ヘブンバーンズレッドのAngel Beats!コラボから見る、麻枝氏の作風

前置き

当たり前だがタイトルにある通りヘブンバーンズレッド(ヘブバン)やコラボ先のAngel Beats!(AB)のネタバレがあります。また、どうしても作品を批評している関係上Key作品を盲目的に崇めている人や麻枝氏個人を好いている人からすれば不快になるような表現があります。
 加えて私はABコンテンツはアニメのみ視聴、ヘブバンは入江の過去について知ることのできるDay1、3夕方のみプレイというにわかなので間違っている箇所が多いになるかと思います。その場合はコメント等で指摘していただけると大変うれしく思います。



総評

 結論ありきのストーリーなため生前入江と関係のあった4人全員の性格がぶれてサイコパスと化している。また、終始暗い雰囲気で進行されるので恐らくシリアスな展開なんだろうが、いかんせん登場人物全員が狂っているのでシュールな笑いを提供できている。
 シナリオとしては恐ろしくクオリティが低いが、入江関係の部分だけで言えば全編フルボイス(CGに描かれたガラケーの文章を確認する1か所を除く)で進行しておおよそ90分から2時間なので、Key作品としては拘束時間は短め。
 一方アニメでは叶わなかったかなでとゆりの交友関係やアニメ作中のBGM、ガルデモ楽曲のアレンジ等ソシャゲのコラボとしてはしっかりコラボ先作品を尊重しているコンテンツだと思う。が、それらはDay1、3夕方にはBGM以外は登場しないので今回は考慮しないものとする。

あらすじ

 Day1、3ともに入江の回想という形でストーリーが進行する。
 Day1では学校(中間一貫の高校)の心霊現象であるサトコさん(いわゆるこっくりさん)が女子生徒を中心によからぬ噂として広まっているため、生徒会長の入江が他4人の生徒会メンバーとサトコさんなどない、ということを証明しようとする。
 しかし、サトコさん降臨の儀式を行ったところサトコさんが現れてしまう(こっくりさんと同じく指が勝手に動く)。恐怖から儀式を中断させてしまう。そのためサトコさんを怒らせてしまい入江含む5人の生徒会メンバーに不可思議な現象が起こる。また、「肩をたたかれたら振り返るな」とメンバーから忠告されたことから入江は周りが信じられなくなる。
 駅のホームで生徒会メンバーのかな(もしかしたらモブの友人?)から肩をたたかれたことで驚き、そのまま線路に飛び出してしまう。
 それらの話を聴いていたゆりとかなでだったが、ゆりが矛盾点を指摘。曰く中学の時から消極的な性格の入江をクラス委員に推薦、高校では生徒会長に推薦したことからそういう空気が形成されていた(高校はエスカレーター式なので殆ど中学時代の生徒と変わらないらしい)。今回のサトコさんも学校への入学者減少に対応するため、入江がビビっている姿を文化祭で上映する(?!?!)というもの。
 入江は死因のつまらなさを嘆くも、それよりもそんなことで死んでしまい皆に迷惑かけたことを後悔する。
 Day3では死霊となった入江目線で話が動く、主な場面は葬式と墓。元々入江がきっかけでつながっていた生徒会メンバーのため仲自体はそこまでよくなかったこと、不慮の事故で入江が死んだことから心が壊れていく4人を見ているだけの入江。
 そんな中、入江の後を継いで生徒会長となった新之助が他3人を元気づける。実は新之助は入江のことが好きで文化祭終了後告白しようとしていたこと、生徒会長となった新之助は強引な手法で生徒会を運用していたが、それは入学者を増やすため水面下で動いていた。最終的にはFMラジオを通じて宣伝できるまで基盤を固めた。それと並行してメンバーの1人が宗教とかかわりを持って多額の金を要求されていたため、肩代わりするための資金を用意していたことを語られる。
 入江のことで振り回された4人だったがうち3人は結婚し自分の道を歩む。死後30年たっても入江のことが忘れられなかった新之助だが、付き合って10年たつ彼女(?!?!)と人生を歩むことを決意。入江もみんながそれぞれの道を歩んだことに満足して終了。

良い点

・CGイラスト、立ち絵が綺麗
(Track ZEROもそうだけどAB関連のコンテンツってNa-Ga氏の美麗なイラストを表現できている気がする。)
・アニメBGMのアレンジが聞ける
・全編フルボイス&AUTOモードがある
・入江の過去がわかる

悪い点

・新規4キャラクターの性格が破綻している
・純粋につまらない

・新規4キャラクターの性格が破綻している
生徒会メンバー4人の性格ですが、絵にかいたようなくずっぷりを発揮してむしろ笑えてくるレベル。
かな:入江の幼馴染、入江のことが心配で生徒会に所属する。プラットホームで入江の肩をたたいた本人(かもしれないだけで断定はできない)。入江の死後は入江のことを思い恋なんてしないと言いつつ悪い友人と付き合う。その際クスリ?酒?の影響かラリっている描写あり。
マユ:入江自身とかかわりは乏しい。宗教にはまり多額の金を要求されるが、のちに新之助が肩代わりをする。
なべ:入江自身とかかわりは乏しい。悪い友人と付き合うかなを心配したりマユの近況報告したり他3人のフォローをしていたが、元々仲が良くなかったため最後まで義理を通せず、狂っていく他3人に影響され素行が悪くなり暴力事件を起こす。
新之助:入江自身とかかわりは乏しい。(入江のことを陰から見ていた、という描写があることからもしかしたらエスカレーター式ではなく高校入学時に外部から入ってきたかもしれない。)
 4キャラの中で断トツのサイコパス。前半はサトコさん降臨の時に使った紙を処分したと言いながら恐怖演出をあおるため生徒会メンバーのカバンに仕込んだり、サトコさん関連の情報を発信したり、入江に「肩をたたかれても振り返るな」とメールを送り間接的に殺人を助長している。
 入江死亡後の後半では内申点を気にしたり学校に責任転嫁したりして周りから距離を置いていた。他3人が定期的に入江の墓参りを行っていたが新之助だけは行わず、その後生徒会長に就いたことから、内申点しか気にしていない冷たい人間と言われる。
 ただそれは誤りで学校の知名度向上やマユの資金集めしていたことが語られる。卒業後は他3人が結婚等自分の道を進むが、新之助だけは入江のことを思いながら女性と10年付き合ったのち自分の道を進むなど、前後半で性格のギャップがひときわ大きい。

どうしてこうなったのか

 麻枝氏の作風は着地点ありきで書かれており、それによって起こる矛盾など気にならないほどの感動を与えてくるのが評価されているのだと思う。それが悪い方向に表れているのは 『神様になった日』で、恐らく
「障害に陥るヒロインとそれを助ける主人公を描く→障害に陥る理由が必要→全知全能の力を研究するという目的」
という流れになっていたかと思う。
 でも普通に考えたら「全知全能(未来予知)があるなら障害に陥るのもわかるし対応できるよね」「本当にヒロインを助けたいなら施設から無理やりさらわずに献身的に接するよね」という突っ込みが入るわけで。でも着地点ありきだからそのあたりの修正ができないんだろうなと。
 彼にとっての成功体験である真琴シナリオはそのあたり奇跡というご都合主義で気にしなかったので感動できるエピソードのみを抽出できたが、『神様になった日』は前述した突っ込みどころを消化できなかったので「なにこれ?」となったのだと思う。
 それと同じことが今回のコラボシナリオにも起きており、今回のコラボで言えば
「死んでなお入江のことを思うキャラ(新之助)→死因は身近なものがいい→オカルトが原因」
「ヒロインが死んでいるので、死を乗り越える演出が必要→死が原因で壊れた人間関係を修復」
を満たすキャラを作ったため、新之助のキャラが
・率先して好きな人を困惑させる
・困惑している姿を文化祭という部外者も多く来る場面で上映する
・上映後、告白する
・入江の死後学校含めよくしようと動く
・死後30年も入江のことを思い続ける
・思い続けながら10年間別の女性と付き合う
という倫理感のかけらもないキャラクターが誕生した。
 もちろんこれのエッセンスになったであろう「死が原因で壊れた人間関係を、死を乗り越えることで克服」「死んだ後もヒロインのことを思い続ける」だけ見れば悪くないのだが、いかんせん彼の感性が独特なので肉付けが変な方法になっているのだと思う。
 それと同時にKey作品には他アニメキャラと比較して「大人しいのに知的障碍者」が多く感じられるのは、この「着地点ありきでキャラを構築」という要素が大きいのだと思う。
 おそらく0から1を生み出す力はあるが1を10に広げる力がないこと、自分のカバーをしてくれる人材を彼自身の社会性のなさ(スケジュールを守らない、こだわりと品質の違いが分からない等)でことごとくつぶしていた結果だと思う。

 独特な感性で言えば「10代後半の片思い相手をずっと引きずったまま37歳から47歳(死後30年と内申点を気にしていたことから高校2年時に死亡と推測)の10年間、別の女性と付き合う」というのは女性目線からすれば
・女性の結婚は出産適齢期から35歳がピーク、よって37歳から付き合う女性は出産目的ではない
・そもそも相手が20歳と若くても現在30歳、モテ期である20代を丸々棒に振っている
という、生殺しに近い状態だろう。
 恐らく一途キャラとして描いただろうが、傍から見たらサイコパスと思える。
 ただこれに関してはツイッター上では新之助はいいやつ、純粋という人もいるので、私には
「好きな相手を率先して精神的に追い詰め死亡する一端を担いながら、目の前の女性よりも殺した相手のことを思いやる」
キャラにしか見えないが、人によっては
「学校再建のために奔放しつつ行き過ぎた事件が起きた際は率先して憎まれ役を買って出てストレスのはけ口になる。最終的にはみんな前を向けるよう手助けしながら、自分だけは忘れないようしていたが最後は現実を向く」
と受け入れているし、多分彼が描きたかったのはそういうキャラなんだと思う。

 『CLANNAD』もそうだが、キャラの置かれた立場だけに注目して「汐よかった…(泣)智也かっこいい…(泣)」と受け入れられるのは幸せなことと思う。冷静に振り返ると朋也のやっていたことは「避妊せずノリで子供産んだ挙句現実より理想を優先した自宅出産で母体殺す高卒DQN」
であることを認識してしまうので、作者の描きたい内容をそのまま受け入れられる感性というのはいいことなんだと思う。
 そういう意味では今回のコラボは悪くないし評価されるのも納得。普通着地点とスタート地点で生まれる矛盾点を修正するところ、彼の作風はそれを上回る感動で殴ってくるので、没頭できていれば刺さるが、一歩引いて冷静に見てしまうと薄っぺらく映るのだろう。

 おそらくだが、まともなライターを失った麻枝氏(Key)にとって、ソシャゲという土台はすごく親和性がいいと思う。
 ソシャゲはいつまでもアップデートができる&シナリオはおまけなので、アニメ3部作の失敗である「自身のやりたいことを優先した結果肝心の尺が足りない」ということもなければ「冷静に見られて突っ込まれてもそもそもシナリオはおまけ、課金さえしてもらえれば勝ち」なので。
 ただし良くも悪くも人の意見が見えてしまうのであれだけ『神様になった日』で麻枝研究所みたいに公式からヨイショされていたのに、最終回直前で垢消しとかしてしまうので、メンタルの保持さえ気を付ければこれほどぴったりなコンテンツはないと思う。

まとめ

 今回のコラボシナリオのクオリティが低いのは作風が変わったからではなく、もともとこの作風だったことをうまく隠せていたから。それは本人の力量というより他ライターによるフォローだったのだが、それらがなくなってしまいボロが出た。
 そう思うとアニメ3部作や小説の出来が悪いこと、昔の作品は面白いと思えることも色々と納得できる。
 以前は作曲だけに専念してほしいと思っていたが、独特の世界観では知的障碍者のようなキャラを出しても違和感がないと思う。そういう意味では今手掛けているヘブバンは世界観が謎に包まれているのでぴったりなのでは?と思う。
 改めて思うのが麻枝氏が手掛けたアニメ3部作、久弥氏が手掛けた天体のメソッド、どちらも評価がよろしくないことを見ると、二人が手掛けた「MOON.」「ONE」「kanon」は本当に奇跡のような作品だったんだなと思う。
P.S.
 Key作品で出てくる生徒会の権力が一般常識内にあるのは何気に初では?(とはいえ学校ぐるみで入江を追い詰めるために図書室にある卒業アルバムに工作したりするのが、常識内かわからないが…)

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