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民主主義は本当に正義か 〜香港デモから考える〜

本記事では、自由民主主義に対して敢えて懐疑的な見方を提供する。
しかし、筆者は決して反自由主義・反民主主義ではないし、社会主義・共産主義を礼賛するつもりもない。
ここではあくまでも、「民主化なくして安定なし」と言われつづけた中国がなぜ発展を遂げることが出来たのか。この謎を紐解くため、中国式資本主義(社会主義)の上手く作用してきた点に着目し、自由民主主義国家にはない社会主義市場経済の利点を強調することになる。

香港をとりまく政治的環境

香港は、1997年に英国植民地から中華人民共和国に返還された特別行政区である。中国共産党の支配下におかれることへの市民の反対や、資本主義経済を用いて発展してきた香港経済を背景に、返還後50年間は自治権を有し、中国本土とは一線を画した自由民主主義・資本主義経済による統治が保証されている。
今回香港で行われているデモは、返還からわずか22年で香港の自治が失われつつあることに対する市民の怒りが原動力である。具体的には、香港域内で逮捕された容疑者を中国政府の求めに応じて中国本土に引き渡すことを可能にする「逃亡犯条例」に対する抗議だ。
香港には中国本土の公安警察とは異なる香港独自の警察組織が設置されており、逮捕された者も英国式コモンローに準拠した香港基本法に基づいて、香港司法の裁きを受けることが出来る。今般の「逃亡犯条例」が可決されれば、中国政府に批判的態度をとる香港市民が香港警察によって拘束され、中国本土に引き渡されてしまうのではないか、との強い懸念がなされているのである。
香港人にとってみれば、返還後50年間は約束されていたはずの自由が早くも骨抜きにされることに反発しているわけだが、中国国内では香港デモについて知らないか、知っていても冷ややかな反応を示す人が多いそうだ。
実は、中国人の多くは六四天安門事件についても米国のスパイによる動乱だと考えている人が多く、民主化運動に対する関心が低いように思える。
もちろん、中国政府による情報統制の結果として民主主義の普遍的価値観を学ぶ土壌がないことは大きな要因ではあるだろうが、果たしてなぜ中国国民は香港人と同じように自由や民主を望まないのだろうか。情報統制のもつ効果以外に、もっと根本的な原因があるという前提にたって考察を進める。

我々の信奉する自由民主主義について

「民主主義は政治の根幹だ」
「基本的人権は全人類に与えられた権利である」
我々日本人は義務教育でこれらの価値観を当然のように教えこまれ、大人になった今も信じて疑わない。これはアメリカ、イギリスをはじめとする全ての欧米先進国でも同様で、この思想に疑義を投げればたちまち非難される。
しかし、民主主義を標榜するこれらの国々は本当に安定しているだろうか。そこに住む人々は幸せだろうか。

アメリカでは大統領選挙の結果、移民排斥や保護貿易推進を訴えるリーダーが誕生し、政治は大いに混乱している。
イギリスでは国民投票によってEU離脱が採択されたが、その後のメイ首相による離脱交渉は混迷を極め、離脱の道筋が立たないまま彼女は退陣に追い込まれた。
ドイツでもEUを長らく統率してきたメルケル首相は支持を落とし、国内政治でリーダーシップを発揮できる状態にはない。
これまで民主主義の価値観を守り西側のイデオロギーを引っ張ってきた欧米先進国が軒並み混乱に陥る現状をみて、あなたは本当に「自由民主政が最善の政治体制である」などと言えるだろうか。国民が選挙権を有し、直接あるいは間接選挙によって一国の統治者を選ぶことは果たして正義なのだろうか。

急成長を遂げた中国という"非民主国家"

多くの西側先進国がポピュリズムをはじめとする民主主義の弊害によって混迷を深めるなか、民主主義という道具を使わずに世界2位の経済大国にのし上がった国がある。
中国が経済成長を遂げることが出来た原因は、13億という人口、安価な労働力など数多くあるが、政治的な要因としては以下の2点が経済発展に大きく寄与したと考えられる。

1. 任期の長い(ない)国家元首
2. 社会主義市場経済

1. 任期の長い(ない)国家元首
中国の歴代国家元首のほとんどは長期政権を築いてきた。
初代の毛沢東は、途中で失墜期を経ながらも1949年〜1976年の30年弱にわたり最高指導者であった。
2代目の鄧小平は現在の中国経済につながる改革開放を推し進めた人物だが、1978年〜1989年の約10年にわたり中国の政治経済を統率した。
現在の習近平もすでに5年以上中国共産党のトップに立っているが、自らの任期を撤廃したことで今後の長期政権化が確実視されている。
指導者が長く実権を握るということは一見悪いことのように思われるかもしれないが、良い点が多くある。
指導者は実現に10年以上要する大きな政策に腰を据えて取り組むことが出来る。例えば中国は、南沙諸島(スプラトリー諸島)の実効支配に向けて淡々と軍備増強を行い、ASEAN諸国の足並みを乱し、現在では現地の島々に次々と海軍基地を建設している。たまに米海軍が航行の自由作戦を展開する以外は誰にも邪魔されずに実効支配を進めているのである。このような長期的な戦略実行は、4年おきに指導者が変わるような西側の政治体制では難しい。
2. 社会主義市場経済
これまで社会主義と資本主義が共存することはなかった。社会主義といえば共産主義とセットになっていた。しかし政治面では社会主義を貫いたまま、経済面では資本主義を導入し成功を収めたのが中国である。
社会主義を採用している中国の国民には日本のような投票権をはじめとする自由は保証されていない。しかし中国共産党による一党独裁は政治的安定を確保し、前述のような長期的視点にたった政治運営を実現している。
一方、共産主義経済を採らずに資本主義を採用することで企業の自由競争を促進し、アリババ(阿里巴巴)やファーウェイ(華為)などの世界的大企業が誕生した。今や中国企業は世界の時価総額ランキングでも上位を占めている。

目的を考えたら政治のあり方が見えてくる

ここで民主主義の妥当性について立ち返ってみる。
そもそも政治の目的とはなにか。著名哲学者の言葉を引用してみる。

ロック「統治の目的は人類の善福にある。」ベンサム「 統治の正当な目的は…すべての個人の最大幸福である。」

すなわち、政治とは国民の幸福を実現するためのプロセスである。
今回の香港の問題に戻ってみると、中国本土と香港の幸福度は近年以下のようになっている。

【各国幸福度の増加率 2005-2008 →2015-2017】39位中国本土 +0.426p66位香港 +0.100p(World Happiness Report2019:https://worldhappiness.report/ed/2019/)

上記の幸福度調査をみると、中国本土は近年の急速な経済発展によって幸福度が上昇しているのに対し、香港の幸福度は微増しているもののほぼ横ばいである。
政治を幸福の実現だと定義すれば、基本的人権の保証されている香港より中国の方が優れた政治制度を有してるということもできる。現に中国人は、安定した政治と経済成長の大きな果実を受け取っているからこそ、基本的人権が保証されていない政治制度であっても納得し支持し続けているのだろう。

中国では言論の自由や報道の自由が認められていない。しかし、市民が朝起きて、仕事に行き、帰宅して寝床につく、というごく普通の生活を営む限り、それらの自由が制限されていることは大きな問題にはならない。もしあなたがジャーナリストになろうと思ったなら、言論の自由は重要な問題だろうが、言論を仕事にしない職業であれば言論が保証されているかは問題ではない。
中国経済は未だに他の先進国を凌ぐ割合で成長をつづけている。西側諸国からみれば「自由の制限された窮屈な社会」に見える中国も、普通に生活をして成長の果実を受け取っている限りは普通の幸せな社会なのである。

数年後、あるいは数十年後に中国の経済発展が止まった時が中国式資本主義の分岐点になることは間違いない。
しかし、現時点で中国を窮屈な社会だと断じ、我々の民主主義が中国式社会主義より優れていると安易に決めつけることは、中国に対する間違った理解に繋がるだろう。




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