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東京メトロ 千代田線 表参道駅

「つけてみたら?」

時間がない時も、デートの後はいつも駅まで送ってくれる。私は少しでも長く側にいたくて一つ遠い駅をリクエストする。腕を組んで歩調を合わせ、私たちは別れを惜しむようにゆっくりと歩く。そして駅に着いたら何度も抱き締める。背中をさすって、指を絡ませて別れを惜しむ。

「次はいつ会えるかな?」

そんな話をしながら彼にハグをして

「またね」

の優しいキス。なんども振り返っては手を振ってくれる彼。いつもそうやって背中を見送る。

一昨日は、時間がない中会いに来てくれた。私達は代々木公園の駐車場で夕焼けを見ていた。西日が眩しい。照りつける日差しの中、手を重ねて時々顔を覗き込み、美しいオレンジ色の光に包まれながら肩を寄せた。

「日が陰ってきたね、そろそろ行こう」

名残惜しいが彼はこれから仕事だった。仕方ないけれどその言葉に従うしかない。彼はいつも通り駅まで送ってくれた。またね、のキスにハグ。遠く見えなくなるまで手を振るのが常だけれど、今日はどうしたのだろう。彼は戻って来た。そして一言。

「表参道のシャネルを見に行こう」

彼はいつもシャネルのウルトラシリーズの二連の白い指輪をしている。とてもよく似合うし彼の純粋な雰囲気にぴったりだった。ファインジュエリー。特別な指輪。

私たちはジュエリーコーナーを見る。店員が試してみませんか?と近付いて来て彼が一言。

「つけてみたら?」

彼とお揃いの指輪。夢見心地だった。もしかして、もしかして・・・。

来週は私の誕生日。彼はどんな理由で私に指輪を試させたのだろう。一杯飲んだ後だったので私の指は少しむくんでいた。サイズに迷い、品番だけ貰って来た。けれど、けれど、二人で指輪を見に行くことの意味は?何故彼は私に試させたのだろう。深読みしてしまう。期待してしまうじゃないか、君よ。

表参道、18時半。太陽はその日の役目を終え、夜の帳が下りて来た。改めて手を振って、私たちはお互いの背中を見送る。

ねぇ、恋人よ。とびきりの期待をする私を笑って。そうして私は来週35歳の誕生日を迎えようとしている。

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