動機を経て:漫画

 そもそも幼稚園で「絵を描いてみましょう」という時間があった以上、絵を描くことはおそらくほとんどの日本人が経験していると思うわけでありますが、最初にコマを割った漫画を描いたわりに、次にわたしの記憶にあるのはコマを割っていない「一ページごと漫画」です。

 一ページのなかで完結しているわけではなく、一コマが一ページと思っていただければご想像と実物が近づくかと思います。「どうした」とキャラが言えば、「それがね……」と説明するキャラは次ページに描いてあるわけです。

 ちょうど『名探偵コナン』が流行って……いやいまも流行っていますが……とにかくまだ連載数年目だったかの漫画に心奪われていて模写をしたりしていた当時のわたしは、コナンみたいな話が描きたいと思いました。これもだいたい八歳ごろ。概ね人の作品をパクって自分の作品を描いた気でいる、どうしようもない創作、というより創作にもなっていないわけですが、そのときはたのしかった。

 そのころ一緒に遊んでいた男の子が振り返ってみても天才ではないかと思うセンスの塊みたいな男の子で、その子とその「一ページコマ」の余った端にらくがきをしていました。そのらくがきはらくがきで別の物語を展開していく。そのおふざけのほうがおもしろかったように思います。手塚治虫作品で突然ヒョウタンツギが出てきたりますが、それが常に端にあるような感じです。

 まだまだ話がどうこうというより、キャラをつくるほうがたのしく、そしてそのキャラは明らかに別作品から拝借している(本人はそう思っていない)代物ばかりを量産していました。

 そしてそこから、だんだんとコマを割った漫画を描きはじめます。はっきりしたきっかけは憶えていません。

 最高で五十ページほど描いたものがいちばん長かったと思いますが、完結はしませんでした。自分のオリジナルのストーリーにはなりつつも、キャラはやはりまだどこか読んだ作品からの類似で、完全なオリジナルとは程遠い。

 そんな作品を少し描いては友人に回し、少し描いては友人に回し、を繰り返していました。正確には「描いたから読んで」と押しつけていたのだと思いますが、なんだかんだみんな読んでくれていました。ここで言っても仕方がないんですがみんなありがとう、そしてすまんかった。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

6

はしょ

わたしの創作についての悲喜こもごも

小説や漫画を感情の表現手段とすることになったルーツや創作意識と姿勢に対する整理など
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。