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【怪の蔵】一の蔵~見たことのない微笑み

ありふれた日常の怪を収めた蔵の扉を
ひとつひとつ
開け放して覗いてみようではないか

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一の蔵~見たことのない微笑み
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ある朝夢をみた
その夢の中で
自分は自分の部屋のベッドの上で
布団と毛布を掛けて眠っており

その時刻も現実と同じく
朝の4時か5時頃であった

夢の中の自分は
ふと目を覚ましてドアの方を見た

すると
女友達がニコニコと微笑みながら
ドアを開けて入って来るところだった

その女友達は
幼い少女の時代から憧れと羨望を伴う
他と比べられぬ深い友情を感じ得ずにはいられぬ
どこか神秘性を持つ女性であった

そして、その女友達を想う時
自分の中から美しく穏やかな音楽が生まれ
それを書き留める事もしばしばであった

そんな愛おしさを向けていた女友達が
こんな夜も明け切らぬ朝早くに
自分の部屋のドアを開けて入って来ることに
自分は少しの疑問も抱かずに声をかけた

「どうしたの?こんなに朝早く」

しかし彼女は微笑んでいるだけ

「眠いでしょ?一緒に眠ろうよ」

…すると彼女はベッドの中に入って来て
自分の右隣に横になった

…その時、彼女が掛け直した布団と
毛布の綿のような匂いが心地良く香った

だが彼女は眠ろうとしない
真上を向いて目を開けている様子だ

そんな彼女に自分は

「どうしたの?眠れないの?まだ朝早いんだから眠いでしょ?眠ろうよ」と、畳み掛けるように言った

すると彼女はこちらを向いて

「うん……でもまだ行くところがあるの…」

と、いつもの静かな口調で
少し口をすぼめたように話す癖のまま、答えた

自分は少し残念に思い

「えー、すっぽかしちゃえば?」

と彼女に言ったが、彼女は

「…んー、そうもいかないの……」

と、穏やかに答えた

夢はそこで終わったのだが、一週間ほど経ってから、中学時代にクラス委員をしていた友人が神妙な顔をしてやって来て、夢に出て来た彼女が

実は一ヶ月ほど前に
自死にて亡くなっていた事を教えてくれた

その友人と彼女は家族同士に行き来があり、友人はその事実を知ってはいたが、自分にはなかなか伝えられなかったと「ごめんなさいね…」と所在なさげに言った

その後、何十年もの長きに渡り彼女を失った悲哀は続く事になったが、今ではふと彼女を想う時、ふわりと隣に彼女が舞い降りて来る温かな気配と、心が繋がっている温かさを感じられるようになった

いずれにしても、あの朝
彼女の魂が自分に挨拶をしに来たように思う

彼女の死を知っていたのなら自己暗示とも分析出来るが、自分は全くその事実を知らなかったのだから…

しかし、
あのニコニコ笑顔は今でも不思議である

生きていた時にはほとんど見せなかった
心から安堵したような
明るく楽しげな微笑みだったのだから…


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最後まで読んで戴きまして感謝申し上げます。心の中のひとつひとつの宝箱、その詰め合わせのようなページにしたいと思っておりますです。