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大会中止は「みんなでがっかり」しよう - 興行中止保険とスポーツイベント

2019年19個めの台風が3連休初日に襲来。スポーツイベントなどの中止でSNS上に悲鳴が響きわたる。世の中的にはラグビーW杯がでかい。「イングランドがフランスをたたきのめすところをどうしても見たい」と4年貯金して来日したイングランド人さん可哀想(追記:ツイッターで見つけてコメント交換、結局楽しんで帰国されててよかった!笑)

参加型スポーツイベントでは、日本海最大級の新潟マラソン、トレイル伝統のハセツネ、広島や千葉のトライアスロン、等々中止。八ヶ岳のKOUMI100マイルは実施の方向とアナウンスされたけど結局中止に。

こうした天候要因の中止の際、事前に支払ったおカネは、試合観戦や音楽ライブなど「観客型イベント」ならば返金されるのが多く、「参加型スポーツイベント」では返金されないケースが多い。このnoteでは、経済学部出身者(※遠い昔)としておカネ目線で状況整理してみよう。

結論を先に書くと:

・ 損害保険を使えば、中止で返金する仕組みはできるけど
・ 平均的には、参加者が少し損するよ
・ わかった上で保険使うメリットもあるよ
・ 大会サイドは、どっちにしろ、説明するといいよ

それら客観的状況を踏まえて、僕が好きな考え方は、「中止は、関係者みんなで一緒にがっかりしよう」ということ。中止では、大会運営者も参加者も地元も、いろんな人達が、経済的にも精神的にもダメージをうける。このトータルなコストを参加者含めた全関係者で負担しよう=だから返金も基本しなくていい、という立場。

基本に対する例外は、興行中止保険でカバーする方法。
どっちがいいかは、純粋に、どっちが好きか、という話だと思う。

(2020.9更新、6,000字)

興行中止保険とは

当時、「主催者が興行中止保険で二重取りするのでは?」という話がSNSをかけめぐったが、実際二重取りすると保険金詐欺レベルかと思われ、まあつまりは、大会コストを透明化してよ、とみんな思ってたということだろう。

では、興行中止保険とはなにか、損害保険会社出身の方が教えてくれた。東京海上日動のサイトでは、このように「中止なのに払った費用」から「他人から回収した金額」を引いた分が対象。

スクリーンショット 2019-10-14 17.09.35

ということは、受け取った参加費は、この(カッコ)右側の「他人から回収した金額」にあたるはずで、そもそも保険料は支払われず、二重取りということは起きない

ただ当日支払いのカジュアルな大会の場合、中止時点で「他人から回収した金額」が無いので、準備費用を保険対象にできる。これは花火大会の中止と似てる。

逆にいえば、参加費を返金しないのなら、興行中止保険に入る意味がないし、おそらく保険契約としても成立しない。

興行中止保険の保険料

一例が三井住友海上のサイトに載っており、保険支払が千万円規模ならざっくり1割の保険料

・ お祭り: 支払限度1,000万円/支払割合90%/保険料95万円
・ 花火大会: 支払限度500万円/支払割合90%/保険料80万円

国際テニス大会2日間では、支払4824万円/保険料245万円=5%相当 ↓

(ラグビーW杯は2試合中止で損失20億円、チケット販売総額350億円、と巨大契約なので保険料率もっと低そう=総額では億はいくだろう)

実際の開催コストは、例えば参加者1,700名の宮古島トライアスロンが総コスト1.2億円 ↓

この予算規模なら保険料率はいくらか安くなりそうだけど、総額では1,000万円に迫るくらいはいきそうな気がする。

保険料は中止確率による

では現実、どれくらい中止になっているか?と確率を考えていくと、結論として、保険は損、というのがミクロ経済的な説明になる

僕個人では、2010年からざっと数えて44の申込大会(みおとしあるかも)のうち、2011年6月の渡良瀬、同9月の伊良湖が完全中止で、2/44=中止率4.5%だ。伊良湖トライアスロンでは、過去33年のうち2011年に1度だけ台風で中止(冒頭の写真はその前日ランコースから撮影)、その3%が大当たりした。宮古島トライアスロンは過去35年間でゼロだよね?(スイムだけ中止のデュアスロンが2度)。

実施時期と場所によるけど、総じて中止確率は5%以下といえるのではないかな?

仮に保険料が総コストの5%なら、保険かける側にとってはバランスが取れるけど、それでは保険会社は赤字なので、今の状況=10%の保険料をもらい支払が5%以下くらい=にしておく必要がある。つまり経済合理性だけでいえば保険は損。

それでも保険というビジネスが成立しているのは、耐えられない大きさのリスクが存在するからだ。

この点では、株式会社という仕組みと同じく、資本主義経済の骨組みの1つといえる。株式会社の元祖、東インド会社は、失敗時に「株主全員でがっかりする仕組み」の導入により、国王(ないかあったら税金を領民から取れば解決)以外の民間人が高リスクな大洋貿易に乗り出すことができた。その経験値が増えるに従い、失敗確率が数値ができるようになって、船や積荷に保険をかける、というリスク細分化が進んだ。これら仕組みなくしてフロンティア拡大(=植民地拡大)による経済成長は随分遅れていたことだろう。

戦後ニッポンに広まった生命保険のおかげで、一家の大黒柱のお父さんが亡くなった後でもムスメを売りに出さずに(昭和初期の日本マジこれで戦争に突入してったからね!)家族が生活してゆけるのも、その一例。

行動心理学からの説明

参加者個人にとって、ハセツネ参加料15,000円が戻らないことは、「耐えられないリスク」というほどでもない。そこで「行動経済学」が登場する。

人間心理では普通、「得するよりは、損を回避したい」と感じる小さい得ができるチャンスをたくさん逃すとしても、大きな損はしたくない。野生動物なら、エサを一度のがしても死なないが、一度死んだらオシマイなので、合理性はあるのだが、確率計算的には不利であってもそう感じがちだ。つまりは感情の問題。

スポーツ自体が、経済合理ではなく感情によって動機づけられたものだから、こっちに従うのも、これはこれで自然な話だ。

なんなら「中止時返金つきの申込」というオプションを設定してしまえばいい。それ用の保険料だけ上乗せして。これで誰の不満も解消できるだろう。どれくらい選ばれるか見てみたいものだ。

「見るイベント」か、「参加型」か

返金されるかどうかは、イベントの成立過程にも影響されていると思う。先にまとめると、(※傾向として)

・見るイベント: 興行としてお客さんを集める
・参加型イベント: 共同体として一緒にイベントを創る 

観戦型のイベントは、つまりは「興行」であり、プロモーターによる投資ビジネスであり、リスクを負って、娯楽提供を(事実上)請け負っている。お客さんはあくまでも観戦というサービス提供をおカネで買っているお客さんだ。この関係性から、保険に入ってでも返金保証をする、という慣行になっていると思う。

一方で、参加型のスポーツ大会では、もともと、愛好者同士による共同運営から始まっているものが多いだろう。そこで、相互扶助で、リスクを全関係者で共同に負う、というスタイルが多いよう思う。

そこで中止の際には、「参加者は走れなくて残念だけど、実施者も実施できなくてもっと残念、残念どうし同じだよね!」という仲間意識のようなものが底にあるように思う。こちらツイート ↓ の通り、まさに「がっかり」の共有!

一方で、リスク負担の仕組みは、こう。

・ 保険で返金: リスクを保険会社が負担
・ 返金しない: 関係者みんなで一緒にリスク負担

「関係者みんな」とは、大会主催者・参加者・地元(←ここも大事!)、全てだ。

災害で中止になる場合、会場の地域がなにかしら傷んでいることも多く、残額があるなら、その復興資金に充てたほうが「みんなで一緒にがっかり」の趣旨に合う気もする。がっかり、とは単なる落胆ではなく、未来に向けたスタートでもあるから。

また「保険会社負担」とはつまりは資本家が負担する仕組みであり、結果的には貧富差を拡大する仕組みともいえる。

参加型でも返金するメリットとは

逆にいえば、参加型であっても、仲間意識のようなものがない、一方的なエンターテイメント提供、という関係性なら、返金システムに馴染むだろう。

あるいは、立ち上げまもなくてブランド力が弱く、お客さん(=参加者)との信頼関係もできていないイベントでも、経営判断としてアリだと思う。

参加者の視点からみれば、初心者ほど中止がキツいだろうとも思う。心理的には、「耐えられない大きさのリスク」に似ているかもしれない。この層を大事にしたいから返金制度、という狙いもアリだろう。

観るタイプのイベント(ライブとか)で返金するのは、この「心理的に耐えられない」という要素を、主催者が考慮しているともいえる。(=資本家が商売に利用している、ともいえる笑)

大事なのは説明

以上のように、する理由しない理由それぞれあり、どっちが良いというわけではない。主催者は好きに決めればいいし、参加者は好きに選べばいい。

大事なのは、はっきり説明することだ。

多くの大会では返金しない規定だと思う。その場合でも、「収入、準備での事前支出、残額」などを公開し、その残額をどのように使うのかも、方針を伝えるだけで、印象は大きく変わるはずだ。もしも保険に入っていて、かつ返金しないなら、保険によりカバーされる範囲がどれだけかも。

透明感、公平感があれば、みんな納得するだろうし、だったら何の問題もないはずだから。岩本さんの主張も、要はそういうことだろう。

コミュニケーション不足だと「がっかりの強制」になってしまう。笑

僕の経験

僕の最初の中止は、試合数ヒトケタの2年目で、慣れてないし、ちょっとショックあった。電車で2時間くらい?かけて渡良瀬まででかけて、2万円パーかよ!と。。ただ会場で、

「これもトライアスロンだ! 運営に感謝しよう!」

みたいな声を聞いて、ああそうだよな、という気持ちになった。その後、何十レースと出ていると、こんなこともある、これも含めてレース、という感覚が普通にうまれてきた。

また中止2連発の後は、開催される事自体に、スタートできること自体に、感謝する気持ちも生まれてきた。

上記の宮古島大会の例では、総コスト1.2億円のうちで参加者の出場料は5割台で、残りは各種の補填による。その他にもお金にならない現地からのいろいろな支援があり、参加させていただいている、という感が強い。また旅費は同額以上にかかるのが普通なので、仮に参加費が全額戻ったところで一部分にすぎない。そのカバーに割高なコストかけられるより、シンプルにいってくれた方が好みだ。

でももう一度繰り返すが、どっちが良いというわけではない。主催者は好きに決めればいいし、参加者は好きに選べばいい。そして、自分で決めたことに対して、堂々としていればいい。

結局、納得度の問題なのだから、「みんなでがっかり」すれば、解決するのだ。少なくとも、みんなの心の中では。

「東京がひとつになる日」、それが「がっかりした気持ち」においてであっても、たしかに「ひとつ」になれるのだ。

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2020/2/17 東京マラソン2020一般部門中止を受けて追記: 残念なことになってしまいましたが、マラソンを走ると免疫低下する。大会以外のとこで感染しても、発症→重症化…というリスクを高めてしまう。4万人分も。仮に大会内の感染の完全封じ込めが実現したとしても、やはりリスクは上がる。感染防止に加えて、感染時の抵抗力を高める努力も大事だ。前を向いていこう。

東京マラソン2020、戻らない参加費は「投資」ととらえよう  ↓ 

2020.3追記:2020宮古島トライアスロンが全額返金したのは、これはもう30年以上の信頼関係の一部。(その後のインバウンド観光の停止まで考えれば、参加者側がリスク負担したほうがよいような気もしなくもないけど、これが宮古島の心意気)

中止確率が計算できないと保険設定できない

2021年3月予定の名古屋ウィメンズマラソンはこの応用問題。(2020.9追記)
中止時の参加費返金が、理由によって変わり、

・台風火事地震系: 全額返金
・明記されてない理由: 返金なし
・コロナ中止特例: 5,000円返金+オンライン開催

この差は、興行中止保険を使っていると推測すれば合理的だ。

規約

⑫積雪、大雨による増水、強風による建物等の損壊の発生、落雷や竜巻、コース周辺の建物から火災発生等によりコースが通行不能になった結果の中止の場合、日本国内における地震による中止の場合

とは、保険会社が発生確率を過去データをもとに計算できる状況から、中止保険を設定可能だ。ただしコロナ中止だけ別枠。

政府・自治体により緊急事態宣言が発令されている場合や、イベント開催が制限されている場合など、感染状況によっては通常開催できない可能性があります。その場合は代替大会としてオンラインマラソンを実施します。この場合、参加料の一部につきクオカード5,000円分を送付する方法で返金し、次回大会の出走権(参加料は別途必要)を付与します。

コロナがどうなるかは、過去データと統計で予測することができず、保険料を設定できない。※戦争や噴火のケースも予測不能なので保険対象外。保険ぬきに返金規定をつけると、主催者にとっては完全なギャンブルになる。

ただ、参加者にとっては、同じ中止で、コロナの場合だけ返金されない、となってしまう。しかも倍に値上げして2.7万円になった参加料だ。参加者ダメージがでかい。

そこで、「5000円だけ返金+オンライン開催」、という新種の保険のようなものを追加した、と言えるかもだ。主催者にとって2.2万円は確保できるわけで。

なおコロナ中止の場合でも、少人数のエリート部門だけは開催する可能性はかなり高いだろう。TOKYO2021の予行演習としても(とくに無観客開催シナリオへの備えとして)必要だから。すると、リアルではエリート選手が走り、そこになんらか映像技術を絡めてオンライン参加できる技術的な可能性だってありうるかな? だと、単なるZwiftレースとは違う価値もでてくるかもだ。

・・・

ルフレッド・アドラー先生の「共同体感覚」が、こんなときの指針になると思う。みんなで一緒にがっかりしてから、また創り上げていこう、みんなで一緒に。


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