抽象的な意味合いにおける鈍行列車と特急に対する自省録


旅において、鈍行と特急、どちらを好むのか?


こう問いかけてみると、何のかんので特急を選ぶ人が多いのではないかと思う。さっさと移動して旅先での時間を増やすほうが、旅としては有意義になることだろう。

人生とは旅である。

人類史が始まって以来、数千、いや数万、場合によっては数千万や億の単位の人が言ってきた言葉であろう。この言葉を最初に言ったのは誰なんだろうかと思い調べてみたが、よくわからなかった。代わりに、中田英寿選手の引退メッセージ「Hide's Mail」が出てきた。そのタイトルこそが——。

人生とは旅であり、旅とは人生である。


ぼく自身は中田英寿に強く影響を受けている自覚はないのだが、旅とサッカーを紡ぐOWL magazineが生まれる文脈に、間違いなく影響は与えていることだろう。

そういえばこの記事にも出てきていた。

日本において、人生=旅=サッカーという定義づけを広めたのは中田英寿なのである。この図式、すなわち人生=旅=サッカーについては、ぼく以外のOWL magazineのメンバーも当然の前提としているように思う。

というところで話を戻す。

鈍行 or 特急?

このコラムは、鈍行と特急をどちらを選ぶのかという問いから始まる、脳に刺激を与える読み物を目指している。

さて、この文章はどこに辿り着くのか。

ユダヤ系の哲学者マルティンブーバーはこのように言っている

All journeys have secret destinations of which the traveler is unaware.

すべての旅には、旅人本人が気づかない隠された目的地がある。

さて、そろそろ出発の時間だ。

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先日『砂の器』という映画を見た。

原作は松本清張で、1974年に映画化。名作中の名作とは聞いていたが、最近初めて見た。

この映画は、旅の映画であった。

とある殺人事件の犯人を捜すために刑事が日本中を旅していく。そして、旅をして捜査をしていく中で見つけるのが、もう一つの旅であった。そして、旅とは人生であり、宿命であるというテーマが提示され、幕が降りる。

何のことだかわからないかもしれない。見ていない方は是非見て欲しい。この映画は、ぼくの求める表現における「理想型」の一つであった。

特に後半部分は絶品で、これまで見たすべての映画の中でも最上級の演出がなされていた。

描かれているものは旅であり、旅の表現のために音楽があった。そしてそれは、映画となった。


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旅の夢をよく見るようになってきた。

四六時中、旅のことを考えているからだろう。といってもぼくは旅人ではない。旅とはしんどくて大変なものなのだ。まだまだ近しいものにはなっていない。気づいたら旅に出ているということもないし、久々にメールしてみたら「ごめんね、今シンガポールなの」と言われることもない(昨日そういうことがあった)。

ただ、旅には飽きることもあるらしい。

最近、OWL magazineで連載している円子文佳氏が「自分は旅に飽きているかもしれない」と呟いていた。そういうこともあるのだろう。

旅には日常とは一線を画した非日常であることが求められる。非日常とは、普段と異なる感覚を得ることなので、原理的に飽きることはない。飽きていないこと、新鮮なことというのが非日常の定義と言える。だから、旅に飽きているとしたら、旅が日常になってしまっているということだ。

もしかしたら非日常は自分の身近にあるかもしれない。料理をする、収納を工夫する、バスケットボールを始めるなどなど。あるいはぼくの代わりにバーの一日店長をしてみるのもいいかもしれない(いつでもどうぞ!)。

非日常的な旅もあれば、日常的な旅もあるだろう。円子氏は旅と出張の違いなどを論じていたが、芸術学的なアプローチから考えると、日常か非日常化を考えることが大切だ。

「「旅」の方があてのないもの、「旅行」は目的があり計画的なもの」

あるいは旅と旅行の違いについても考察している。


次の旅では、ぼくと一緒にジャングルに入って野鳥を探すようなとびきりの非日常を体験するといいのかもしれない。もの凄く退屈かもしれないが。

そういう意味では野鳥観察というのは便利な趣味で、日常の中に非日常が飛び込んでくる。ビルの屋上や河川の周辺で猛禽類を見かけることはよくあるし、自宅のそばでサンコウチョウらしき影を見つけたときはしばらく嬉しかった。

写真はサンコウチョウ。沖縄の宮古島の森の中にいくと結構な数いる。「月ー、日ー、星ー、ホイホイホイ」と鳴く。

大切なことは、非日常を探すこと。今度は一緒に釣りにでもいきましょう。

良き旅を。

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夢の話をしそびれた。

最近眠りが浅いらしくよく夢を見る。大体はどこかに旅をしている。誰かと共に。それが誰であったかは不思議とすぐに忘れてしまう。ただ、必ずもめ事が起きる。ぼくは一生懸命解決しようとするのだが、失敗したり、意地悪な方法を選択したために非難される。そして謝罪する。

そんな夢が多い。

夢占いでは、旅の夢とは未来への希望を表しているのだそうだ。夢に限らず、旅とは未来への希望だと考えてもいいかもしれない。あるいは逃避のための旅というものもあるかもしれない。

そして、夢における旅の途中でのトラブルは、「このままでは希望溢れた未来にはたどり着けない」と無意識に感じていることを指し示しているらしい。

ぼくは今、旅をしている。

OWL magazineと共に。

素晴らしい仲間との愉快な旅だが、確かにうまくいかないことも多い。そして、ぼくが最終的に目指しているものを手にするためには、このまま惰性で進むだけでは駄目だと感じているのだろう。

旅に出たのは間違いない。しかし目的地は定まらない。どこへ辿り着くのか、その結果何を得るのかもよくわからない。そんな状態だ。

もちろん、OWL magazineが悪いというわけではなくて、問題は自分のありようだ。もっともっと大活躍をしなければならない。一騎当千、天下無双の活躍をして、一人で未来を切り開いていく必要がある。

しかし、色々あってなかなかそこまでアクセルを踏めずにいる。ぼくが一人で無双の活躍が出来ないでいるせいで、少し歩みは遅くなった。その代わりに、他の書き手がメキメキと力を付けてフォローしてくれるようになった。だから、こういうふんわりエッセイを書く余裕も生まれている。

ぼくは鈍行列車に乗っている。そして今は、鈍行列車に乗っていくしかない。歯がゆさはあるが、その楽しさもある。

この電車はどこへ到着するだろうか。

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ロシアワールドカップにいった仲間は口々に言っていた。モスクワからスタジアムまでが遠すぎる、と。しかも夜行列車の類に乗る必要があり、その道中が大変だったと言う。

と、同時に、その電車の中で色々な人と楽しく喋った思い出についても嬉しそうに語っていた。

鈍行列車は誰かと話しをして邂逅するためにはちょうどいい場所なのだ。


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中村慎太郎 旅とサッカーを紡ぐOWL magazine

作家・Youtuber。偏差値30からの大学受験を経て東京大学文科Ⅱ類(経済系)→文学部に進学(宮沢賢治の生命観)→大学院は理転して農学系(アワビ類の行動生態および繁殖生態の比較)→自主退学しスポーツ系の物書きに。著書『サポーターをめぐる冒険』がサッカー本大賞2015を受賞。

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