見出し画像

リスボンの熱。その4

「リスボンの熱。その3」からのつづき。

開放的と感傷的。この2つが私の中でパレット上に水を落とした水彩絵の具のように滲み交わっていた。リスボンがそうさせるのか自分の中に元々棲みついてるものが引き出されたのか。きっとその両方。ベニコさんのアトリエで思い出していた26年前の沖縄での感触も手伝っているようだ。はっきりとはまだ見えないけど何か新しいことが始まりそうだった。

ホットサンドとレモネードを平らげ落ち着いていると観光客らしい年配夫婦がカフェに入ってきた。ルイスと夫婦、特に男性が話してるのを聞いてるとフランス語らしい。ルイスが注文をとって厨房の方に消えてすぐにビールとコップだけ持って戻ってきた。女性は何もオーダーしないで男性がビールだけを飲むらしい。以前習ってほんの少しだけ喋れるフランス語を織り交ぜながら英語で訊いてみた。「どこから来たんですか?」「フランスからだよ、君はどこから?」「日本です。ミュージシャンです」「日本か、日本には行ったことないね、どんな音楽をやってるの?」「普段はオリジナルを歌いますけどトラディショナルな楽器を演奏して歌うこともあります」「それはいいね」。ちょこちょこビールを自分でコップに注ぎながら男性は私と会話を続けた。女性はその会話を聞きながら入り口近くの椅子に座って外の風景を眺めている。

しばらくすると女性は買い物をどこかでしたいのか早く動きたそうなそぶりをしだした。それを察した男性は「そろそろいくね」と言ってルイスにお金を払って「良い旅を」と私に向かって言った。「あなたも」。その後に「楽しい時間を。マダム」と女性に伝えると軽く笑顔を返した。女性に対して「マダム」と言うフランス語の感覚は好きだ。

ランチの時間も過ぎて一段落したのかルイスはアナログレコードをDJのように次々かけ始めた。「ケン、生でファドを聴いたことはあるか?」「ないよ」「ファドは今うちらがいるアルファマと北の地域では全く違うんだよ」「へーそうなんだ、生でファドを聴いたことがないから今回聴きたいんだよ」。そんな話をしながらもルイスはレコードを次々出して私が大好きなカエターノ・ヴェローゾの若き日のレコードをかけ始めた。「お!カエターノだ」「カエターノ好きか?」「大好きで東京のコンサートに行ったことがあるよ」「そうか、じゃこれはどう?」と言ってルイスが出してきたのは「THE LIFE AQUATIC STUDIO SESSIONS FEATURING SEU JORGE」。

ルイスがレコードに針を落として出てきた声にまずはぐいぐい引き寄せられた。SEU JORGE(セウ・ジョルジュ)をまともに聴いたことが今までなかった。アナログレコードそしてギターアンプで有名なマーシャルのスピーカーからの出音も太くて良かった。目の前で歌ってくれてるようなリアルな音像に包まれてただひたすらセウ・ジョルジュの歌とギターに酔った。このアルバム収録曲はデヴィッド・ボウイのカバー。デヴィッド・ボウイの曲は数曲しか知らないけど、私でも知ってる曲がセウ・ジョルジュの声に置き換えられタイム感から何から全てセウ・ジョルジュ色に染まってて気持ちよかった。また新しい希望が芽をふいた。こんなアルバムが作りたい。







最後まで読んでいただきありがとうございます。 良かったらまた遊びに来てください。「スキ」を押していただけると素直にうれしいです。感想とかも気軽にコメントしてください。サポートで頂いたものは貯めておきます。次なる旅のために。