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LGB「T」にまつわるちょっとした話(8)

日本のアンチトランスな動きで他国では見られない珍しい現象があります。それが『GIDなと分けろ!』とか『GIDは別だろう!』とか『診断書持ってないような奴を一緒にするな!』とか、性同一性障害とそうじゃない者を分けようとする言説がやたら目立つ点です。

まず、海外のTERFはトランスジェンダーが疾患であろうが無かろうが関係無い、むしろ疾患であるなら『治せっ!こっちくるな!』という立ち位置で語ります。また、一般的にGIDという疾患を知っている人が殆どいません。

・ICD11への転換までの流れ

何度もお話していますが、2022年発行のICD11において性同一性障害は削除されます。新たに性の健康という枠に入るgender incongruence(性別不合(仮))は、精神疾患では無いという事だけでは無く、大きくその内容も変更されています。(最も大きい点では、WPATHのSOC7を意識したのであろう、その経過観察の期間が数ヶ月と短くされています。)

さて、まずこれまでの経緯を改めて振り返ってみましょう。トランスの病理化はICD8に登場するトランスヴェスティズムが最初で、フェティシズムなどと同じ精神疾患の中の性的逸脱のカテゴリーです。これは、ホモセクシャルもトランスヴェスタイトも治さなければいけない精神疾患であるという考え方の元での病理化です。

一方で、アメリカの精神保健マニュアルDSMでは、DSMⅡがゲイリブの流れを受けてホモセクシャルを削除、そして、DSMⅢにおいてトランスセクシャリズムが1つの精神疾患として分離され、この時に子供のトランスセクシャリズムが表記されたカテゴリーに、性同一性障害が登場します。

そして、1990年にゲイリブの影響を受けたICD10の発表になりますが、まず、同性愛などが削除されます(F66という疾患に残っては居たのですが)そして、F64に性同一性障害というカテゴリーを作り、トランスセクシャリズムと、トランスヴェスティズムを性的逸脱から分離します。もちろん、これもゲイリブの流れを受けてのことで、トランジションをするための疾患へとなっているわけです。

1994年にDSMⅣが発行され、性同一性障害が疾患名称となります。現在日本で言われている「性同一性障害」やGIDはこれのことです。

すごく勘違いされているのですが、世界中の活動家の事ことさら悪く言う人が日本では増えていますが、そもそもICD10の性同一性障害カテゴリーもDSMⅣの性同一性障害もゲイリブの中で登場したトランスジェンダーの活動家達の訴えがあったからで(もちろん、ハリーベンジャミンを始め、性科学の視点から活動していた人達の声も大きいです)トランスジェンダーの人権を考える流れで変化していったのです。

・苦悩のDSM5

2013年に発行されたDSM5では、性同一性障害の名称が性別違和に変更され、その内容も大きく緩和され、トランジションを行いたいと医師の門を叩いたら大抵の人が該当するような疾病イメージになっています。また、それまで2年間の経過観察が6ヶ月と短縮されるなどの変更がなされています。(日本ではこの疾患は導入されていません)

さて、DSMとはアメリカの精神医学会が発行する、精神疾患における疾病マニュアルで、ICD準拠をうたい、色々な精神疾患がICDよりもより細かく解説されていたりするのが特徴です。また、アメリカの医学界なので、ゲイリブの影響も強くトランスジェンダーに関する疾患をどうするのかでもの凄く揉めたのです。

まず、根本的に『削除・もしくは疾病外となるZコードにする』という事が検討されたのですが、編集作業に関わった医師は『本来ならZコードで問題無いのだが、アメリカという社会がそれを許す環境に無い』と答えています。

アメリカは世界的に見てもアンチLGBTの勢力が強い国であり、「同性愛は治療出来る!』と豪語する者が副大統領をやっている様な国なのです。トランスジェンダーの存在についてもトランプの政策を見ればわかるように、その存在自体に懐疑的で、どんどん差別的な大統領令を発効したりしているわけです。

この状況において『アメリカでは精神疾患のママにしておかないとダメだ』という形になったという訳です。

ところで、性別違和という名称になった背景ですが『性同一性障害』という疾病名称が『これはダメだよね』という考え方が専門家の中でも一致したものだったのです。ジェンダーアイデンティティ(性同一性)がディスオーダー(オーダーがディスっている状態、意味合い的には間違っているといった感じ)で『個のアイデンティティが正しいとか、間違っているとか言う表現はおかしいだろう?』という訳で、名称は変えなきゃマズイというのは全会一致していたのです。

しかし、いざ名称を変更するとなると、それぞれの考え方の違いから統一した答えが出ずに時間だけが進んで行く。そして決まったのがGender Dysphoria(性別違和)だったわけです。これは、ハリーベンジャミンなども使っていた『自身の性別に関して違和感がある』という状態を表した言葉で、本来疾病名称としてはあまり適当ではないものだったのですが、苦肉の策という状況で決定したわけです。

・ICD11で精神疾患で無くした理由。

発行前ではありますが、WHOの方々がICD11に於けるgender incongruence(性別不合(仮))の解説動画などを上げていたりします。これは、発行前に何をどういう理由で変更したのかというのをキチント説明する必要があると言うことなのです。

新たな性別不合(仮)はその内容も性同一性障害とは大きく違っていますが、重要なことは精神疾患から削除したことです。これは明確にWHOが語っていますが、精神疾患であることがトランスジェンダーへのスティグマとなっていて、これを解消するために精神疾患であることを止めたということなのです。

ちなみに、この話をすると『日本にはそんな状況は無い』と声を上げる人がいるのですが、最近のツイッターに於ける『GIDとそれ以外を分けろ!』とか『トランスジェンダーの活動家はGIDを差別している!』とか、それこそ当事者以外でもゲイの人までもがこの論調に乗り始めている訳です。

要約すると『性同一性障害の診断書を持たない連中は差別して良いだろう!』こんな感じです、これがまさにWHOの言っているスティグマなのですよ。医師は『この人は差別してもいい人』『この人は差別しちゃ行けない人』を分ける神様のようなお仕事をしている訳ではありません。『診断書を持たない者は差別しても良いんだ!』なんていう理屈は当たり前ですがオカシナ話ですし、そもそも病理として考えたとしても非情にダメな状況なのです。

・疾病は個人の問題であり社会的な話ではない。

すごく当たり前な話ですが、疾病というのは対象の人である個人に関するものであって社会を安心させるためにあるモノではありません。元々、ハリーベンジャミンを中心とした現WPATHのグループが作ったガイドライン(スタンダードオブケア)は、ホルモンや手術を行った者たちの高い自殺率を懸念して、トランジションにおけるQOLを上げるために作られたものです。対象者の命を縮めるような治療は治療とは呼べない、ごく当たり前なことであり、当事者の為を思って作られたハードルです。

しかし、21世紀に入りLGBT関連の活動が活発になったことで、何故自殺者が多かったのかという状況が判ってきました。それは、ホルモンや手術が直接的な原因ではなく、トランジション後の生活環境における、差別や、サポートの無さなどの問題であったと言う訳です。

このためWPATHが発行している最新版のガイドラインSOC7(日本語版がでているので興味あるかたは是非読んでください)では、従来あったトランジションの経過観察期間は排除され『年齢が達していてホルモン・手術についてのインフォームドコンセントをきっちりと行い、その内容が理解できる者は速やかにそれが出来るようにすること』と変更されています。

とにかく、これらの疾病イメージや、ガイドラインなどはあくまでも『個人』がよりよい選択をできるようにするものであって、内容もろくに調べていない人が『アイツラはGIDじゃないだろう!』とか他者の安心を得るために疾患ラベルを貼るといったことはアリエナイのです。

・たぶん、これだけ長い話になると『GIDが~』とかって揶揄している人達は、読まないで『活動家が当事者を無視して声を上げている酷い!』とか言い出すと思います…。しかし、前述しているとおり、現在の性同一性障害という疾患イメージでさえ、ゲイリブから始まった活動家の意見が繁栄された結果のものであり、ICD11におけるそれも同じ流れで変えられるものです。

・診断書を持たない者を差別して良い社会はおかしいのです!

GIDという削除されることが決定してい、日本以外の国では殆ど使われていない疾病名称(なぜなら、その疾患名称はすでに古いモノ(DSMⅣ)におけるものだからです)をことさら連呼して、それ以外のものを差別しようとやっきになる人達は、WHOが懸念しているスティグマな状況が現れているからであって、本人以外のだれかが『アイツはGIDじゃない!』とか言い出して差別する行為は医学的にも、人権としても許されない行為です。

ツイッター上で吠えている人達はまるで、自分たちが神様になった気分で「あの人達はGIDじゃないでしょ?」と言い出すわけです。オカシイデスヨね?それらを言っているのは、その対象者を診察する能力がもっていて、くわしく話を聞いて『あれは違う』と判断しているということですか?違いますよね?

そういうダメなラベル貼りを無くすために、精神疾患からの削除が行われるのです。是非多くの人に、このことをご理解頂きたいと思います。

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