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LGB「T」にまつわるちょっとした話(4)

先日、岡山県新庄村の臼井崇来人(たかきーと)さん(45)が戸籍上の女性が手術なしで男性への性別変更を求めた家事審判において、憲法判断をせずに合憲との最高裁決定がでて話題になりましたが。

この話題を受けてGID.jpが「性同一性障害特例法の手術要件に関する意見表明」なるものを発表しまして、これほど酷い意見をまぁよく発表できちゃうものだと。

何故WHOが、何故国連人権委員会が、何故WPATH(トランスジェンダーに関する専門家の学会)が、そして、多くの当事者団体が『性別変更の法律における手術要件の撤廃』を強く訴えているのか、人権感覚の欠片もなくお約束の『議論が足りていない』で締めるという、まさに害悪という状況で。

しかしですね、これを読んだ人が現実の話を全く知らずに納得されても困るので、手術要件があることが何故マズイのか?という部分をしっかりと説明しておきます。

・トランスジェンダーにとってのホルモンや手術とは何なのか?

ドラァグクイーンやトランスセクシャルなどがホルモンの使用を始めたのが1950年代の話、そして、日本、イギリス、アメリカなどのトランスジェンダー達の性器に関する手術が話題になるのもこの頃のお話です。

1960年代に入り女になれる手術がある!?との情報が広まり、ホルモンの使用者や手術を行う者が増え、ジョンズ・ホプキンズ大学にジェンダークリニックが開設されたのもこの頃で、1969年には後のWPATHとなるジェンダーシンポジウムが開催されている。

それから10年たち、1979年にそれまでのホルモン、手術などを行ってきた人達の総括をすることになるが、思いの外QOLが悪く自殺者数の多さが議題となり『ホルモンや手術はは当事者のためになっているとは言いづらい』といった意見があり、この意見を受けてホルモンや手術を行うためのガイドライン「スタンダードオブケアー」が作成されます。

このガイドラインが後の『性転換症』や『性同一性障害』の疾病イメージとなり、後の日本もこのスタンダードオブケアを元に日本精神神経学会がガイドラインを作成することになります。

他のトピックでも説明していますが、こうして作られた疾病イメージは『誰が、どの性別なのか?』を判断するものでは無く、『誰がホルモンや手術をしても死なないか?』ということを判断するために作られたものです。

・インターネット時代に入り手術などの情報共有が始まる

Windows95の発売以後、世界中でトランスジェンダー同士の情報交換が始まり、そのなかで大きな情報の1つだったのが『手術後の結果』を画像などでチェック、またオフ会などで当事者の話を聞いたり、実際に見せて貰うなどコミュニティが広がったことにより、様々な情報共有が行われるようになりました。

90年代はトランスに関する色々な言葉が飛び交っていまして、その中でPreOpe(手術前)、PostOpe(手術後)、NonOpe(手術を望まない)なんて言葉も作られたのです。

このNonOpeという考え方はこの頃に作られたもので、それまで全く情報が無かった状況から、現実のホルモンや手術の情報を得ることで『これなら私は手術はいらない』という考えの人も出はじめたわけです。

・トランスジェンダーの性別認識に関する法の変遷

1907年に世界で最もLGBTQ+の人権/研究が進んでいたドイツで、カールMベアーが女性から男性へ出生証明書を変更。以後、日本も含め個別に性別の変更などが行われてきました。
2003年に日本は「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」所謂特例法を作る訳ですが、この翌年、イギリスで性別変更の法律が作られ世界で始めて手術要件の無い性別変更が可能な国となります。

その後2007年にスペインが2年間の医療観察(Real-Life Experience)のみ(診断書不要)で性別変更が可能になります。

そして、2007年にディスカバリーチャンネルで、トランス男性の妊娠ドキュメントが放映され世界中で大きな議論が起こります。

最初は『男なのに妊娠するなんてありえない』と否定的な意見が多かったのですが、少し冷静になった人達は『妊娠できる人が、なぜ妊娠してはいけないのだ?』と全うな声を上げるようになります。

そして、この頃から世界中のトランスジェンダーの団体が、性別変更における手術要件に対する問題について声を上げるようになっていきます。

・手術要件を巡る変化が起こる

1つ言えることなのですが自ら「トランスジェンダー」を名乗るグループの考えかたは一貫していて「自分の事は自分で決める、私自身の事は私が一番よく知っている、医者や裁判官が決める事では無い」と言った感じで、まずは『これが私だ』といった主張からスタートしているわけです。

これらの考え方はトランスジェンダーの人権として訴えられるようになり、これらの主張がジョグジャカルタ原則に盛り込まれるわけです。特に次ぎの部分は明確に医療的な事とトランスジェンダー個人の人権/尊厳を切り分けていて、これを使って世界中の活動家がさらに活発に動き始めるのです。

第18原則 医学的乱用からの保護
万人は性的指向や性同一性により医学的、心理学的治療や臨床検査を強要されない。あらゆる分類(DSM-IVやICD-10)の規定に拘わらず、個人の同性や両性への性的指向や身体とは異なる性同一性はそれ自体は病気ではなく、その意識を治療されたり抑圧されない。  ジョグジャカルタ原則より抜粋

・アルゼンチンモデルの誕生

ジョグジャカルタ原則を作られた後は当事者団体の活動も活発になり、TGEU、ILGA、GATE、そしてトランスジェンダーの非病理化を求めるSTP2012が、手術要件の撤廃などを含むトランスジェンダーの人権を強く訴えるようになります。

ジョグジャカルタ原則が国連の人権理事会で承認された効果は大きく、これを武器にアルゼンチンの活動家は国に対して「性別変更をもっと簡単にできるよう」求めていきます。その結果、世界で始めて年齢以外の条件が無い(医師の診断書も、司法手続きも必要としない)性別変更の法律が2012年に作られます。

この画期的な法律が通ったことが世界中に配信され、EUの人権委員会ですぐにこの法律が話題となり『EU加盟国は速やかにアルゼンチンモデルを取り入れるべき』との採択をします。※アルゼンチンモデルとは、アルゼンチンと同じ基本条件の無い性別変更の法律のこと。

これらの事は国連の中でも話される様になり、2014年にWHOが国連の関係諸機関と合同で「強制的、抑圧的、あるいは非自発的な断種手術の排除について」という声明を発表。この中で、トランスジェンダーなどの性別の変更に関する法律に、手術要件を含んではいけないと強く勧告しています。

そして同年アメリカの全米医師会が「性別変更の法律から直ちに手術要件を撤廃すること」という声明を発表します。

・なぜ手術要件がダメなのか

まず、根本的なことですが21世紀初頭である現在、まだ性別を変更できる科学的な手術や薬は発明されていません。これが大きなことの1つです、つまり、いま言われているホルモンにしても、手術にしてもその見た目の形を変えるという事であり、性別を変更するためのものでは無いわけです。

そして、ホルモン・手術のガイドラインが作られて40年あまり、この間、当事者団体、専門家グループなどが意見を発し、それまでのデータを分析してきた結果、1つの結論に達するのです。

トランスジェンダーであっても、bodily integrity(身体の整合性)が保証されなければならない。つまり「自身の体のことは他者の意見ではなく、自分自身で決定する権利がある」ということで、これはできる限り本人の意志が曲がってしまうような社会的影響を減らす必要があるということでもあるのです。

WPATHが発行しているトランスジェンダーのホルモンや手術に関するガイドラインの最新版SOC7では、「本人がホルモン、及び、手術を望んでいるのであれば、年齢た達しているなら、インフォームドコンセントを行い、その内容が理解できる者であれば速やかにそれが出来るようにしなければならない」と、従来の経過観察などは排除されています。

医師などの専門家はもちろん、当事者同士が『ホルモン使ったほうが良いよ』とか、『手術した方が良いよ』というそれらを進める行動なども含め、できるだけ社会的な方向付けが無い環境で当事者にその情報を与えた上で、本人の意志で決めて貰うという考えに至ったというわけです。

そのため法律に手術要件が書かれているのはもっての外、前述していますが手術やホルモンでは身体の性別は変更できません。なのにそれを行うことを法律に書かれてしまっては、本人の自由意志が担保された状態にはできないという考えから、WHO等がそれを止める用に勧告しているわけです。

・私の体のことは私が決める

手術をするメリット、手術をするデメリット、これは色々なものがあります。それらを自分で決められる環境であることが大切で、勿論、メリットがデメリットを上回る人であれば、それを選択できるべきであり、それはその人の健康にとっても重大な問題なので保険適用など経済負担の軽減も必要です。

また、それを選ばなかったからといって社会的に不利になるということ、たとえば「公的性別の変更ができずに社会的な生活が難しくなる」といった事があることもダメなわけです。
すでに以下の国などが手術要件を撤廃しています。

性別変更に手術要件が無い国の一覧
北米
カナダ アメリカ(ワシントン州 オレゴン州 カリフォルニア州 ユタ州 ワイオミング州 サウスダコタ州 ミネソタ州 アイオワ州 ミズーリ州 ミシガン州 ミシシッピ州 ニューヨーク州 バーモント州 ニューハンプシャー州 コネチカット州 ニュージャージー州 ハワイ州)※アメリカ合衆国としてパスポートの性について手術をしていなくても性別変更が可能だったがトランプ政権になり、トランスジェンダーのパスポート発行が停滞している。
南米
○アルゼンチン ボリビア コロンビア エクアドル チリ ○ブラジル
欧州
イギリス スゥエーデン スペイン ○ポルトガル ○ノルウェー オランダ モルドバ ○マルタ イタリア ○アイルランド アイスランド ハンガリー ドイツ フランス エストニア ○デンマーク ベラルーシ オーストラリア ポーランド ロシア
※○性別の変更条件が年齢のみ国(司法・医療の判断は必要無い)


LGBTの人権に関してかなり厳しいロシアでさえ、WHOの勧告にしたがい手術要件を撤廃しているのです。最高裁決定においても、2人の判事が「人権違反の可能性がある」としている状況です。

GID.JPのすでに手術を選んだ人達が根性焼きとして「他の人達も、根性を見せなければ私達は社会から差別されてしまう」といった脅しに屈せず、是非、人権という観点からその医療行為についても考えていただきたいわけです。

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