで知られるようになった河原温、フルクサスの活動に参加して、後にジョン・レノンと結婚する小野洋子などが、特に有名です。
それとは別に国内での公募展を契機にアメリカへ渡り評価される動向も数少ないですがあります

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美術入門058

当時の日本の戦争中に戦意高揚のために、さまざまな画家たちが駆り出され戦意高揚画を強要されますが、そこでは洋画や挿絵の垣根を超えて等しく画業にあたりましたが、戦後に戦犯扱いされる者、何も問われない者、そして、それらの作品自体が不幸な扱いを受けました。それらが明らかになるのは、2000年代に入ってからではあります。
戦後になっても欧米追随の風潮は変わらず、フランス中心だったのが、徐々にアメリカ中心に変

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美術入門057

日本は、大正時代や昭和に至っても、欧米追随の心性は変わらず延々と繰り返して行きます。それが日本のアートの実質と言っても過言ではないように感じます。特にフランスのパリに修行として渡仏した若い画家が、現地で活躍すると言うよりは、現地の当時の流行を学び、その流行や技術や知識を日本に持ち帰れば、画伯と持ち上げられるという図式です。
自身の著作で公言していますが、その日本のアートの実状に異議を唱えたのが岡本

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美術入門056

日本の明治時代に何が行われたのかは既に解説した通りです。欧米追随がまずは大きな課題だったために、黒田清輝を始めとする日本の画家たちは、欧米の技術を吸収して(特に当時の流行だった印象派を中心とする西洋の絵画技術や、特定の物語に依存せず自由に描くという印象派からの日本的な幻想=誤解を取り入れて)、日本独自の絵画を実現するという課題を徹底して追究したのです。それは、当時は中心だった洋画だけではなく、日本

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五目ごはんの正解が知りたい

便利なもんで、お米を炊くときに「五目ごはんの素」を一緒に入れて炊くと簡単に五目ごはん出来上がる。五目ごはんの素である甘じょっぱいタレが白米に染み込んで美味しい。炊き込みごはんの代表だ。

先日久しぶりに五目ごはんを食べてふと思ったことがある。

五目ごはんはどうやって食べるのが正解なのだろうか、ということだ。

五目ごはんはごはん自体に味が付いている。それにごはんの中におかずが混ざっているので、五

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創作物 R1.7.22

自分の精神状態を反映した何か、コミュ障の自己表現。

辛い事から逃げ逃げ人生

オリジナルグッズの販売始めました
意識高いのか病んでるのか判断が難しいアイテム

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よければ

ほしいものリスト

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インスタグラム
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