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リスボンの熱。その5

「リスボンの熱。その4」からのつづき。

セウ・ジョルジュの歌にひたすら感動した後、ルイスのパートナー・マヤがカフェにやってきた。彼女とはロンドンに入る前からFacebookのメッセンジャーでやりとりをしていたけど毎回どこかそっけない人だなぁという印象だった。でも実際に会ってみると明るくてチャーミングな人だった。2つ仕事を掛け持ちしていて朝早く出かけ夜は早めに眠ることが多く昨夜私が到着した時はすでに眠っていたらしい。今朝は私が目を覚ました時にはとっくに仕事に出かけていた。7年前まで日本の小学校で英語を教えてたこともあり私が日本語で話してもなんとなく通じる。「日本にいた時はできるだけ日本語を話そうと思って勉強もしたけど日本を離れるとダメね。忘れてしまった言葉がとても多い」

ルイスは夜までカフェの仕事がつづくけどマヤは今夜は時間があるらしく晩ご飯を一緒に食べてからファドが聴けるお店に私を連れて行ってくれるらしい。晩ご飯までの時間までまだある。近くで週に2回行われている大きめのフリーマーケットが開催されていることがわかりカフェを出て一人でそこへ向かうことにした。

ヨーロッパ滞在中は1.5か2リットルのミネラルウォーターをペットボトルのまま持ち歩いて飲むことが多い。なぜかこの日は持っていなかった。めちゃくちゃ暑いのに。そしてこんな時に限って道すがらに商店もコンビニもない。暑くて干上がりそうだった。熱中症になるのが怖かったけどフリマに行けば何かおいしい飲み物が売ってるかもという淡い期待を持って歩き続けた。

その期待は打ち砕かれた。そこはアンティークや古書中心のフリマで食べ物や飲み物を出してる人などほぼいない。飲み物を出してるパラソル内をちらっと見たが値段と釣り合ってなく高く感じたから買うのをやめた。もっとアンティークに興味があれば楽しめるのかも知れないけれど集めていたアナログレコードさえ今は手放してしまいできるだけ物を買わないようにしてるのでささっと見回して誰もいないルイスとマヤの家に戻った。銀でできた食器で使いやすそうなものがあったら買ってもよかったかなぁと考えたのは、水をたらふく飲んで窓を開け部屋の空気を入れ替えながらベッドに横になった後だった。

知らないうちに1時間半眠っていた。マヤは家に戻ってきていた。晩ご飯の前に歩いて行ける見晴らしの良い場所に連れていってくれるという。ファドの聖地アルファマを見下ろすことができる高台にある売店の周りには簡単なテーブルとイスが何組か用意されていた。マヤはビールを頼んだ。私はカフェラテを飲みながら訊いてみた。「日本の学校の英語ってどう思う?」「あまりよくないと思う」「中学高校の6年間勉強してた私もちゃんと英語が話せるわけじゃないけど、下手でも失敗しても話そうって思わないと話せるようにならないよね」「そう、英語を話す時に完璧じゃなくちゃいけないって考えている日本人は多いわね」。

すぐそばをリスボンを象徴するオールド路面電車が行き交い最近増えたという観光用トゥクトゥクが走りまわる。観光客もたくさん。白壁に赤い屋根の建物が連なりその向こうに海が見えた。パノラマの写真を撮るようにぐるっと360度体を回して見た。近代的な建物がないわけでないけど「不便性」をあえて残したような街並。

午後7時になったがまだまだ明るい。暑さは少し落ち着いて風も出てきた。歌っていなかったり楽器を触っていない時間が長くなると禁断症状が出るし、音楽を奏でていない自分に存在価値などないんじゃないかと思うこともあるけど、この街の中にいられるのならただただ存在してることにこそ価値があるんじゃないかなぁという思いがふと出てきた。





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