【人生戦略】育児が一段落した48歳以降にピークを持っていく

中村慎太郎、37歳。ロスジェネ世代の後半に位置しているため、自己肯定感が低い状態で生きてきたため、社会的には不遇。正社員として雇ってくれる会社はこの世に存在しないという前提で、零細ライターを始めたわけだけど、5年遅かったら引く手は多かったことだろう。

ロスジェネの中でも落ちこぼれている。自分で言うのも何だけど、教養・知性はある。一級の知識人と肩を並べることは出来ないが(五百蔵さんラインを一級とする)、横に座って話を盛り上げることは出来るというレベルである。

表現力もある。話すこと、書くことを続けてきているので、能力は日々研鑽されている。

しかし、育児という大問題がある。本当は自己投資に極振りしたいのに、自己投資するための時間とお金を捻出するのにも四苦八苦している。仕事の量を増やして大きな成果を出したいのに、仕事をする時間も限られ、またコンディション不良の状態で机に向かうことも多い。

ぼくは37歳。妻はちょっと年上。
息子が6歳になる年で保育園年長、娘は2歳になる年。

子供は父を必要としている。妻もぼくを必要としている。家を開けて、地方都市のマンスリーマンションでも借りて、執筆とサンプリングに専念することが出来たら、どれだけ楽だろうか。しかし、家を空けるということは、妻に負荷をかけ、子供も快適な環境を失っていく。

今朝も早朝に家事を1時間ほどこなしたが、家事・雑事のたぐいは子供が存在していると狂った量になる。ご丁寧におむつを自分で脱いだ上でおしっこをしたり、唐揚げを布団で食べて油まみれにしてくれたり、ティッシュペーパーがバラバラ、洋服を着たくない、お風呂に入りたくない、寝たくない、歯磨きしたくない、外出したくない、かといってうちでゆっくりしたときに限って外出したい、ホームセンターで失踪などなど……。

手間をかけた分、金銭を得るのが仕事というものなのだが、育児に関しては手間がかかる上にお金も失われていく。

ああ、そうそう。風邪をもらってきて、大人にうつしておいて、自分はケロっと治るという技も持っている。子供が生まれてからのほうがはるかに風邪を引きやすくなった。一人でいる時は風邪なんか全然ひかなかったのに。

肉体と精神が疲労したとしても、一人で過ごせば回復していく。しかし、常にノイズ攻撃を受けるため、回復が間に合わないのだ。

ただ、それでも子どもたちがいない人生なんて考えられない。これは、愛ではなく中毒であり依存であり執着でもあるだろう。子供に対する親の気持ちは「愛」などという平面的な言葉では語れない。愛憎含めて考えなければいけない。

憎いとは言わない。

しかし憎らしい瞬間は多々ある。

連続的に生まれる負の感情の中で、声を荒げて起こってしまうこともあるのだけど、「やったー!!出来たよ!!見てー!!」と声を裏返して大喜びする姿を見ると、ああ、生きてきて良かったなとも思う。

子供を捨てて生きていく選択肢はぼくにはない。不可能だ。

だけど、子供によって人生は間違いなくある程度限定される。

そこで取れる戦略は……。

1.子供と趣味を共有する。
昨日書いたように、同じゲームをプレーしたり、一緒にサッカーをしたりする。できればバードウォッチングにも巻き込みたいのだが、どうだろうか。これは難しい気もする。バードウォッチングはかなりマニアックな趣味だからだ。でも、釣りならいけるかもしれない。

2.子供と共に学ぶ。
我が家では夕食後に学びの時間を作ろうということになった。今のところまだ上手に運用できていないのだが、機能すればなかなか良い時間で、子供は宿題や読書、父も新しい本を読む機会になる。

3.子供の成長段階に合わせて知識やスキルを習得していく。
これが本論だ。

5年後……
父  42歳
息子 11歳(小学校5年)
娘   7歳(小学校1年)

ここまでいくとかなり楽になると見込んでいる。義務教育に入るので保育園代を払う必要がなくなり、自己投資額を増やすこととが可能になる。また、送り迎えなどの時間的制約も減る。そして、子供は父よりも友人を優先するようになっていくことだろう。

この5年後のステージに行くまでに大きな仕事をするのは難しいという諦めを持っておくことが肝要ではないかと思っている。そうすれば焦ることはない。着実に出来る仕事をして、少しずつでも収入が増えるようにする。そういうステージだ。

と、同時に、後に飛躍するために文章や喋りのスキルを磨き続けると同時に、知識・教養を付け続けないといけない。現状のまま50歳になった場合、知識人として活躍するためには明瞭に勉強が足りないのだ。

何かを自力探求する研究ではなく、誰かがすでに研究したことを知ればいい。勉強でいいのだ。

それから6年語……
父  48歳
息子 17歳(高校2年)
娘  13歳(中学1年)

ここまできたら、娘は思春期!!パパのことなど汚物扱いである。パパが存在していることは重要かもしれないが、人間関係においての優先度はかなり下がる。それは、部活であり、友人になるはずだ。

息子も17歳なので、まだ子供ではあるが、休日のたびに「パパー!!」と飛んできて、見て見て!聞いて聞いて!とはならないだろう。そして、この年齢になれば、ある程度家を空けたとしても、家族に与える負の影響は小さいはずだ。

この段階でぼくの収入がもっと大きくなっていて、妻が仕事をしないでも大学への進学資金も踏まえて家計が回る状態になっているのが理想だが、それが達成できるかどうかの保証はない。大学が怖い。大学が恐ろしい……。

まぁそこまでに財力が不足していたら、こちらのカードを全部提示して、いくら使えるか、どうすれば幸福が最大化出来るのか、受験勉強のためにどれだけコストを割くべきかなどを子供と話し合ったらいいさ。

カードの枚数が多ければ幸福を勝ち取れるわけではない。どのカードをどこで使っていくかが大切だし、その判断をチームが理解し、支持していることが大切なのだ。

というわけで、48歳の時に、知識・教養・表現スキルのピークを持っていく。そして、脳が衰える前、60歳までに大きな仕事をこなしていく。それ以降は、著名人として世界をのんびり回るみたいなセレブ暮らしをしよう(寝言)。

そのためには本を読む、多くの人と話す、体力をつける、スキルを磨くことが大事だ。

さぼりがちだが多くの人に会って話すことも重視しなければならない。特に48歳からの12年間を共に駆け抜けられる、才気あふれる人材とは是非交流していきたい。

小説版ZZガンダムのラストシーンは印象的だった。
戦いが終わりジュドーは、ルー・ルカと共に木星へと向かった。

戦争を共に戦ったビーチャ、イーノ、エル、そして、愛する妹のリィナ(ジュドーは極度のシスコン)を残してフォン・ブラウン市に残して。

「3年後、ここで会おう。」

それぞれの道を歩み、それぞれの人生を過ごす。それぞれが強い存在へと成長していく。そのうえで、3年後再び相まみえる。

あっさりとした淡白な描写なのだが、このシーンが大好きで、何度も何度も読み返した。

信頼する仲間たちと集まって大きな仕事を成し遂げる。ぼくにとって一番の憧れだ。今までもチームで何かを成し遂げてきたこともあった。しかし、それほど大きな規模ではなかった。

ぼくは、大きな力にならなければならない。エネルギーの塊になって、強い志でチームを動かし、一人一人では達成できなかった巨大な成果を出して、あふれるような充実感と共に涙でグチャグチャになりたい。

そうするためには、11年間。修行の時を過ごす。目先の損得に関わる人脈なんてどうでもいい。11年後に何かを成し遂げられる仲間を探そう。それが何なのかはわからない。けど、何かはしたい。

それが多分ぼくの人生で一番のプロジェクトになるのではないかと思う。


善く、日々を生きよ。
漫然と人生を過ごすな。
目標を持て。
生まれたからには何かを成し遂げて、何者かになって死んでいけ。

居酒屋のトイレにあるおやじの小言みたいなことを言い出すようになったので、ぼくも立派な日本の親父なのだ。

最強のじじいになるぞ!!!









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中村慎太郎

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