フレッシュ魔法おじさん AROUND☆FIFTY!!――2

 田中文雄が目覚めた時、眼前にはむくけつき四人のおじさんがいた。
 文雄が状況を理解するより早く、加齢臭のブレンドが彼を襲う。
 ヴィンテージ感溢れる歓迎は文雄のニューロンを蹂躙し、速やかに覚醒へと導いた。
 
「くっっっさ!!!」
「ちょっと、誰ですか屁こいたの」
「ごめん! 出ちゃった!」
「女子力つけてくださいよ五十嵐さん……」

 咳込みながら起きると、そこは相変わらず地獄のカマ……否、魔法少女相談事務所の一室であった。
 天蓋付きのベッドはふかふかで、煎餅布団の文雄からすると慣れない柔らかさであったが、如何にも高級であると示している。
 肺が呼吸が加齢臭に慣れる前に、消臭スプレーが撒かれた。眠たげなインテリおじさん、須藤ジンは悪臭に弱いらしい。

「すいませんね。この人、魔法おじさん歴長くなくて」
「は、はぁ……」
「あぁ、よかったらどうぞ。多少マシになりますよ」

 そう言って須藤が寄越したのは、ごくごく普通の市販の喉飴であった。
 文雄がありがたく頂戴すれば、口の中を爽やかな香りが抜けていく。ハッカ味だ。

「どうも、驚かせてしまって申し訳ない。皆、新人さんが来ると知って舞い上がってしまって……」
「一番乗り気だったのは夜部さんでしたな」
「ははは、浦戸さんだってノリノリだったじゃないですか!」
「ハッハッハッハッ!」
「ハッハッハッハッ!」

 すっかり内輪で盛り上がられ、置いてけぼりを食らう文雄。
 その混乱を治めるようにベッドに乗り込んできたのは、緑色のぬいぐるみめいた何か——ウチュ~ジン、ユーティリティである。

「おはようだニョップ! 大丈夫だニョップ?」
「え、えぇ……所長さん、なんですよね?」
「そうだニョップ! 所長兼マスコットキャラクターのユーティリティちゃんだニョップ!!」

 文雄は無言で顔を覆った。
 現実から逃避する為ではない。現実を受け入れる為である。
 目を開けた後、目の前にあるものだけが現実である。昔からの、文雄なりの“おまじない”だ。
 若い頃の受験戦争は勿論のこと、仕事で大変な時によく使ったものである。

「あまりの可愛さに目が潰れたでニョップ?」
「全てを受け止める覚悟を決めました……」
「はー、効率的な精神操作ニョップね?」

 無論、目の前の現実はどうあっても変わらない。
 しかし受け止める余裕が出来たことで、幾分か落ち着くことは出来た。
 困ったような——実際困っている——笑顔を浮かべながら、文雄はユーティリティ達に問う。

「えぇと、つまり、なんです? 皆さんが……先程の、女の子たち?」
「「「「そうでーす」」」」
「うっわぁ……」

 文雄は無言で顔を覆った。
 現実を受け入れる為ではない。現実から逃避する為である。
 目を閉じた後、瞼の奥にあるものは非現実である。今から決めたい、文雄なりの“おまじない”だ。
 勿論、目の前の現実はどうあっても変わらない。現実は非情である。

「ちなみにボクは、元々がこの姿なんだニョップ! でも君の上司ということは変わらないから、ちゃんと可愛がってほしいでニョップ!!」
「あの、その取ってつけたような語尾はなんなんです?」
「マスコットとしてのマナーだニョップ!!」
「そ、そうですか……」

 マスコットキャラクターの世知辛い一面を垣間見てしまい、苦笑する他ない文雄であった。
 そんな彼を宥めるように、大惨事ドレスアップから、上品なヴィンテージスーツに着替えた夜部邦彦が語りかける。
 
「まぁ、そう焦らずに。貴方にとっても悪い話ではないというか、それ相応に逼迫した事情があると聞いています。心労の見返りは充分に支払われますよ」
「そうでニョップよ! いい仕事にはいい報酬を、がウチのモットーだニョップ!!」
「そういうことです。誰も彼も、事情は違えど給与に惹かれて入ったのは確かですから」

 夜部の言い分に、他の魔法おじさん達もしみじみと頷く。
 そう、口上を見るに、元を辿れば全員何らかの理由があって職を離れた身である。
 三十の境を超えると転職は難しく、ましてや高給など望むべくもない……と思っていたところに、魔法おじさんとしての仕事が舞い込んできたのだ。
 文雄も他人事とは決して言えない。彼には妻と二人の子ども、そして愛犬がいるのだから。

「大丈夫。女装趣味は……まだいませんよ、まだ」
「そう言って、一番ノリにノッてるのは夜部さんでは?」
「ハッハッハッハッ!」
「ハッハッハッハッ!」
「ははは……」

 少なくとも、文字通りに明るい職場なのは間違いない。
 観念しながら苦笑する文雄を気遣ってか、大胆な大胸筋をジャケットに押し込めた五十嵐光樹が声をかけた。

「田中さん、大丈夫です。戸惑う気持ちはわかりますが、別に後ろ暗いことをしろというわけじゃありませんよ。ただ、人助けを買って出るだけです」
「は、はぁ……ちなみに、活動内容はどのような……?」
「あぁ、そうですね! 説明しておきましょう!! ズバリ——」

 そう言うと、五十嵐はグッと拳を握って胸を張る。
 自信満々意気揚々、初めての後輩を前にしたように、勢い良く彼は宣言した。
 
「——我々魔法おじさんの活動は大まかに二つ! 人助けと、怪人退治です!!」
「か、怪人……!?」
「説明、補足しますね」

 物騒な断言に狼狽える文雄に、するりと須藤が言葉をかける。
 五十嵐の勢いに対して、須藤の眼差しは極めて理知的であった。

「人助けというのは、ボランティア活動みたいなものです。魔法少女として困っている人の手伝いをします。最初は夜部さんや浦戸さんと、此方に従事してもらいます」
「夜部さんはフィールドワーク、私は相談窓口ですな。そう難しいことではないですが、ゆっくり覚えていきましょう」

 鷹揚に頷く浦戸は、修道着を脱ぎ、手製と思しきセーターに袖を通していた。
 須藤や五十嵐に比べて、夜部や浦戸は年嵩が高く、文雄より歳上の様にも思える。
 彼らについていくならば少しは安心だろうと、文雄は内心でホッと息をついた。

「慣れてきたら、怪人退治……えぇと、田中さんは特撮とかは知ってますか?」
「え? えぇ、息子が小さい時に、覆面ヒーローとかは……」
「あぁ、なら話が早いですね。 今は専ら僕と五十嵐さんの担当ですが、ヒーロー物に出てくるような、怪人がいるんですよ」

 須藤の説明に、文雄は思わず固唾を飲む。
 ヒーローショーのような大立回りだけでも、おじさんには凄まじい負担がかかるだろう。
 果たして出来るだろうか。どんな相手なのだろうか、危険手当はつくのだろうかと不安が過る。

「ど、どんな連中なんです……?」
「ズバリ、悪徳経営者の成れの果てです」
「悪徳経営者」
「はい。残業強制とか、パワハラとか」

 思った以上に恐ろしく世知辛い話に、一瞬だけ文雄は太陽系を見る。
 しかし須藤の顔は至って真剣であり、からかう意図は少しも見られなかった。

「これを魔法少女のHAPPYパゥワーで浄化し、元の善良かそれに近い経営者に戻すのが、僕達の勤めです」
「HAPPYパゥワー」
「はい。なんかもうアホらしくなるくらい底抜けに明るい感情です」

 思った以上に凄まじくアホらしい話に、一瞬だけ文雄は銀河を見る。
 しかし須藤の顔は至って真剣であり、からかう意図は微塵も見られなかった。
 いっそからかえるならどれほどマシだったかを、その目が語っていた。

「まぁ、危険手当は出ますし、怪人退治は魔法の扱いに慣れてからでいいんで。ゆっくり頑張りましょう」
「何か魔法の扱いで困ったことがあったら、いつでも相談に乗りますからね!」
「ど、どうも……魔法使いになるなんて、思ってもみなかったなァ……」

 苦笑交じりに、文雄は須藤たちと握手を交わす。
 彼らは文雄よりも少し歳下だが、先輩として立派に教えてくれるようだ。
 彼らに教わるならば不満もないだろうと、文雄は内心で胸をなでおろした。

「コミュニケーションは問題なさそうニョップね!」
「では早速、田中さんには魔法少女になってもらうニョップ!!!」

 思った以上に唐突にチ○コを失くす辞令が届き、一瞬だけ文雄は宇宙を見る。
 しかしユーティリティの声は至極当然といった風で、これに関しては一点の妥協も許さないようだった。
 覚悟を決めなければならなかった。

「……腹は括りました。ですがそもそも、魔法って何なんです?」
「これはボクから説明するニョップね。そもそも魔法というのは、君達チキュ~ジンの想像力なんだニョップ!」

 そう言って、ユーティリティが一回転すれば、天井からプロジェクターが降りてくる。
 直ぐ様白塗りの壁が説明会場へと変わり、ユーティリティは目からポインターを照射しながら説明を始めた。

「そもそもチキュ~ジンは、ウチュ~で一番想像力が強い人類なんだニョップ!」
「宇宙で一番……」
「そうだニョップ! そのパゥワーのお蔭で、今迄ウチュ~ジンは大っぴらなコンタクトも儘ならなかったんだニョップ!」

 地球の上に住む人々が、その思念をバリアーにして、UFOの侵略を防ぐような図が示される。
 これが真なら、宇宙人を信じていない人が大半だったが故に、今迄宇宙人に会えなかったというのは納得であった。

「ところが近年、この想像力がウチュ~全体を賄うほどの、スゴいエネルギーを秘めていることがわかったんだニョップ! もー今は、ウチュ~全体がゴールド・ラッシュ時代! チキュ~ジンに干渉することは大きな利益を秘めているんだニョップ!!」
「そ、そうなんですか……?」
「そうなんだニョップ! まだチキュ~ジンが皆、ウチュ~ジンを信じていないから大っぴらに干渉出来ないケド、み~んな虎視眈々と狙っているんだニョップ!!」

 宇宙の莫大なエネルギーを、地球人がその頭の内に秘めている。
 なんとも胡散臭い話だが、文雄も昔はSF小説にハマったことがあるクチなので、充分に理解は出来る話であった。
 何より、そこには無限のロマンがある。SFというのはそれだけで素晴らしいのだ。

「そのエネルギーを、ボクたちウチュ~ジンの技術を使って、有効活用したのが“魔法”なんだニョップ!」
「な、成程……それで、魔法少女になってるんですね?」
「そういうことだニョップ!!」

 ユーティリティに似た生物と、地球人が手を取り合う姿が映し出される。
 確かに素晴らしい話である。なんともロマン溢れる、夢と希望に満ちた話だ。
 それがおじさんが魔法少女になるという結果を生まなければ最高だった。流石の文雄もそう思って憚らぬ惨劇である。

「えぇと……ちなみに、何故おじさんばかりなんです?」
「想像力はあってもすぐELOSに傾くチンケなクソ童貞より、程よく性欲が枯れて頭がそれほど凝り固まってないオッサンの方が、気持ち悪いくらい精巧な魔法少女を作れるからでニョップ」
「 」
「女性の場合は余程人間が出来てないとヒス入ったりエゴの押し付けになりやすくてトラブルがあるし、年頃の女の子は現行法じゃ働けないんだニョップ……」

 絶句であった。
 マスコットにあるまじき言葉の汚さも然ることながら、その発言が理解できなくもないリアルさが文雄を絶句させた。
 そこには想定の倍ほどはある生々しさだけがあった。夢と希望の介入場所が、まるで存在していなかった。

「『自分が変質してどうなるか?』の想像力が足りていないと、魔法少女化の際に身体や精神に支障を来しますわ。高年齢層になるのは、安全面も考慮してのことですの」
「若くて三十代から、ですかね……。色々と業の深いことなんで、ほんとに人柄重視なんですよ」

 しれっと魔法少女化した浦戸……魔法少女ラピス☆ラズリが頷く。
 その装いはセーターのままであり、豊満な山の形を築いていた。
 確かに、これを若い青少年にやらせるのは無理である。法的にも倫理的にも健康的にも危ういのだ。
 
「だから、精神的に安定したおじさんに魔法少女化してもらうのが一番なんだニョップ!」
「そ、そうなんですね……」

 酷いにも程がある実情ではあるものの、若者に任せられない仕事であることは文雄にも理解できた。
 こんな一生の黒歴史を背負って生きるのは余りにも惨い。ならば老い先短いおじさんが背負うべきである。
 覚悟を決めて、文雄はチ○コを失くす決心をつけた。

「わかりました。それで、魔法少女はどうやったらなれるんです?」
「やる気充分でニョップね! それじゃ、大事な小物はあるでニョップ?」
「えぇ、妻から貰った万年筆が」
「ちょっとお借りしてもいいニョップ?」
「はい、どうぞ」

 ユーティリティの小さな手に、紫色の万年筆を乗せる。
 それをユーティリティは宙に浮かせ、そのまま虹色に光る薬筒の上まで運んでいく。

「ではこれを、ちょっとマジカルな薬液に漬け込んで……」
「あの、これ壊れませんよね?」
「あ、大丈夫です。僕のスマートウォッチも壊れなかったので」
「そ、そうなんですか……?」

 そう言う須藤の手にはしっかりと動くスマートウォッチが填められているが、流石に妻から貰った愛用品なので文雄も心配を隠せない。
 そんな彼の胸の内をよそに、万年筆は少し輝きを増して、無事に文雄の手の元に帰ってきた。

「……さぁ、出来たニョップ! これが君のマジックアイテムだニョップ!」
「これが、私の……?」
「そうだニョップ! これを持って、強く念じるんだニョップ!!」

「“自分は超絶可愛い魔法少女だ”と!!!!」

 それは余りにも、ハードルが高すぎた。
 田中文雄はおじさんである。四十七歳のおじさんである。
 それを魔法少女、それも超絶かわいい美少女であると、念じる。
 キツかった。余りにもキツかった。

「さぁ、想像するニョップ。自分はサイコーに可愛い美少女魔法少女だと……!! ……思い込むほど、君はスゴい魔法少女になれる!!」
「何かサンプルの提示を求めますッ!!!」
「本棚の参考資料をどうぞ!!!」

 思わず叫んだ要請に応じ、ズラリと本棚が出現した。
 からくり屋敷もかくやといった有様に狼狽える暇もなく、文雄は資料を漁る。
 漫画、雑誌、アニメやフィギュア、ドールまでズラリと並んだそれは、一種の「可愛い子博物館」であった。

「手伝いましょう、これでもセンスは自信があります」
「助かります、えぇと、浦戸さん……?」
「お客様の前では、ラピスとお呼びくださいね。……田中さんは、以前は何を? 言いづらいなら、表舞台か、裏方かで答えて頂けますか?」

 ラピスは魔法少女としての注意を促しつつも、文雄の為に耳を傾けてくれる。
 先達の意見を聞くべく、やや恥じらいながらも文雄は真摯に答えた。

「総合商社で管理職を……まぁオフィスワークというか、裏方ですね、ハイ」
「そうですか。では、元の自分からは離れたイメージの方がいいかもしれませんね」

 ふむ、と考える仕草一つをとっても、魔法少女ラピス☆ラズリは完璧な御令嬢である。
 その中身がおじさんとは思えないほど、彼女は洗練された美少女であった。

「でしたら……御自身の理想の女性が一番かもしれません。夜部さんなんかは、奥さんの若い頃に似ているそうですが」
「ちょっと、恥ずかしい話をいきなり暴露しないでくださいよ」
「ふふふ」

 笑いながら身内をからかう辺り、中身はそれほど変わっていないらしい。
 理想の女性、と考えて妻を少し想うものの、昔よりは冷えてしまった間柄は、夢や希望より世知辛さを想わせる。
 離して考えた方がいいのかもしれない。そう文雄は考えた。

「じゃぁ、モンタージュでも作りましょうか」
「モンタージュ?」
「合成写真ですよ。適当なアイドルとか女優をかけ合わせて、ちょっとずつ好みに合わせて、平均値からズラしていくんです」

 そんな文雄の考えを聞いて、須藤がノートPCと共に提案を出す。
 既に起動されたソフトには、平均化された美人が用意されていた。
 ここから文雄の好みに合わせて、年齢や傾向をズラしていくのである。

「それって、私の趣味バレちゃいません?」
「魔法少女姿以上に恥ずかしいことってあります?」
「御尤もです」

 ド正論であった。
 それはそうだと前向きに頷き、文雄は美少女作成に取り掛かり始める。

「えーっと、もうちょっと目は切れ長で……」
「黒髪ロングが似合うようにします?」
「それなら、もう少し頬は柔らかくていいのではないでしょうか?」
「そうすると、あまり大人びるのは良くないかもしれないね。中学生くらいかな」
「それなら、多少身体はスレンダーにした方が動きやすいと思いますよ!」
「じゃぁ、このくらいでどうです?」
「あー! そう!! そんな感じ!!!」

 五人のおじさん達が寄ってたかって美少女作成にうつつを抜かす。
 しばし理想の魔法少女像を追い求めて大騒ぎすること、四十分。遂に魔法少女が完成した。

「「「「「「おおー……!」」」」」」

 濡鴉の長髪を流し、紫色の瞳を静かに輝かせる少女。
 その顔は美しいが、一度笑えば年相応の少女らしさを覗かせるだろう。
 清純にして蠱惑さをも与える、神秘めいた少女が画面の中にいた。

「会心の出来ですね。こういうタイプでも良かったな……」
「衣装の作り甲斐がありそうです。早速、変身したら採寸しましょうか」
(これを自分だと思いこむのハードル高くない?)

 結果として、難易度は上昇した。
 凄まじい美少女が形として現出した結果、自分に照らし合わせるのが余計に難しくなったのである。

「さぁ、まずは声に出していいましょう! “私はかわいい魔法少女です!!!”」

 正直言って、キツい。
 まるで社畜教育の如き様相が、今正に繰り広げられんとしていた。
 ちなみに五十嵐は既に魔法少女化している。

「わ、私はかわいい魔法少女です!」
「もっと大きな声で!!!」
「私はかわいい魔法少女です!!」

 連呼する度にバカバカしさと世知辛さが文雄を苦しめる。
 しかし、これに成功しなければクビすらあり得るのだ。
 皆一様に、必死になる文雄を真剣に見つめていた。
 
「私はかわいい魔法少女……私はかわいい魔法少女……!!」

 思い詰める度に、魔法少女という言葉の意味が崩れていく。
 認識が揺らぎ、自分という定義が壊れていく。
 いつしか、画面上の少女と目が合った。

「あぁ、もうっ!」
「こんな世知辛い世の中、もういやだぁぁっ!!」

 心が限界点を迎えた瞬間、田中文雄の身体が光出す!!
 骨が、筋肉が、神経が、全てが音もなく変形し、収縮していく!!
 痛みも何もない、世知辛さによる現実逃避が田中文雄を変身させていた!!
 
「……あ、あれ……?」
「おお……成功だニョップ!!」

 そうして、光が消えた頃には。
 田中文雄は、一人の美少女となっていた。

「な……っ!?」
「「「おお……」」」

 シャツやズボンがずり落ち、はらりと床に落ちる。おじさん達が思わず感嘆した。
 思わず文雄——もう雄ではないのだが——が下を隠すが、前を隠すのすらどうにも恥ずかしいものである。

「スゴいニョップ! 現実逃避型の魔法少女だニョップ!! これは期待出来るでニョップ!!」
「お疲れ様です。採寸いたしますね」
「は、はぁ……?」

 タオルをラピスに被せられながら、文雄はしげしげと己の身体を眺める。
 艶やかな黒髪、やわらかい頬、華奢な肉体についた乳房と臀部。そして、高く澄み切った声。
 どう見ても、女性の、少女のそれであった。

「決めた! 君は今日から、魔法少女チャロ☆アイトだニョップ!」
「チャロ、アイト……?」
「そうだニョップ! 人生の転機を表す、魅惑のパゥワーストーンだニョップ!」

 そう言って手渡されたのは、チャロアイトで造られたブレスレットであった。
 恐らく宇宙人の技術が絡んでいるそれは、妖しげな光を闇から浮かばせている。
 腕に填めれば、頭の痛みが和らぐような気がした。これが想像力を活用する、ということなのだろう。
 
「戻りたい時は、自分は男だと思えばすぐに戻れますよ」
「そ、そうですか……よかった」
「何にせよ、その身体にも慣れておくといいでニョップ! これから長くお世話になるんでニョップ!」

 そう言って、ユーティリティは一枚の書類を手渡す。
 それは魔法少女相談事務所と文雄との、雇用契約書であった。

「是非、これからもよろしくお願いするでニョップ!」
「……はい! よろしくお願いします!」

 思わず元気よく、はきはきと声が出てしまう。
 これも魔法の力なのだろうか、それとも希望が見えてきたからなのだろうか。
 そう思いつつも、自然と文雄の心と胸は、相応に弾んでしまうのだった。

【つづく】

ここから先は

83字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?