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夜を守る人に捧げる

夜を守る人に捧げる

「まぁなにかあったら連絡して!」

その『なにか』がなにかわからへんねん…

新人時代、初めて夜勤業務についた日のことである。当時は施設創設期で、入居者もまばらで、職員も固定されたユニットに配属という形ではなく、勤務体制も入れ替わりが多かった。そんな中で初めての夜勤。予定していたユニットでの夜勤ではなく、まさかの一度も勤務したことのないユニットでの夜勤に。入居者は隣のユニットと合わせて十数名で、自立度もわりと高い方ばかりだったと記憶しているが、それでも初めての夜だ。不安や緊張が、身体を強ばらせていたのを覚えている。主任から告げられたその言葉は、不安をより一層色濃くするものでしかなかった。

生憎の嵐の夜だった。雷が鳴る度にナースコールを押すおばあさん。在宅酸素の機械から謎のピー音がひたすらなっているおじいさん。暗闇の中、無言で佇むおばあさん。昼間とは桁が違うような未知の世界におののき、ただただ対応に追われていたが、時計の針はなかなか進んでいるようには感じなかった。

これ程過酷な夜があるのか…今でこそ経験値も重ね、夜勤体制も整い、想定内の事態も増え、対応に苦慮するということも少なくなったが、当時は『わからないことがわからない』という自分に、不甲斐なさと無力感を味わっていた。

そんな夜でも例外なく朝は訪れる。そして早出はやってくる。起床介助をなんとかこなし、疲労困憊の色が隠せないその身体が目にしたのは、昇る朝日とともに、後光がさすかのように開かれたエレベーターから降り立った、早出職員の姿だった。

「お疲れ様~大丈夫やった~?あとは任して、もうゆっくりしてええよ、はい」

傍から見ても荒れ果てたフロアを背に、いくつも用意していた言い訳たちが、渡されたコーヒーの冷たさにかき消されたのだった。これほどまでに暖かく冷えたコーヒーがあることを僕は知らなかった。

夜の恐ろしさという現実に打ちのめされたと同時に、湧き上がる確かな高揚感も感じていた。


そして、夜の過酷さは今も変わらない。
その日は入社一年目の新人が夜勤の担当だった。慣れてきた頃とはいえ、未だ不安が拭いきれない夜ばかりだろう。そんな時、あるおばあさんが明け方急変した。その対応に相方と共に奔走し、他の入居者の方のの起床介助がほとんどできていなかった。そこで、彼はしっかりとこう伝えてくれた。

「すいません対応に追われてて…助けてください!!」

今自分が置かれている状況を把握して、先を見越してできないことを見極めて助けを呼べる。当時の僕ができなかったことを、『なにか』わからないけど、どうすればいいかはわかっていた。僕にできなかったことを、きちんとやってのけたのだ。そんな君だからこそ、夜勤を任したいのだ。


夜の過酷さは変わらない。不安が拭いきれない夜はない。だからこそ、昇る朝日と共に、ズタボロになった身体で尚、夜を守った人に、一早出職員としてカッコよくこう言いたいのさ。

「よく頑張った、あとは俺に任せな」

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