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小耳症の耳介形成手法に関する研究と、希少疾患に纏わる「不」

はじめに

 2023年3月に小耳症治療の名医である四ツ柳先生(札幌医科大)のところにお伺いしました。その際、近畿大学と一緒に、新しい耳介形成手法を研究中で、2023年は忙しくなりそうだと仰っていました。その手法はどのようなものなのか興味があり、調査してみたので本noteにまとめておきます。
 調べた結果、組織工学・再生医療のスペシャリスト・磯貝先生と、小耳症治療のスペシャリスト・四ツ柳先生がコラボレーションし、人工耳介と生体内再生医療のハイブリッド治療の研究開発を進めているようです。現在の治療方法と比べて、子供の身体への負担低減、手術者の力量への依存度低減といった効果が期待されるのではないかと感じました。実用化に向けて応援したいです。
 また、患者やその家族が、論文等の科学技術情報も参考にしつつ、医療に関して主体的に意思決定できるようにしたいと思い、データベースや調査方法についても共有したいと思います。小耳症治療で悩まれている方はもちろん、それ以外の疾患で悩まている方にも参考になれば嬉しいです。なお、下記のようなnoteも書いているので、ご関心がある方はご覧ください。
 最後に、希少疾患ならではの感じる「不」と解決への期待を記しておこうと思います(新治療方法の研究開発促進への不安、専門医の少なさ・偏在への不安、技術継承への不安)。

四ツ柳先生のブログ

 先生は、小耳症の治療に関する解説サイトブログを運営されています。2023年1月3日のブログに、下記のようなことが書かれています(太字は私が強調)。この「人工耳介と生体内再生医療のハイブリッド治療」とは、どのような手法なのか気になるので調べてみてみます。

近畿大の磯貝教授と共同で研究を行ってきた人工耳介と生体内再生医療のハイブリッド治療という新たな取り組みも佳境を迎えることになります。こっちも相当忙しくなるんだろうなあ・・・ 色々な意味でチャレンジングな1年になるかと思いますが、どうぞ宜しくお願いいたします。

四ツ柳先生ブログより

現在の耳介形成手法

 手術・治療方法は、四ツ柳先生のWebサイトに詳しく書いてあります。肋軟骨を摘出し、耳介の形態に整え、耳に移植する手術となります。対象は小学5年生以降。このような方法では、軟骨採取部位の術後疼痛等、子供の体に負担がかかります。また、肋軟骨を耳介の形態に整えるのも、かなりの技術と経験を要すると考えられます。その証拠に、四ツ柳先生は年間200件以上の手術をしており、年間約100人生まれる小耳症の子供たちの多くを先生一人で担当している状況です。このエキスパートの少なさや偏在については、後の章で課題として取り上げます。

四ツ柳先生の研究

 それでは、先生のブログにあった「人工耳介と生体内再生医療のハイブリッド治療」を調査していきます。とはいえ、いきなりGoogle検索しても、検索結果はなかなか分かりづらいと思います。そこで、学術情報専門の検索サイトで調査してみます。
 まず、CiNii Researchという国立情報学研究所が提供するデータベースを利用するのが良いでしょう。ここでは任意のキーワードや研究者氏名で、研究データ、論文、書籍、プロジェクト等を検索することができます。ちなみにプロジェクトとは、政府機関から研究費の助成がされているプロジェクトを意味します。有名なのが科研費です。

CiNii Researchのトップ画面

 では、先生のフルネームである「四ツ柳高敏」で検索してみます。その結果、様々な論文(103件)やプロジェクト(6件)がヒットしていることが分かります。タイトルを見ていくと、「生体内再生能を有する微小細切化軟骨をコーティングした人工材料移植技術の開発」というプロジェクトが2022年4月から始まっていることが分かります。

「四ツ柳高敏」で検索した結果

 このプロジェクトの研究概要を読むと、「人工材料、再生医療の利点を合わせたハイブリッドの素材を獲得する」という記載があるため、先生のブログで言及していた「人工耳介と生体内再生医療のハイブリッド治療」に関するプロジェクトだと考えられます。まだ始まって1年のプロジェクトなので、途中成果報告書や成果物(論文等)の情報は紐づけられていません。そのうち、公開されていくと考えられます。ちなみに、研究分担者に「浜本 有祐」先生がいらっしゃいます。この方は四ツ柳先生のブログでも紹介されている方で、2023年4月から倉敷中央病院に異動されています。もし関西で小耳症治療も検討したい方は、倉敷中央病院にも連絡してみると良いかもしれません。

四ツ柳先生が現在取り組んでいるプロジェクト

(濱本先生は)現在最も四ッ柳法を理解している先生であると思います。考え方、手技、術後管理等いずれも十分な力を付けたと思いますので、近隣の方は新たな選択肢としてご考慮いただければと思います。

四ツ柳先生ブログより

共同研究者・磯貝先生の研究

 先のCiNiiの情報だけでは、具体的な手法の中身までは分からなかったので、ブログで共同研究者と言及していた近畿大学・磯貝先生の情報を調べてみました。researchmapという研究者プロファイルを検索できるサイトを利用しています。磯貝先生は組織工学・再生医学が専門であることが分かります。

磯貝先生の情報(researchmap)

 磯貝先生の業績を眺めていると、四ツ柳先生との共著論文「高生体親和性人工耳介の再生医療実用化にむけた開発」があることが分かりました。ただし、論文の中身(アブストラクト等)は見つけられませんでした。

磯貝先生の研究成果の一部(researchmap)

 さらに磯貝先生の「共同研究・競争的資金等の研究課題」を確認すると、2000年代から耳介軟骨作製についてずっと研究をされているようです。先の四ツ柳先生との論文は、時期的には最新のプロジェクトである「表面改質した複合型吸収性ナノファイバー足場を用いた耳介形状軟骨の3次元再生誘導 」に関連するのではないかと推定できます。

磯貝先生のこれまでのプロジェクトの一部(researchmap)

 このプロジェクトの詳細情報が見られるKAKENページで確認したところ、下記のようになっていました。2022年で終了したプロジェクトだったので、研究成果報告も掲載されています。研究成果の概要を確認すると、「エタノールで処理した複合型吸収性ナノファイバーを足場にすると、経時的に軟骨の基質産生が促進され、耳介形状軟骨再生における有効性が示唆された」ようです。

磯貝先生の最新の科研費プロジェクト情報(KAKEN)

 さらに、磯貝先生についてGoogle検索してみると、AMEDの再生医療実用化研究事業にも採択されていることが分かりました。「3Dプリンタによって生分解性プラスチックの耳介フレームを製作し、そこに患者の組織を埋め込む。その後、フレームを足場として埋め込んだ細胞が増殖し、組織を置換していくというもの。」のようです。もしこれが実用化されるのであれば、①最小限の軟骨の採取で済むので子供への負担が軽減、②もし3Dプリンタで自動的にフレームを作れるのであれば、手術する医師の技量への依存低減、が期待できるのかもしれません。

AMEDの採択プロジェクト紹介資料

 なお、磯貝先生の本プロジェクト(日本の研究.com)は2020-2022年であり、既に終了しています。一方で、似た名称のプロジェクト「PCL/PGA複合スキャフォールドと微細切軟骨組織を用いた新しい耳介再建法のFIH試験」が、東大・星和人先生が主導で実施中です(2023-2025)。詳細は分かりませんが、ウォッチしておきたいプロジェクトです。

希少疾患に纏わる「不」

 最後に、希少疾患の家族を持つ身として感じた「不」と、その解決に向けた期待について言及したいと思います。

新治療方法の研究開発促進への不安

 今回の調査で、四ツ柳先生や磯貝先生の研究が進んでいるし、AMEDの実用化研究事業にも採択されていることから、新しい治療方法に大きな期待ができると感じました。ただ、小耳症は希少疾患なので患者数が少なく、ライフサイエンス・医療関連企業が参入してくるかが分かりません。四ツ柳先生も、「民間企業が入ってこないと実用化は簡単ではない」という認識だったと思います。
 既存企業が入って来なくても、大学発ベンチャーとして起業するという手もあるかなと思います。もしアプリケーションとして小耳症だけでは市場規模が小さいのであれば、フレームの3Dプリンタと軟骨組織産生をコア技術として、他のアプリケーションも狙えるとビジネスチャンスが広がるかもしれません。
 また、希少疾患の研究を推進する上では、DeSci(分散型科学)の研究エコシステムにも期待しています。例えばVibe Bioでは、科学者だけではなく希少疾患の患者や家族もトークンホルダーとして念頭に置いているようです。DeSciについては下記が詳しいです。

専門医の少なさ・偏在への不安

 小耳症治療について、札幌医科大・四ツ柳先生と永田医院・永田先生の2人が有名です。ただ、残念ながら永田先生は2022年に亡くなってしまいました。四ツ柳先生は約200回/年も手術をしています。小耳症は年間100人ほど生まれていると言われており、手術適齢期である10-12歳は300人ほどいると仮定すると、過半数を四ツ柳先生1人で担当していることになります。
 こういった専門医の少なさ・偏在については、様々な希少疾患・難病でも問題視されています。そこで、専門医の知見をシェアリングするようなサービスが誕生しています。例えばMediiでは、主治医がオンラインで専門医に相談できるE-コンサルというサービスを提供しています。これにより、希少疾患・難病医療の地域格差を是正し、いつでもどこでも患者さんが安心して暮らせる世界を目指しています。こういったDoctor to Doctorの仕組みにより、術前診察や手術補助等が可能になるといいなと思います。E-コンサルについては、Mediiのnoteにユーザー医師の体験談等があるので、どのように使われているか分かりやすいです。

E-コンサルのサービス概要(Mediiホームページ)

技術継承への不安

 専門医の知見を様々な医師に共有するという仕組みは、先のMediiの取り組みで実現できそうです。一方で、匠の技量が必要となる手術技法などは、どのように継承していけるのでしょうか。例えば、下記のような取り組みが考えられます。

  1. 学会・ワークショップ:2017年に日本耳介再建学会が立ち上がりました。代表は四ツ柳先生です。症例や術式に関する研究発表、人参を使った耳介フレーム作製ハンズオン等を行うことで、技術の継承や共有が推進されています。

  2. テクノロジーの活用:AI・ロボットに手術方法を学習させる、AR/VRといった技術によってリアルな手術練習ができる等が考えられます。「手術の知を可視化・集約・共有する」ことを目指したOPEXPARKというベンチャーがあります。こういった企業の取り組みに期待したいです。

  3. 新治療方法の開発:本noteで紹介したような新しい治療方法によって、そもそも術者の力量への依存を低下させるといったことも考えられるかと思います。

さいごに

 今回は小耳症治療に関する研究について、四ツ柳先生と磯貝先生の取り組みを中心に調査しました。調査結果だけでなく、その調査方法も開示することで、患者やその家族が医療情報を調べる際の参考なれば嬉しいです。また、私が感じた希少疾患に纏わる「不」と、その解決に向けた取り組みについても、少し言及しました。小耳症で悩まれている方や、医療情報としての科学技術情報の活用に興味がある方、また希少疾患・難病ならではの「不」の解決に興味がある方など、何か気になることがあれば、TwitterのDM等でご連絡いただければ幸いです。