フレッシュ魔法おじさん AROUND☆FIFTY!!――7

 人生は何が起こるかわからぬもの。
 晴天は霹靂となり、おじさんは魔法少女になる世の中である。
 そんな文雄に息子、段からの催促があったのは、悪徳経営怪人を退治してから間もなくのことであった。

「え、小遣いがほしい?」
「あぁ……そう。出来れば、二万円くらい」
「そりゃいいけど、何に使うんだい?」
「それは……」

 金の無心とはいえども、最近は親子らしいやり取りもご無沙汰であった文雄である。
 ちょっとだけ詮索しても構わんだろうと、やや意地の悪い笑みを浮かべて続きを促した。

「……この、ライブを観に」
「 」

 直ちに聞いたことを後悔した。
 その趣味がどうこう、といった話ではない。それだけなら受験前だから、妻にバレないようにと耳打ちしながら渡したくらいであろう。
 問題は、段が差し出したポスターの内容である。

“おつかれ☆ライブ! いやしの魔法少女タイムへようこそ!”
“主催:魔法少女相談事務所”

 直ちに見たことを後悔した。
 勿論、文雄は魔法少女チャロ☆アイトとして主演を務める予定である。
 つまり段に貸した金は、インセンティブを経て最終的に文雄の懐に戻ってくるのだ。
 哀しきマッチポンプがそこにあった。

「べ、別に、行きたい訳じゃない。ただウチのクラスメートが出るっていうから、クラスで応援に行くだけだよ」
「そ、そうかァ……」

 嘘である。
 舞台に上がるのは全て魔法少女にして魔法おじさんだ。
 どうせ嘘なら友人に誘われて、といった類の方がまだマシであったことだろう。父親譲りの正直さを内心で讃えながらも、文雄は頭を抱えざるを得なかった。

***

「悪徳経営怪人達のその後?」
「えぇ、はい。少し気になってしまって」

 風が強くなってきたものの、スカートのみを煽る魔法の風ではない。
 春の訪れを示す春一番の吹く頃に、ふと文雄は悪徳経営怪人達の行く末を、夜部に訪ねてみた。
 敵だったとはいえども、彼らも世知辛いこの社会に生きるごく普通の人々である。気にならないと言えば嘘になるものだ。

「まぁ、人それぞれ、会社それぞれではありますね」
「それぞれ……ですか」
「えぇ。浄化をしても、再発するケースは残念ながら存在します」

 それは奇跡でも、魔法でも如何ともし難い現実であった。
 いくら魔法であったとしても、無から有は生まれない。
 ブラック企業を改めようにも経営が上手くいかない場合も、必ずあるのだ。

「魔法はどうしても、対症療法にしかならないんです。根本から解決するには、現実から手を回さなきゃいけない」
「……奇跡ではない、ってことですか」
「そうですね。何もかも、全てが上手くいくわけじゃないですが……でも、手を尽くすことはできます」

 そう言って夜部が取り出したのは、一枚の名刺。
 それは「ライフフラワー証券」と書かれた、金融機関のものだった。

「これは?」
「ウチの後方組織というか、スポンサーのようなものです。これもユーティリティが開設した企業ですよ」
「そうだニョップ!」

 そう言って飛び出したのは、ぬいぐるみ……ではなく、スーツを着た妙齢の美女。
 擬態したユーティリティその人である。
 艶めかしい美女には似合わぬ語尾を何の躊躇いもなく使いながら、彼女は夜部の説明を補足する。

「これは浄化した後の経営者向けの銀行なんだニョップ!」
「浄化した後の……救済措置、ってことですか?」
「そうだニョップ! 手広くやってるワケじゃないから、アッシュマンズ証券よりは劣るけど、比較的やさしーぃ条件で出資してあげてるんだニョップ!」

 曰く、敗北し浄化された経営者は、アッシュマンズ証券からの出資を受けられないことが多いのだという。
 それは当然のこと、心を改めてホワイト企業を目指されては、UNHAPPYパゥワーが貯まらないからだ。
 そうして干上がってしまう企業のために、ユーティリティ側が受け皿を作っている、という訳である。

「折角安定し始めたHAPPYパゥワーがなくなるのは困るんだニョップ!! だから維持は必須なんだニョップ!!」
「世のため人のため、じゃないんですねぇ」
「自分のためのことをしっかりやってこそ、誰かへの施しは出来るんだニョップ!」

 美女がおどけて言う様とは裏腹に、その言葉は真理を突いていた。
 やらない善よりやる偽善とは言うが、世を変えるのはいつだって行動した事柄からである。
 ほう、と感嘆する文雄をよそに、ユーティリティは更に一言付け加えた。

「それに今は家畜とそう変わらないケド、今後台頭してきた時に値段を釣り上げられたらヒッジョーに困るんだニョップー」

 文雄は先程の感嘆をいとも簡単に投げ捨てた。
 やはり宇宙人は宇宙人である。人の心などわかろうものではない。
 親類縁者がうっかり関わり合いにならないよう気をつけておくべきだと、文雄は改めて再確認した。

「それより、ライブだニョップ! もうすぐなんだニョップ!」
「あ、あぁ……えぇと、歌とか歌うんでしたっけ?」
「それもあります。でも、どちらかというと握手とか、スキンシップが多いですねぇ」

 スキンシップと聞いて、ううむ、と文雄は唸る。
 魔法少女チャロ☆アイトになった時、誰かを励ますことに躊躇いはなくなる。
 これは魔法少女化の副作用で、好感情がいつもより大きなものとなるせいだと知ったのはつい最近のことであった。
 しかし普段の文雄はそんな好人物になれるという訳ではなく、ほんの少し心の中で応援するのが精々である。
 所詮冴えないおじさんである自分にやれるだろうかという懸念は、いつも文雄の頭の中にあるのだ。

「出来るでしょうか、私に……」
「大丈夫だニョップ! 田中さんは今、人気急上昇の魔法少女なんだニョップ!」
「え」
「ははは、先月のグッズ売上、出ましたか」
「出たニョップよー! いやー、売れ行き好調だニョップねぇ!!」

 そう言ってユーティリティは、鞄から取り出したタブレットを起動させる。
 その画面には「各魔法少女別売上表」なるグラフが出ており、その中でも伸びを感じさせるのが……。

「……わ、私ですか!?」
「そうだニョップ! いっつゆー! こんぐらちゅれーしょん!!」
「ほうほう、これはSNS効果ですかねぇ」

 そう、他ならぬチャロ☆アイトだったのである。
 まだ商品開発が整っていないため、そのグッズはブロマイドとキーホルダー、モチーフアクセサリー程度ではあるが、売れ行きは中々悪くないようだ。
 タブレットを少し動かせば、SNSでは「はげまし魔法少女のパワーストーン☆ブレスレット」として人気を博しているらしい。
 自慢げに腕を掲げる男性や女性の姿が、少し目に眩しい。

「な、なんでこんな……!?」
「田中さんの対応、一人一人に丁寧ですからね。社会に出たばかりの若い子には効くでしょうなぁ」
「インセンティブは期待してほしいニョップ! その代り、グッズ制作の協力もお願いするでニョップ!!」

 大はしゃぎのユーティリティに対し、文雄の顔は困惑が強い。
 なんだか多くの人々を騙しているようで、申し訳が立たない気がしたのだ。
 どれほど多くの人が、チャロ☆アイトの純真な応援を期待していても、中身は中年のおじさんなのである。これを詐欺と言わずに何と言うべきか、文雄にはわからない。

「まぁ、重く受け止めずとも大丈夫ですよ」
「そうでしょうか……?」
「えぇ。買ってくださった方々は、ミーハーというよりはしっかり私達魔法少女に触れて、その本質を気に入ってくださった方々が多いでしょうから」
「そうだニョップー。テレビで大々的に広報してるワケじゃないんだニョップー」

 しかし、夜部の言うことも尤もであった。
 広告代理店による宣伝をしていないということは、SNSや口コミでじわじわと人気が広がっているということである。
 それはそれだけ行動を評価しているということであり、作為性のない人の縁でもあった。
 そう考えてみれば、今度は嬉しさの方が勝ってくる。これだけ人に認められたのは長い人生でも初めてのことであり、とてもありがたいことであった。
 
「……なら、いいのかなァ、あはは……」
「いいんです、いいんです。褒められたら、正直に嬉しくなっていいんですよ」
「そうだニョップ! だから——」

 そう言って、ユーティリティは徐に文雄の手へ何かを乗せる。
 見れば、それは「社用」と記されたスマートフォン。
 それが意味するところは……ただ一つ。
 
「——これからはSNSでの活動も、がんばるでニョップ!!」
「えぇっ!?」

 いつも通りの、無茶振りであった。

【つづく】

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