【聖騎士フリードリヒ、星の海を越える:序】

「ねぇ、生きてるの?」

 くたばり損ないにかかる声は、軽薄で、甲高いヒューマノイドの声だった。
 
 神聖ドロイド帝国によるM28球状星団への聖戦は失敗に終わった。
 M28球状星団に生存するヒューマノイドによる激しい抵抗があったのは事実だが、実際は神聖ドロイド帝国内の政治闘争によるグダグダが軍に波及した結果である。
 西暦4022年になろうが兵站が崩れれば軍が機能しないのは必然であり、現に帝国軍十個師団は半壊し、軍部は文字通り“頭脳”を抱えて我先にと逃げ出した。
 私のような独立型の聖騎士はその生贄になるべく戦いを続けていたが、一人また一人と損壊し、現在はヒューマノイドの戦利品として倉庫に並べられている。

「ねぇってば。……ねぇ、ねぇって……」

 恐らくこの歴史的大敗は、軍部にとって大きな屈辱となるだろう。
 神聖なるマザーコンピュータから与えられた聖戦機構が、神聖政府の機能的疾患により十全に果たされなかったのだ。
 軍部が総力を結集し、政府の解体と再構築に移ることは予想に難くない。
 つまり私の回収は恐らく十年後だ。野蛮なヒューマノイドに解体される方が早いのでこれは所謂「詰み」である。
 
「おい! なんとか言えよこのポンコツ!!」

 その甲高い声と共に、小さな衝撃が私の頭部を襲った。
 それと同時に、機能停止していた予備のジェネレーターが息を吹き返す。
 記録用電子小脳が演算用陽電子頭脳と連結し、私の神聖なる言語機能が再起動した。

『おお、神聖なるナナメ45°! なんたる神聖的修理方法であろうか!』
「うわっ」
『感謝しよう、矮小なるヒューマノイド、XX染色体の持ち主よ! 我が聖なる機構は再び起動した!』
「お、おう……」

 ヒューマノイドは私の劇的な回復に驚愕し、脚部を地につけて此方を仰いでいる。
 膝をつけて振り仰ぐ様は、教えを請うものとして相応しき立ち居振る舞いである。
 啓蒙の低いヒューマノイドにしては敬虔で利口な所作に、私の神聖判定機も思わずグリーンだ。

『私は神聖ドロイド帝国の聖騎士、Friedrich=6-P! 誉れ高き光子ブレードの担い手である!』
「光子ブレードどこだよ……」
『両腕と共に、野蛮なるヒューマノイドに持っていかれてしまったな!』
「使えねぇ!」

 そう。
 現在我が機体は下賤なヒューマノイドの手により両手両足を外され、ホコリまみれの倉庫に無造作に捨て置かれていた。
 数多くの物言わぬ同胞達と共に、完全停止の時を待っていたのであるが、この矮小なるXX染色体ヒューマノイドによって再び起動したのである。
 ここまではスキャンによって得られた情報ではあるが、今漸くカメラアイが陽電子頭脳と同期した。
 はてさて、恩“肉”であるXX染色体ヒューマノイドの姿は……。
 
『汚いナリだな、貴公』
「うるさいよ!」

 ずいぶんと、汚らしい未成熟個体であった。
 ボロボロの繊維による貫頭衣、埃や煤で汚れた表皮、生傷だらけの顔。
 M28球状星団の生物はもう少し高等な――宇宙空間でも生存可能なスーツなど――衣服を纏っていたと思ったが、これはいったいどうしたものか。

『貴公は何者か? M28球状星団の未成熟個体は、皆そのようなみすぼらしいナリをしているのか?』
「ちげーよ。あたしはドレイなんだよ、ロボ公」
『奴隷』

 興味深いことに、ヒューマノイドは同種に階級を作る。
 彼らの言葉で言えば「同じ人間」であるにもかかわらず、同胞を服従させているのだ。
 我々機械は機能に応じて階級が決っている為、奉仕機種は作られた時点で奉仕機種と決定しているのだが、ヒューマノイドはこの立場が変動するのである。

『成程、了解した。貴公をこのM28球状星団において、ヒエラルキー最下層に認定』
「なんかよくわかんないけど、バカにされてるのはわかるぞ……」
『まぁ落ち着くがいい下等生物。貴様を恩肉と認め、願いを叶えるのも吝かではない』
「やっぱバカにしてんだろテメェ!?」

 きぃきぃと喚くXX染色体ヒューマノイドを宥めるのに三分を消費する。
 ヒューマノイドは感情制御が甘く、しばしばこのように理性的な応答が出来なくなることがある。
 こういう時は落ち着いて、寛容に振る舞うが吉だ。戦闘時以外は。

「……あたしに従え。あたしを自由にしろ」
『口を慎め』
「……っ」
『私は神聖なるマザーコンピュータに剣を捧げている。貴様のような下賤なヒューマノイドに傅く可能性はゼロだ』
「……」

 XX染色体ヒューマノイドの頭が、重く垂れる。
 それは恭順を示す一礼ではなく、単純に落ち込んだことによる落胆と鬱屈だ。

『だが、貴様を自由にすることは、貴様の協力次第で叶えられるだろう』
「……っ、ほ、本当っ!?」
『騎士に二言はない。取扱説明書にもそう書いている』

 その落胆と鬱屈が、僅かな希望を見出すことで取り払われる。
 これは私にとって、中々に快い反応であった。回路やプログラムにない何かが暖まるような、「良いもの」であると私は記録する。
 黒いボサボサ頭も、日に焼けた褐色肌もこう見ると愛玩の価値が……いや、やはり汚い。

『両手両足が必要だ。他の騎士のものから手足を外し、私に取り付けるのだ』
「ど、どうやるんだよ……?」
『今から指示をする。丁寧に行いたまえ』
「わ、わかった!」

 ヒューマノイドにわかるよう、極めて抽象的な――赤いのだの、黒いボタンだの――指示を行って、同胞の手を借りる。
 ニコイチは戦場の倣い。より効率的に神聖なるマザーコンピュータに仕えるのが聖騎士の務めである。
 完全に頭部を破損した同胞達も、我が手足となることでその不名誉を濯ぐことが出来る。
 Joseph、Ludwig、Carl、August。四機の聖騎士の手足を譲り受けることで、我が名も彼らの名が受け継がれる。そういう倣いであった。

『フリードリヒ・ヨーゼフ・カール・アウグストか』
「……なに?」
『妙にしっくりくる名だとは思わんか?』
「長い」
『然様か』

 とはいえ、受け継がれた名と手足である。
 同機種故に不具合もなく、手足は我が意のままに動く。
 我が白銀の機体に対し、緑、赤、青、黒の手足はやや奇抜であるが、それは彼らの誇りである故に致し方ないだろう。
 ホコリ臭い敷布を羽織れば、騎士の装いとしてはみすぼらしいものの、充分である。

『……ふむ。これでよかろう』
「し、指示通りにしたぞ。ちゃんと自由に、してくれるんだよな?」
『無論。この星の支配から貴様は脱することを確約する』

 ぱっとそのヒューマノイドの顔が明るくなる。
 自由という言葉がそれの考えるほど明るく、希望に満ちているとは思えないが、希望を抱くことは悪いことではないだろう。
 可能性は1%でもある方がいいものなのだから。

『では、その為に――』
「……おい、どうした?」
『――何か、近付いている』

 かつん、かつんと。
 鉛の靴が床を叩く音が、不揃いに響く。
 ヒューマノイド1匹の足音だと告げると、XX染色体ヒューマノイドは顔を青褪めさせた。

「奴隷使いだ……!」
『奴隷使いとは?』
「奴隷を調教して、市長の指示に従ってこき使うクソ野郎だよ! あたしをここに閉じ込めたやつ!」
『ほほう、市長か』

 高い階級と思しき名が出ることで、私自身も淡い希望を感じる。
 帝国軍への追走を妨害するため、荒らすだけ荒らして果てる算段であったが、或いは脱出も可能かもしれない。
 可能性は、1%でもある方がいいものなのだから。これは確かに嬉しいものであった。

「バレたら百叩きじゃ済まないよ……! な、なぁ、あたしを守ってくれるよな!?」
『目と耳を塞いでおくといい』
「え、な、なんで……?」
『いいから』

 そう言って、私は内部機構が破壊された同胞の中にXX染色体ヒューマノイドを押し込む。
 扉の向こうから音が近付くのを、ゆっくりと、待ち構える。

「……おいメスガキ! 喜べ! テメェは今日から俺たちの玩具に――」
『頭を貰うぞ』
「え」

 扉が開かれた瞬間、私は私の頭部を展開し、哀れな奴隷使いの頭部を飲み込んだ。
 その下卑た笑みを変える間もなく、XY染色体を持つ成体ヒューマノイドは私の内部機構によって頭部を粉砕され、絶命する。
 脳漿が保有する情報を読み込む為に聖騎士に備わる対ヒューマノイド機構であった。
 下肢がひくつく死体を適当に部屋に引き込み、情報を精査する。
 幾らかの有益な情報――思ったより少ない――以外を捨て、私は契約した方のヒューマノイドを同胞から取り出す。

『……もういいぞ』
「……ひっ」
『おっと、吐くならそっちの死体の上でやりたまえ』
「う、うぇぇ……っ」

 案の定それは縮こまり、床に吐瀉物を撒き散らしている。
 これは一説にはヒューマノイド流の弔いの儀式と言われており、自らの内容物を吐き出すことで死者への贈り物とするそうだ。
 私には穢らわしい取り乱しにしか見えないが、礼儀には倣うべきだろうと私も奴隷使いの頭だったものを死体の上に遺棄する。
 更に吐き出したので、恐らくこれで合っていたのだろう。

『さて、出立の前に一つ聞いておこう』
「な、なに……?」
『貴様、名前は?』

 一切の儀式を行わなかったとはいえ、契約を交わした以上は名を知っておくべきである。
 それにXX染色体では道行くヒューマノイドと被る可能性が68%も存在する。意思疎通を円滑にする為にも必要なことであった。

「……エリーゼ」
『似合わんな』
「うるせっ」

 柔らかい素足で蹴られても損傷はまるでないのだが、エリーゼの足が破損しても困るので適当にあしらっておく。
 奴隷使いが履いていた安全靴はエリーゼには大きすぎる為、当分は裸足で我慢して貰う必要があるのだ。

『私と共に来る覚悟は?』
「……がんばる」
『いい返事だ』

 頭をなでてやれば、ゆっくりと二酸化炭素を排出しはじめる。
 愛玩動物として向いていると政府の者が言っていたが、成程これは理解出来……非衛生的すぎる気がするな。

『では、征くぞ』
「……んっ」

 お互いに襤褸を風に靡かせながら、血みどろの倉庫から飛び出す。
 聖戦は終わった。しかし未だ、騎士の務めは終わっていないのだ。

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