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経営・事業企画者のための「IPランドスケープ」入門

はじめに 

 2021年3月31日に、『経営・事業企画者のための「IPランドスケープ」入門』という本が発売されました(Kindleのみ)。著者はKITの杉光先生。個人的に参考になったところをメモしておきたいと思います。 

主人公は経営・事業部である 

 IPランドスケープで扱うアジェンダは、経営・事業部マターである。なので、主人公は経営・事業部であり、彼らの意思決定とアクションに結びつくような気づきや情報を提供するのが、知財部の役割である。お互いの仕事の強みを活かして合いながら、コミュニケーションしていくものである。 

知財情報分析はエビデンスである 

 上場企業はコーポレートガバナンス・コードというルールを守らなければならないです。このルールは2015年に設置されたのだが、その背景には「経営判断の原則」があリマス。経営の意思決定の結果、会社に損害が発生しても「意思決定に必要な情報を十分に収集し、リスクを検討」した事情・証拠があれば、取締役は法的責任を問われることはない。つまり、環境情報分析を行い、適切にリスクテイクをした経営判断をせよ、ということを意味しています。知財情報分析を、知財リスクだけではなく、新規事業・M&Aといった事業リスク・機会として活用し、エビデンスとして残すことに意味があるのではないか、という指摘がなるほどと思いました。

特許情報分析のESG投資への有用性 

 GPIFは、低炭素関連の特許情報を分析して、日本企業の潜在ポテンシャルを計算し、投資判断をうらなっています。この話は2020年の日経新聞「環境規制で日本株上昇 GPIF試算、特許に潜在価値」に掲載されています。 

 なお、GPIFが活用した特許分析手法の元ネタは、米国・MSCI社の"2020 ESG trends to watch"です。MSCI社は株価指数の算出や、ポートフォリオ分析を提供している企業です。最近だと、2021年1月に、内閣府・知的財産戦略推進事務局にて、「特許情報分析はESG取り組みのポテンシャル把握や投資促進に寄与できるのではないか」という議論をしています。詳細はこちらの資料「知財投資・活用の促進メカニズム」に記載されています。例えば、下記のような機関投資家の声があります。

国内投資家の声
・投資先企業の環境関連技術に関する特許データに基づき、気候変動によって生じるコスト・利益の現在価値を算出し、気候変動によって企業価値が将来的にどの程度変化するかを分析
・運用会社のアナリストが理解できるくらいの特許情報を企業が開示することが重要。投資家にとっては、特許情報を使わなければならないという切実な状況があり、ニーズはある。

海外機関投資家の声
・英国では、投資運用学の半分程度をESG投資に振り向けているのが特徴。ESG投資で重視しているのが知財情報である。
・知財情報から、企業の現在と将来、どのような方向に向かおうとしているのかを示し、どんな研究開発に力を入れようとしているかを知ることができる。ESG投資には欠かせないデータである。

 最近だと、2021年2月25日に日立製作所が発表した「環境戦略・研究開発戦略説明会」が好例かもしれません。発表内容は3本柱であり、「環境戦略」、「研究開発戦略」、そして、「知的財産戦略」でした。

旭化成の事例:「事業部が主人公、明確な目的意識、密なコミュニケーション」 

中村さんと和田さんの記事が掲載されていますが、基本的に下記の記事と同じです。 

旭化成中村氏とKIT杉光教授が語るIPランドスケープ──DX、3つの目的、事業部との対話の設計とは? 
旭化成のIPランドスケープ活用──Afterコロナを見据えたコア価値の磨き方、未来の兆しの掴み方とは 
旭化成が挑戦する経営戦略としてのIPランドスケープ──先進企業と語った人材の「要件」と「評価・育成」 

 特に参考になった中村栄さんの発言をピックアップします。1. 事業部が主であることと、2. 知財部は彼らの意思決定とアクションための気づきを生み出す部隊であり、両者が強固に繋がってコミュニケーションしながら分析を進めること、3. 目的を明確化すること、です。 

当時はマップを作ることで満足してしまっていましたが、事業部の戦略構築のよりどころとなるようなシナリオを作成し、そこに合わせて特許マップを作成・提示していくことで、経営陣にインサイトを提供することが可能になります。それが私たちの役割です。戦略を構築するのは事業部門であり、あくまでも主人公は事業部門。現場の意思決定とアクションに結び付くような気づきとなる情報を提供するのが、私たちの役目だといつも肝に銘じています。知財部門のこのような立ち位置が理解できていないと、一人よがりな分析レポートになってしまいます。対象となる事業に関して、事業部門との対話からニーズを把握し、事業企画責任者の気づきと行動につながるような“刺さるシナリオ”とはどういうものか、徹底的に研究をしています。 

旭化成のIPランドスケープは対話型で、事業部と高頻度で議論しながら一緒にレポートを作ってその精度を上げていきます。最初は課題設定がはっきりしなくても、対話を通してリバイスされて強化されていくなど、プロセスのなかで自然と対話が促進されるように設計をしています。IPランドスケープは一方通行でやるべきではありません。知財部門も事業部も議論のなかで相互に育成されながらレポートの精度を上げていき、最後にトップに報告を持っていくフローが理想だと思っています。 

旭化成では、経営トップへの最終報告は知財部門の担当ではなく事業部長が行います。IPランドスケープをやること自体が目的ではなく事業戦略を強化することが最終目標なので、この部分は事業部長の役割だと考えています。 

IPランドスケープは「目的を明確にして取り組むこと」が非常に重要であると私たちも認識していて、その議論には当初かなりの時間をかけました。アンゾフのマトリックスに当てはめて、主に次の3つを主要目的として位置づけています。「事業を優位に導くために」「新事業創出のために」「事業判断のために」の3つです。まずは「事業を優位に導くために」を最優先と考えて、重要な事業をさらに強くするために事業部の企画担当者と一緒に考えることに取り組んできました。 

紹介されていた分析ツール例

 主にOrbit(Questel社)とパテントマップEXZ(インパテック社)が紹介されていました。その他、SPEEDA(ユーザベース社)、BizCruncher(パテント・リザルト社)、PatentSight(PatentSight社)、DocRadar(VALUENEX社)が一言ずつ紹介されています。