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大企業がアクセラレーターと共創スペースを持つ意味――住友商事 志津由彦インタビュー

HAX Tokyoのメンバーに新たに志津由彦(しづよしひこ)が加わりました。志津は住友商事 デジタル戦略推進部でHAX Tokyo責任者、住友商事が運営する会員制オープンイノベーションラボ「MIRAI LAB PALETTE」ラボ長、新事業投資第二ユニットでオープンイノベーション・リードを兼任しており、事業開発やスタートアップ連携、シーズ投資を担います。

これまでにCVCとしてベンチャー投資やファンド運営を経て、約10年に渡って海外での事業立ち上げや運営を経験。その幅広いキャリアや今後の抱負についてインタビューしました。(取材・文:越智岳人)


ITスタートアップ黎明期の投資業務を経て、10年間海外駐在

――まず、志津さんのこれまでのキャリアについて教えてください。

大学院で物理学及び応用物理学の修士課程を修了した後、1999年に住友商事に入社しました。専攻は光コンピューティング分野でしたが、当時はインターネットや携帯電話が普及し始め、また同時にロケットサイエンティストと呼ばれる物理学者による金融工学の発展もあり、情報技術分野や投資の分野にも関心を持つようになりました。

就職活動をしていく中で、研究者の道よりも様々な最先端の技術に関われる方が自分の性格として向いていると感じ、インターネットやファイナンスに関われる仕事がしたくて商社を選びました。

入社後は財務部門でデリバティブやディーリング、資産証券化業務を経て、ファンド組成やスタートアップへの投資業務を担当する部門に異動しました。当時は日経新聞で「VC」や「ファンド」、「プライベートエクイティ」という言葉が出始めた頃です。2000年は日本のITベンチャーの先駆けであったサイバーエージェントが3月、オン・ザ・エッヂ(後のライブドア)が4月に東証マザーズ(当時)に上場した後、株価下落によりネットバブル崩壊と呼ばれた時期とも重なりました。

ITベンチャーを取り巻く資本市場の見方は厳しかった時期が続いたものの、インターネット業界の発展と成長性を信じ、投資機会も多くあると感じた私は、積極的に渋谷や恵比寿、六本木にあるスタートアップのオフィスを訪ね歩くようになります。当初の投資先はアイスタイルやガイアックスで、住友商事との事業協業サポートをしながら上場までの経験をしました。その後もアライドアーキテクツ、モブキャスト、マイネット、セレス、ユナイテッドなど最終的には10数社の投資案件を直接担当し、多くは創業期から投資を実行し、事業成長支援から上場や買収によるEXITまで非常に多くのことを経験できました。

また、当時は他にもバイオ分野や消費者関連分野の特化型ファンド運営にも関わり、サンバイオ、アニコム、エアトリなどへの投資を実施しています。スタートアップの経営者とは上場後であってもコミュニケーションは継続し、また投資に繋がらなくても協業機会を探るなどのお付き合いを心がけています。このような経験を通じて、経営者や投資家の方々など、当時のベンチャー業界の方々に育てて頂いたという感謝が大きいです。

そのままスタートアップ投資を継続する選択肢もありましたが、今後のキャリアを考えた際に、自身が事業を行う側に回りたい、海外の現場で事業を経験したい、と言うことを当時の上司に伝えていました。その結果、海外通信事業部隊に異動することになり、2014年から約10年間に渡ってマレーシア、ミャンマー、エチオピアの3か国での海外駐在を経験することになりました。

マレーシア時代の一枚

マレーシアではFinTech/MVNOのスタートアップ、ミャンマーではKDDIとの携帯事業会社、エチオピアではケニアのSafaricomなどVodafoneグループとの通信事業会社にそれぞれ出向し、事業計画や業績分析、資本政策など主に経営戦略やファイナンス業務を現場で経験しました。

特にアフリカではリープフロッグと言われる急速な技術発展の中での事業立上げと言う難しくも非常に貴重な機会を得ることができました。そして2023年末に日本に戻り、2024年からHAX TokyoとMIRAI LAB PALETTEの運営を担当しています。

エチオピア駐在時代

投資対象の有無に関係なく、コンタクトできる利点

――志津さんがスタートアップ投資をしていた2000年代~2010年代前半にはHAX Tokyoのようなアクセラレーションプログラムや、MIRAI LAB PALETTEのような共創スペースを持つ大企業はほとんど存在しなかったと思います。当時と比べてみて、これらの機能を大企業が持つメリットをどのように捉えていますか?

まず大前提としてスタートアップが資金調達を行うタイミングと、大企業が事業開発を進めるタイミングが必ずしも一致しないことがあると感じています。「投資先としては魅力的だけど、事業提携に至るには時期尚早」というケースもあれば、「事業提携を進めているけど、資金調達のタイミングではない」といったケースも過去に経験しました。大企業側の戦略実行がスタートアップのスピード感に追いついていないことも多くあると思います。

また違った観点で、投資先企業でも上場準備が進むとセキュリティ強化の必要性が出てくるため、創業期のようにいつでも気軽に訪問してディスカッションできるような機会が減ってしまうことに違和感を感じていました。

そういったギャップを埋めるのにアクセラレーションプログラムや共創スペースは効果的に機能していると思います。投資の有無にこだわらずスタートアップとの接点を持ち続けることは、事業開発や投資のプロセスを円滑に進められる利点もあります。仮に足下では連携が見えないスタートアップだったとしても、実際に顔を合わせて雑談するうちに「そういえば、こういう人を会わせたかった」「こういう課題があった」といったような偶発的なアイデアが生まれる可能性も期待しています。 

HAX TokyoやMIRAI LAB PALETTEを立ち上げた2019年から現在までの5年間は、試行錯誤しながらも、このような新しい取組みを多くの方にPRするフェーズだったと思います。もちろんPoCや事業提携などの協業や、出資まで至っているものもありますが、新型コロナの影響で当初の思惑通りまでには進まなかった部分もあるかもしれません。

今後はスタートアップやVCは勿論、大学などの研究機関や地方自治体、大企業の新規事業部門と、住友商事の各事業部を繋げることを仕組化し、新しい価値を具体的に創出していく段階を迎えており、経営層からもそう期待されています。

投資の有無に関係なくスタートアップや社外の方々と接点が持てるコミュニティをベースに、優良なスタートアップと住友商事内の各事業部をタイムリーに繋いで事業開発を進めること、それに最適なタイミングでの出資。この2つのステップを通じて双方にとって理想的な関係を構築しながら、オープンイノベーションを更に加速させていきたいと考えています。

10年前と現在のスタートアップシーンの違い

――10年前と比較して、スタートアップにも変化を感じる点はありますか?

私は当時、大企業を経て起業される経営者を主に注目していましたが、今は学生の頃からスタートアップを志す起業家も珍しくありませんし、起業経験者が再度起業するシリアルアントレプレナーや、起業家が投資側に回ってスタートアップをサポートすることも増えましたよね。それに併せて起業家側の経営リテラシーも非常に高くなっていますし、事業や技術に対する知識だけでなく、ファイナンスの知識や資本政策に対する理解も上がり、VC側と対等に会話できる健全な状況になっていると感じます。更には税制改正など国の対応も市場拡大の大きな追い風となっています。

また、事業内容も10年前は技術変革の波に乗って、ソーシャルメディア、スマホアプリ関連やSaaS分野で新たな付加価値を提供するようなスタートアップが台頭し始めた時期でした。ところが高い成長性期待や収益性を維持できず、上場後の企業評価額が伸び悩む企業があるなど課題感も残ります。現在でも、未上場時の資金調達が順調でも、上場後に市場から十分な評価が得られずに結局スモールIPOに留まってしまうケースもあります。
一方で現在はハードテック、ディープテックなどの研究開発型のスタートアップにも注目が集まっています。ディープテック特化型ファンドや、クライメートテックなど特定の社会課題をターゲットにしたファンドなど投資家側も多様化していますよね。

私が以前にスタートアップ投資に従事していた10年前と比較すると、ファンド規模の拡大やCVCの増加により資金調達総額も大幅に伸びていますし、シリーズ別の調達額も大型化が進んでいます。CVC側も経験が増えて、事業部隊との繋ぎ込みなどスタートアップとの付き合い方が進化してきている印象です。大企業の傘下で支援を受けて成長してから上場するスイングバイIPOのケースも出てきています。潤沢な資金環境を、中長期的な事業成長に如何に繋げるかというスタートアップ側の課題に対して、大企業が事業開発面で支援できる場面は多々あると思います。

国内での事業開発から海外進出まで

2024年3月にTechstars Tokyoと共催イベントを実施

――今後について伺います。スタートアップとの事業連携の話がありましたが、具体的にどのようなサポートを計画されていますか?

HAX Tokyoでは試作や量産に関するアドバイスやサポート、PoC取り組み支援は既に進めていますが、今後はこれらが本格的な新規事業に繋がるような連携にまで力を入れたいと思います。具体的には大学や自治体、住友商事の事業部門から集まる要望や課題と、スタートアップが提供するソリューションを組み合わせることで、事業化サイクルの短縮化に貢献したいと考えています。

一方でMIRAI LAB PALETTEではハードテック/ディープテック以外にもWeb3、AI、ヘルスケア、量子分野など、様々なジャンルのコミュニティを想定しています。幅広い社会課題や事業領域にスタートアップがリーチできるようなコミュニティ作りを一層推進していく予定です。社外ネットワークと積極的に交流し、シーズとニーズを取り込むことで事業に繋げられる場としての価値を高めていきたいと考えております。

――HAX Tokyoでは国内での事業開発と海外進出の両方で実績も生まれています。外部からの注目度も高まっているのではないでしょうか。

HAX TokyoのパートナーであるSOSVの米国拠点や中国拠点の活用は勿論、住友商事が持つネットワークから、東南アジアやアフリカとの連携の話も出ています。先日も欧州からHAX TokyoとMIRAI LAB PALETTEの視察に来られた方もおり、今後連携を進めていく予定です。社内の事業部からも国内外のプロジェクトに関する課題やスタートアップとのコラボレーションに対する要望が日々寄せられています。商社という特性を活かして、欧米、アジア、アフリカなど幅広いフィールドで、社会実装に向けた取組ができるチャンスは多々あります。

――最後に住友商事のオープンイノベーション関連の取組に関心を持つスタートアップに向けて、メッセージをお願いします。

HAX TokyoとMIRAI LAB PALETTEを通じて、住友商事はオープンイノベーションに今後も継続的に取り組みます。起業だけでなく企業内の新規事業として温めているアイデアがあれば、気軽にコンタクトしてほしいですね。アイデアを壁打ちしながら、形になり始めたタイミングでHAX Tokyoがアクセラレーターとして支援することで、事業連携先や資金調達先の開拓に寄与できると思います。 

アイデア段階から海外進出の手前段階まで、様々なステージで接点が持てるようなコミュニティを用意していますので、お気軽にお越しください。

ミャンマー時代の一枚

スタートアップ向け壁打ち相談会(対面・オンライン)のお知らせ

HAX Tokyoでは、グローバル展開を目指すハードウェア スタートアップや、これから起業を目指している方向けのカジュアルな壁打ち会を実施しています。

HAX Tokyoのメンターが相談をお受けしますので、ぜひお気軽にご相談ください。

【相談できることの一例】

  • 資金調達を成功させるためにピッチ資料を改善したい

  • ​開発 設計など製造面での課題があり相談にのってほしい

  • PoCの良い進め方、いいプロトタイプ(MVP)の作り方を教えてほしい​

  • 企業との事業連携や事業開発をうまく進めるためのコツを知りたい

なお、HAX Tokyoへのエントリーやお問い合わせも、こちらの相談会でお請けしています。詳細は下記サイトからご確認ください。

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