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南葛SCを初観戦した結果、思わぬ事になった。


南葛SCの苦戦は聞いていた。

そして、それは美しく魅力的なストーリーには、仕立てられそうにない種類の苦戦であった。

これを直視することが、ぼくの仕事なのだ。美談に仕上げるのは仕事ではない。

さて、魅力的な物語の代表は、弱者が強者を屠っていくような奇跡であり、貧乏人が金持ちを出し抜いていくようなストーリーである。

このストーリー形式は、サッカー界では頻繁に見られる。

ジャイアントキリング


弱者が強者に勝つことで、「我々弱者」はカタルシスを得られる。そう我々は弱者の側に自己を投影し、弱者が強者に勝つことで、弱者としての自分の人生が肯定されたような気持ちを味わうことが出来る。

この最高級の痛快さこそが、サッカーの醍醐味とも言える。

ところで、殺された巨人はどうなってしまうのだろうか?



南葛SCは、東京都リーグ1部を戦っている。

東京都リーグとしてはありえないほど恵まれた予算を持ち、元コンサドーレ札幌の石井謙伍選手をはじめ、元Jリーガーがゴロゴロいるチームである。しかも監督は、元日本代表選手の福西崇史氏が務めている。

東京都リーグというカテゴリーにおいては圧倒的な強者として君臨してもおかしくないだけの戦力が整っている。少なくともそのように見えるチームなのである。つまり、都リーグにおける圧倒的なジャイアント=巨人である。

そして、もう一つ。
南葛SCといえば、キャプテン翼の主人公、大空翼とその相棒である岬太郎が所属していたチームの名前である。ぼくも小学生の時に、キャプテン翼を読みこんだので馴染みのある名前だ。

どうしてそんなネーミングなのかというと、キャプテン翼の作者である高橋陽一先生が、現在は代表取締役を務めているからだ。そして、ゼネラルマネージャーの岩本義弘氏は、ブラジルW杯などを共に旅をしたサッカーサポーター仲間であり、最近はゴールデン街飲み仲間にもなりつつある。

岩本氏には、普段から親しくしてもらっている上に、OWL magazineの購読者第一号にもなって頂いた。南葛SCは岩本氏の魂を込めたプロジェクトであり大冒険なのである。そんな縁で何か記事を書きたいとは思っていた。

という事情はあるものの、当然のことながら岩本氏への忖度は一切なしに書く。

というわけで書こう書こうとは思っていたものの、なかなか南葛SCの試合には足が向かなかった。というのも、今年は南葛SCの状況がなかなか整わずにいたからだ。

南葛SCはJリーグへの昇格を標榜するクラブである。ただ、それはなかなか険しい道なのだ。

※南葛SC、Jリーグへの道のりについては、若干複雑なのでおまけコンテンツとして後記する。

細かいことはともかく、Jリーグまではまだまだ距離があるのが、南葛SCの現在地である。

その南葛SCは、もっと上のカテゴリーのクラブといっても不思議ではないほどの戦力を持っている。

また、グラウンドの確保もままならないチームも所属するようなアマチュアリーグにおいて、四ツ木駅をキャプテン翼にラッピングするというジェフ千葉的、JR的な離れ業も行われ、関連イベントにはアンドレイ・イニエスタが訪れた。

都リーグ1部のレベルでは圧倒的な巨人なのである。

その巨人が勝てない。


だから美談にはならないのだ。弱者が強者を駆逐するカタルシスに比べて、強者が弱者に駆逐されるのではストーリーとして弱い。つまり、記事にしづらいのだ。

今年訪れたFC今治も同じように地域リーグのクラブとしては圧倒的な強者だった。しかし、なかなか勝ち上がれずにいた。

だからぼくは、遠目に見ていたFC今治を応援しようという気持ちにはならなかった。強者が順当に勝つことほどつまらないことはない。サッカー界で有名なアンチバイエルン・ミュンヘン理論である。

ただ、今治を訪れてみて思ったのは、今治という都市の弱さであり、もろさであり、儚さであった。FC今治は圧倒的な強さを持つ巨人ではなく、衰退する地方都市に生まれた希望の星であり、夢そのものであった。

外から見て感じることと、内側に飛び込んでみて目に見えるものはまったく異なっている場合がある。

だから、我々は旅にでなければならない。

旅に出なければ、本当に大切なものを見ることが出来ないからだ。

というわけでぼくは、これまでのサッカー旅のなかで最も短い距離の旅に出た。距離にしてわずか15km、家から車で30分である。

家族を車に詰め込んで、環七を北上した先にある水元総合スポーツセンターへと向かった。

水元と言われてもピンとこない人も多いかもしれないが、水元高校と言えばぼくが高校受験の時に同じ地域にカテゴライズされていた(当時は同じ学区の高校しか受けられなかった)。つまり、ギリギリ地元だと言い張れる地域なのである。ちなみに水元高校は、現在は別の高校と統合されたため存在していない。

旅路にはトラブルがつきものだ。
今回は最短の旅にも関わらず、財布を忘れるという緊急事態が発生した。そのためわずか600円でやりくりをする必要性が生じてしまった。それでも何とかなるのが地域リーグの良いところである。チケット代はなく、魅惑のスタジアムグルメもないのでほとんどお金を使わないで済むのだ。

さて、この日の時点での南葛SCの順位を確認しておく。

1位 エリース東京FC  31
2位 東京海上FC 24
3位 CERVEZA FC 東京 24

ーーー以上、関東社会人サッカーリーグへの出場資格ーーー

4位 八王子FC 24
5位 駒澤大学 GIOCO 世田谷 23
6位 南葛SC 19

南葛SCは、三試合を残していて、そのうち2試合は1位エリース東京FCと東京海上FCであった。勝ち点は19で、最低でも24を確保する必要があるため、崖っぷちであった。

また、この日は2位の東京海上FCとの対決であるため、いわゆる6ポイントマッチである。といっても立場は違っていて、南葛SCからすると負けたらおしまい、勝てば首の皮一枚で残るという試合であった。

ところで、南葛SCはどうしてここまで追い詰められてしまったのだろうか。

戦力は十分に足りているはずだし、練習環境なども他のクラブよりずっと良いはずだ。それでも勝てないのがサッカーという競技の奥の深さである。

また、リーグ戦で6位にまで落ち込むというのは、偶然ではないだろう。1年をかけて争うリーグ戦での順位は必然であり、6位であるということは、その時点で6番目の強さという意味だと捉えるべきだ。

不運によって落ちてしまうということももちろんありえるが、リーグ戦で勝ち抜くためには運すらもマネージメントすることが問われる。そのため、偶然に左右されがちなカップ戦とは異なり、リーグ戦での結果は、尊いものである。

リーグ戦の結果の前では、どのような言い訳も許されないというのがサッカー界の鉄の掟なのである。

最も、リーグ戦は毎年行われるため、年単位ではなく5年、10年という単位でマネージメントしていくこと、あるいはその様子を観察することもサッカー観戦の醍醐味である。

ちなみに我々OWLは、Our Wolrd Legueの略称であり、リーグ戦に敬意を込めて、その魂を名前に織り込んでいる。

随分と前置きが長くなってしまったが、本論に入る。

試合会場へと向かう。街道沿いの駐車場に車を止めて、綺麗に舗装された細い路地をゆく。

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新造されたばかりなのだろう。綺麗かつ大きな体育施設の中を通るとグラウンドに辿り着く。


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会場では既に練習が始まろうとしていて、南葛SCのサポーターがクラブについての情報などを書かれた号外を配っていた。今思うとあの配っていた方は、ロベルト本郷のコスプレで有名なサポーターだったのではないかと思うのだが、到着直後はうまく頭が回っておらずに話しかけられなかった。

そう、キャプテン翼がコンセプトのチームなので、見守る人としてのロベルト本郷が現れるのだ。

この左の方なんじゃないかと思うけど、違うかもしれない……。というか、わからん!!サングラスで帽子を被った人の中身がわからん!

試合後に見つけたら話しかけてみようかと考えていると、別のサポーターに目がとまった。

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南葛SCのキャプテン翼ユニフォームに、FC東京のユニフォーム……41番三杉くんである。

せっかくなので三杉君に話を聞いてみた。

——練習を見ていると南葛SCはとても強そうですけど、なかなか勝ち点が取れないですね。

「そうですねー。個々の力で負ける感じはしないんですけど、走り負けちゃう感じでやられちゃいますね」

——なかなか忍耐力が必要ですね。

「そうですねー」

三杉くんのコメントが取れたので満足である。サポーターが集まるというゴール裏にも足を運んでみることにした。

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うーん、実にフォトジェニックではないグラウンドである。ゴール裏には、体育館から流れ込むプールの香りが充満していた。恐らく世界でも屈指の塩素くさいゴール裏であろう。

アップしている両チームの選手を見て気づいたのは、人数が全然違うことだ。東京海上FCは数えられた限りだと17人、一方で、南葛SCは控えやスタッフなども含まれるかもしれないが30人近くもいた。

また細くて俊敏そうな東京海上FCに対して、南葛SCは体格は良いが少しぽっちゃりしている。うーん、ちょっと太い選手がいるな。これはコンディションの問題だろうか。こう思ったのはぼくだけではないようで、他の観客からも同じような声が漏れていた。誰が見てもそう感じるくらいには、両者の体格に差があった。

また、南葛SCがボールタッチを確かめるような練習が多かったのに対して、東京海上FCはシャトルラン(アメリカでは自殺ランなどと言うきついやつ)をしたあと、バスケットボールのようにハーキーでアップをしていた。試合前にハーキーをするサッカーチームを見たことがない。走りそうだ。

※ハーキーはこういうやつ。アスリートがやるともっとカチッとしているけど。

サポーターも多く、南葛SCユニフォームもちらほら目に入った。試合中に数えたのだが、観客数はゴール裏が30から50人、ぐるりとグラウンドを囲んでいた人数は100人前後だったのではないかと思う。思ったよりも多かったという印象だ。

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この写真は、岩本氏にバレないように盗撮したもの。


さて、日が落ちてきた頃に、キックオフの笛が吹かれる。

と、同時に、東京海上FCが押し寄せてきた。

それは文字通り怒濤のプレッシングであった。体格としてはあまり恵まれていない東京海上としては平面で圧倒する以外に勝機はないとみたのだろう。

群れで襲いかかる狼のように、一人二人と南葛SCのボールマンに挑んでいく。そのプレスのもの凄さに、パスワークでいなしていくことは難しかったようだ。本来であれば、巨人である南葛SCはどのような工夫や努力で対抗されたとしても、高い技術や恵まれた体格によって優位に立つ必要があった。

実際に、プレスに対して、ロングボールを蹴り出すと、9番のFW冨岡大吾選手が必ず競り勝つ。少なくとも序盤においては100%であった。東京海上の選手は冨岡選手の高さ(あるいは強さ)に対して、何もすることが出来なかった。

しかしながら、落ちたボールは東京海上FCの選手が高確率で拾っていた。ロングボールが出たときに、競り勝つことは出来ないのだが、身体を当てて競っていたし、落ちたボールを拾えるように素早くスペースを埋めていた。この勤勉さ、生真面目さが、体力がきつくなってくる中でどこまで続けられるかが勝負の分かれ目になるだろう。

ショートパスが繋がらず、ロングボールをFWに当てても、そのボールは東京海上FCのものとなってしまう。ということは、プレスに対して南葛SCが出来るのは大きく蹴ってクリアすることだけということだ。こうなると、試合は俄然東京海上FCのペースになっていく。

序盤の攻防は東京海上FCに軍配があがった。

状況が停滞したのを見てか、30番のブラジル人、アルトゥール選手がポジションを上げていく。この選手、なかなか迫力のある攻めを見せていたのだが、如何せん周りとまったくかみ合っていない。傍目に見ていてもアルトゥール選手が何をしたいのかよくわからなかったし、南葛SCの選手にも戸惑いが見られた。

いわゆる調子に乗らせると手が付けられなくなるタイプのサイドアタッカーのようには見えたが、なかなか有効に機能しない。1対1ならば勝てるのだが、東京海上FCは一人抜かれても常にカバーが入るように選手を配置していたため、決定的なチャンスにはならなかった。

どうしてそんなディフェンスが成立したのかというと、その場で見ていた人ならば全員気づいたであろう両チームの明瞭な差があった。

声出しの頻度、音量、内容、参加する人数が段違いなのである。

南葛SCはボールを呼ぶときの「ヘイ!」というような声は出すし、よく聞き取ることは出来なかったが、GKからディフェンスラインへの指示は出ていたようだ。

一方で、チーム全体の統合性を取るような声出しはほとんど聞こえてこなかった。ポジションを修正したり、マークを確認したり、攻撃のルートについて指示をしたりするような微調整がほとんどなされていないように見えたのだ。もちろん、ピッチ上のコミュニケーションをすべて把握することは不可能なので推論ではある。

しかし、現場にいる多くの人が思ったことだろう。これは「声出しの差」であると。

そのくらい、東京海上FCはよく声が出ていた。

東京海上FCのGKは、常に大声で指示をしていた。そのよく通る声は、まさしくコーチングの見本で、東京海上のディフェンス陣を見事に操っていた。

特に印象的だったのだが、「チャレンジ&カバー!!!」の声である。東京海上FCは個の力では絶対に勝てないことをよく知っていたのだろう。だから、1つ1つのデュエルが常に命がけで、賭けでもある。ただ、賭けに負けたとしてもすぐにカバーの選手が詰めることでリスクを可能な限り減らすことが出来る。

チャレンジ&カバー

敗れてもすぐに次のチャレンジ&カバー

もしそこが破られたとしてもすぐに新しいチャレンジ&カバー

カバーポジションに入った選手が声で前の選手を押す。

GO!GO!GO!GO!

一人で戦っているのではないのだ。後ろで仲間が支えてくれている。だからこそ全力で勝負を挑むことが出来る。ディフェンスが成功すると「ナイス!!」と褒める。それぞれの選手が信頼に基づいたポジティブな関係で結びついている。

一つ一つのプレーが成功する度に、東京海上FCの士気が高まっていくのが見ていてわかる。湯気が上がるような気迫を身で感じて、自然と立ち上がり、拳を握っていた。

こうなると、元Jリーガーを多数擁する南葛SCといえど、力任せに崩すことは難しい。サッカーは本格的なチームスポーツなので、よく出来たチームに対して、個の力だけで崩せるものではないのだ。

面白い現象があった。東京海上FCの選手名は一人も知らなかったのだが、次第にわかってきたのだ。

コウキ、ユウセイ、コウタ、ダイスケ、コタニ、ゲンタ。

聞き違いもあるかもしれないが、GKやCBの指示で何度も何度も名前が呼ばれるので自然と頭に入ってくるのだ。そしてどういうわけかわからないが「コウキ」という選手の名前が何度も何度も呼ばれていた。

「コウキ!!持ち直せ!!」

どうしてコウキばかり名前が呼ばれるのかはわからないのだが、コウキは常に一人ではなかった。

ただ、南葛SCには圧倒的な優位性があった。それがCKである。20番鹿島ユース出身の佐々木竜太選手は180 cm、9番の冨岡選手は182 cm、3番のCBデヴィッソン選手は 186 cmである。特にディヴィッソンと競り合って勝てる選手は、ピッチには存在していなかった。

消耗戦になれば最終的に大きい方が有利になっていく。どれだけ圧倒して見せたとしても体力は無限ではなく、東京海上は常にナイフを突き立てられた状態であった。

そのくらい南葛SCの選手の、個の力は圧倒的であった。1対1ではまず負けない。球際が鬼神の如き強さなのだ。プロサッカー選手と何度かマッチアップしたのだが、まるで鉄の杭で地面に固定されているかのように、まったく動かないのだ。このカテゴリーにはいるはずもないようなフィジカルの選手が揃っているのが南葛SCであった。

そんな中、調子が出ない30番のアルトゥール選手が足裏を出してイエローカードをもらう。あまりよくないプレーであったが、チーム全体の流れが悪いことの現れとも言える。

少し嫌な予感がする——。

そして、予感は的中した。

東京海上がセットプレーから、クロスを上げる。ファーへと落ちるボールへと東京海上FCの選手が殺到していく。誰がどうボールに触ったかまではわからなかったのだが、確かなことはゴールが決まったことであった。

東京海上  1  ー  0  南葛SC


この試合に負けると昇格の可能性がほとんどなくなる南葛SCにとっては残酷なまでに痛烈な先制点を取られてしまった。

ただ、南葛SCはそこでくじけるようなチームではなかった。少しやり方を変えたようだ。相変わらず噛み合わせはいまいちで、東京海上FCのプレスに対して自由にプレー出来ていない印象はあった。しかし、15番青木剛選手、28番安田晃大選手を中心に、パスワークに安定性がもたらされた。

青木剛選手は、鹿島アントラーズで16年プレーし、日本代表の国際Aマッチのキャップもある。安田晃大選手は、安田理大選手の弟で、ガンバ大阪ユースから、トップチームに昇格した。流石に遠藤保仁などとのポジション争いには勝てなかったようだが、ギラヴァンツ北九州、東京ヴェルディ、ガイナーレ鳥取、愛媛FCなどでプロキャリアを積んだ。

東京海上FCのチームプレーに対して押しこまれ、先制点すら取られ、決して良い状況ではなかったのだが、この二人の選手がボールを持ち始めると、どのようなチャレンジをされてもボールを失うことはなくなった。

そして、前半も終盤に入った頃であっただろうか。南葛SCのポゼッションが成立した。東京海上FCの選手にも疲れが見えてきたのだろう。最前線までプレスにいくことはなくなり、青木&安田に対してのプレッシャーも諦め気味であった。ここで勝負をしても勝てないと悟ったのだろう。心が少しずつ折れつつあった。

南葛SCは、勤勉な城壁の一枚目を攻略した。

巨人南葛SCは、その強靱さを発揮し始めた。次々とパスが繋がっていく。一度流れが出来てしまうと、どう考えても南葛SCのほうが強い。

そんな中、転機となるプレーがあった。

南葛右サイドのディフェンスラインの裏にボールが放り込まれる。そこに走り込んで行くのを防ごうとするディフェンスがファールを取られたのだ。そして無情にもレッドカードが……。

流石に1人少ない状態では東京海上FCに勝機はない。試合の流れも南葛が取り戻しつつある上で、一人退場するのは致命的だった。東京海上は良いチームだったのだが、もうここでおしまいだろう。そう思うと何やら揉めている。

ちょうど反対のサイドだったので詳しい状況はわからなかったのだが、どうやら主審と副審が話し合い、レッドカードが取り消しになったようだ。というのも、ファールを取られたシーンの前に、南葛SCがオフサイドを取られており主審が見逃していたらしい。オフサイドを先に取ると、ファールは存在しなかったことになるため、レッドカードも取り消しとなる。

それに対して、南葛SCの選手達は猛然と抗議を始めた。審判に向かって、レッドカード取り消しはないだろうと訴えているのだろう。それはそうだろう。一瞬とは言え、一人少なくなった東京海上になら勝てるのではないかと安堵した直後だったからだ。

恐らく2分ほどであっただろうか。南葛SCは抗議に時間を使った。

その間、東京海上FCの選手達は身体を休め、呼吸を整え、ディフェンスの連係を確認し、気合いを入れ直していた。

この2分は長く、重大であった。

ぼくは黙って首を振っていた。駄目だよ、抗議していたら……。勝利の女神がそっぽを向いてしまう。今やるべき事は疲れた東京海上にとどめを刺すことだった。ディフェンスが対応できず、心が折れつつあるこのタイミングに。1秒でも早く試合を再開させ、東京海上FCの疲労を取る暇を与えず、厄介なプレッシングが復活する前に——。

止めを刺さなければ……。

しかし、南葛SCの選手達は、審判の判定を覆させることにエネルギーを使い、その主張が通らないことを悟ると、ようやくプレーを始めた。

先ほどまでの良い流れは完全に失われてしまったことだろう。ゼロから気持ちを組み立てなければならない。

南葛SC、青木剛選手がこう叫んだ。

「集中!集中!もう一回集中しよう!!」

声は虚しく響き、それに応える選手は誰もいなかった。青木選手の声は、葛飾の夜空に吸い込まれていった。そして、チームとしての集中力が失われてしまったという痛切な事実だけが残った。

とはいっても、試合の流れ自体は南葛SCが掴んでいた。パスは回せるし、1対1のシチュエーションでは確実に勝てる。気を取り直した南葛SCは、猛然と攻め始めた。

特に20番、鹿島ユース出身の佐々木竜太選手は非常に存在感があり、ポストでボールを受け、決して失わず、チャンスへと繋げていく様は、大迫勇也選手のようであった。

佐々木竜太、半端ないって!!


ここにパスが入らなかったのがこれまでの流れで、佐々木選手にパスが入るようになれば、話は変わってくる。

東京海上FCのチャレンジ&カバーは、裏に抜けていくボールや、後ろ向きのポストプレーにはうまく機能しない。ボールマンの周りに人が集まることで周辺にスペースを生むことになる。東京海上FCの運動量は失われていなかったが、空転する割合は明らかに増えていた。

佐々木選手がポストプレーからターンをして一人で持ち混んでいく。明らかに動きが違う。別格である。東京海上のDF陣にとっては、努力では埋められないほどの差があったと言ってもいいかもしれない。それでも2人3人と群がることで何とか止めようとする。そんな中、アウトサイドでパスを出すと、走り込んできた11番疋田大和選手がシュートを撃った。

これはGKがセーブしたのだが、明らかに南葛の流れであった。

だからこそ、あの2分は余計な時間だったのだ。

ちなみにシュートをした疋田大和選手は、町田ゼルビアやグルージャ盛岡などでプレーしていた。その後も2回決定機が訪れた。しかし、ゴールキーパーのファインセーブに阻まれた。

横っ飛びのファインセーブが出るということは、ディフェンスが攻略されていることを示している。だから、あと数分あれば、同点ゴールが生まれていた可能性は高かったと思う。しかしながら、最大の好機は葛飾の空に吸い込まれて消えてしまったのだ。

前半終了の笛が吹かれる。

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内容的には五分五分か、少し南葛SC寄りだろうか。決定機や枠内シュートも南葛のほうが多かったに違いない。しかし、スコアは0−1で東京海上FCがリードしていた。これがサッカーである。

試合の展開はシビアだったのだが、ハーフタイムには高橋陽一先生がにこやかに取材を受けているのが見えた。岩本氏も目の前にいたのだが、勝ったとき以外はなるだけ話しかけずに逃げることにしようと心に決めていた。一回、空気の読めない円子氏のおかげで大変なことになったのだ(OWL magazineのどこかに載っているけど、どこかは内緒)。

ハーフタイムに、Honda FCサポーターで有名なmasacoさんが来ていて話しかけてくれた。不思議なユニフォームを着ていたので聞いてみると、アメリカ2部のFresnoFCというクラブらしい。

Honda FCでプレーした栗本広輝選手が移籍したことを受けて、GWに現地まで応援まで行ったのだそうだ。凄い人である(バスの入り待ちをしていたら酷く喜ばれて、ラッキーヤーム!毎試合来て!など言われたらしい。。


——masacoさん!南葛SCの応援ですか?

「両チーム応援で見にきたの。南葛SCのサポーターにはお友達が多いし、東京海上 FCもよいサッカーをしていて、時々だけど、何年も見ているのよ」

——え?!東京海上も見ているんですか?!社員さんでしたっけ?

「違うのよ。東京海上の試合を見た時に、小松聖音選手がいたの。いわゆるモダンサッカーのボランチで、ワンプレーで惹かれちゃった。チームは、彼がリーダーシップを取るようになり、質も向上して、成長が手に取るようにわかったから、面白くなってずっと見ているの。小松選手は早稲田大学ア式サッカー部にいた選手で、今は浜松から通ってるのよ」

——浜松?!

「そう、浜松から毎週練習にも通ってるのよ。もう2年になるんじゃないかな。」

——すごいですね……(なんで知ってるんだろう……)。

「14番の堀田選手も1つか2つ下の早稲田の選手で……(中略)。

——ところで、東京海上が先制点を取ると思わなかったです。強いですね。

「セットプレーは強いのよ。練習日が土日のみで限られてるからセットプレーを重要な得点源と考えてよく練習されているのかも。いつもセットで点を取るのよ」

——なるほど……!貴重な情報をありがとうございました!

というわけでmasacoさんはどこかに旅立っていったので、ハーフタイムの残り時間は2歳の娘と遊んで過ごした。試合中は構ってあげられなくてごめんね。というわけでサッカーボールを取り出して蹴る。こうやって遊んでいても怒られそうにないところはいいところだ。

運命の後半が始まる——。
この後半は、サッカー史に残ることはないだろう。都リーグの小さな小さな一試合であった。しかし、ぼくは永久に語り継ぐべきだと考えた。誰かが残さないと試合結果だけが、どこかの古文書に残るだけになってしまう。

だから、この試合の価値を感じる人間として何とかして書かなければならない。そう思って筆を取った次第だ。


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中村慎太郎 旅とサッカーを紡ぐOWL magazine

作家・Youtuber。偏差値30からの大学受験を経て東京大学文科Ⅱ類(経済系)→文学部に進学(宮沢賢治の生命観)→大学院は理転して農学系(アワビ類の行動生態および繁殖生態の比較)→自主退学しスポーツ系の物書きに。著書『サポーターをめぐる冒険』がサッカー本大賞2015を受賞。

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