子供とゲームの話

土曜日は一日ハトトカの収録をしていたのだが、日曜日は家族で過ごす日だった。といっても、アクティブにどこかへいくための気力・体力・財政力が残っていなかった上、かなり寒い日だったので家の中でダラダラと過ごしていた。

それによって子供の満足度が低かったかというとそうでもないかなと思っている。平日はなかなか出来ないゲームアプリを心底堪能としたし、ゲーマーのパパが新しい刺激的なゲームをみつけてきてあげたし、何時間かは横にいて、タブレットを奪い合うように一緒にプレーしていた。

世の中にはゲーム=悪とか、タブレット=悪というような育児観の親御さんもいるわけだけど、それはもう自由にしたらいいと思う。

ただし、頭のいい人はゲームがうまいという傾向はある。


もちろん、ゲームをしているからといって頭がいいわけではない。しかしながらゲームをしたからと言って頭が悪くなるという根拠はない。いや、そういう論陣は確かにかつて存在していた。ゲーム脳になるとか、ファミコンをしていると駄目な大人になるとか、そういった根拠のない論説だ。

ゲームは時間の浪費だという説もある。となると、テレビのゴシップやエンタメ、映画、スポーツ鑑賞、読書ですら時間の浪費ということにもなる。

映画は良くてゲームが駄目だと言い切れる積極的な根拠はない。良いゲームもあれば、悪い映画もあるし、その逆もしかりなのである。

我が家の子供はゲームをプレーするのが、あまりくだらないゲームに熱中することは出来ない。ただ、ゲームの新鮮さに興奮し、次第に慣れていく中で、段々と惰性でプレーするようになることもある。そういう時にばっさり切ってあげるのが父の仕事なのかなと思う。

ゲームに飽きているのに習慣と中毒性でプレーしている時に、「公園行こうか」と声を掛けると大喜びするのだ。逆にゲームがしたくてしょうがないときは公園にも行かない。

子供にとってゲームをプレーし、知識があることは悪いことではない。ゲームの話で盛り上がることを通じて、数多くの仲間を得ることが出来るだろう。最近は共同でプレーするものも多いため、チームワークも学べるはずだ。ゲームをするなと親に禁止され、ゲームの能力が伸ばせなかった子供はちょっと悲惨なことになって、話題にも入れず、何とか入れてもらったとしても上手にプレーすることは出来ないため、自己肯定感が下がってしまう。

逆に上手にプレーすることができれば、仲間の中ではヒーローになることが出来る。

そして、ゲームとは蓄積である。

様々な形式のゲームをプレーし、ゲームとは何たるやという構造的な理解を得ることで、ゲームの腕前は上がっていく。

それは熟練の釣り師がはじめての釣り場であっても適切な仕掛けを用意できるのと同じようなものだ。ぼくは、子供とよーいどんで同じゲームを始めた場合何倍もの速度で先に進むことが出来る。

例えば「にゃんこ大戦争」の場合、息子はまだ日本編2なのだが、ぼくは日本編1〜3を終えて、世界編2へと突入している。

「効率よく経験値を貯める育成ゲー」という構造を見抜いているため、経験値効率を良くすることを最優先にしているため、圧倒的に強いのだ。

子供にとってはゲームの上手なパパ。困った時はパパのところに持っていけば解決してあげられる。

「パパー!!クマと戦うから見てて!!」

タブレットを持ってくる。パパは助言する。

「タンクネコを展開するんだ。そう、もっと!タンクネコ!!そうだ、いけネコダラボッチとバーベルネコだ!!」

パパに言われながらも次々と各種のネコを展開し、息子はついに宿敵のパオーン(象の敵)を倒すことに成功したのだ。

「やったー!!!勝ったーーー!!! パパのおかげで勝てたよ、本当にありがとう!!!」

なかなかありがとうとかごめんなさいが言えない5才児が、趣味の領域では率直な感謝の言葉を言うことが出来た。

このコミュニケーションはゲーム以外では出来なかったことだろう。息子にとってゲームは一番楽しくて、一番真剣な場なのだ。

そして、パパはそこにいる。

街を歩く時、電車の中、ゲームをしていなくてもゲームの話で盛り上がることが出来る。ネコドラゴンとネコダラボッチのどっちが強いのかとか、黒いカンガルーをどうやって倒せばいいのか、とか。子供にとっては楽しくてしょうがないことだろう。

そして、お風呂の中や、布団の上でも、にゃんこ大戦争ごっこが始まる。

「パパはレロレロカバやってね、ぼくはネコダラボッチやるから」


確かにゲームは時間の浪費で、ぼくもあまりプレーしなくなってきているのだが、子供と一緒のものをプレーするようにしたら、趣味と育児を兼ねられるなと考えて、パパはにやりとほくそ笑む。

ゲームは教育に悪いとか言う風潮がよくわからないけど、頭のいい人はゲームがうまいことが多い。そして、ゲームを通じて、ある種の知的トレーニングは出来る。

ただ、このゲームはあかんなというものも確かにあるので、それを見抜くのもゲーマーとしてのパパの仕事なのである。

というわけで、子供と一日楽しくゲームをしてました、という話でした。



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中村慎太郎

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