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満たされた月、満たされない太陽

「俺はね、将来ビル・ゲイツになってやるよ」

大学で仲の良かった友達に、僕はいつもそう言った。今の子はゲイツを知らない子が多いけれど。

ジョブスやアップルを知っていても、Windowsを知らない人も多い。でも1996年から2000年まではゲイツの独壇場だった。ずっと世界一の金持ち。僕の目には彼が世界の覇者に見え、子供が野球選手に憧れるようにその姿を追いかけた。

生徒の親御さんが彼に会ったと言った。

「アメリカでウェイトレスをしていた時、よくお店に来てくれたんです」
「変わった方でした」
「いつも、奥にある鍵つきの個室を指して『一人きりにさせてくれ』と言うんです」

「ふと見てしまったんですが」
「誰も来ない部屋でずっと頭をうなだれ、怯えるように震えていました」

「凄い目で周りを見たり」
「誰もいない部屋なのに・・・」
「怖いねって」
「仲間と話しました」

「いつもそうだったんです」

裸の覇者とは、そんなものかもしれない。

果たして47歳になった僕は、覇者どころか彼女にすら愛想を尽かされる情けない男である。それでもいい先輩がいるから先週東京に呼んでもらえた。渋谷センター街にある大盛堂書店での出版トークライブ。そんな晴れ舞台。

大盛堂は、”不死身の日本兵”舩坂弘が創業した書店である。

彼はフィリピンから東へ1500キロのところにあるアンガウル島で、米軍の銃弾を幾度もその身に浴びせられた。それでも基地に生還する。3度目の特攻では手榴弾を腹に巻き付けて米軍を襲った。

生きて帰ってきた。故郷で始めて行った仕事は、家族が建てた彼自身の墓を引っこ抜くことだった。それゆえ不死身の日本兵と呼ばれている。

「書店の経営難が続く中で、大盛堂書店はなぜ健在か」

巷には都市伝説が流布している。

「舩坂弘の霊が守っているからだ」

彼は人気漫画『ゴールデンカムイ』の主人公のモデルになっている。だから、うちの塾の生徒も何人か彼の名を知っている。

その大盛堂書店で、僕のような輩が出版トークライブをさせてもらえたのだ。まさに身に余る光栄。

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1月22日、久しぶりに丸の内を歩いた。30年前の姿しか知らないから完全に異郷のよう。先輩のひでさんに誘ってもらい、仲間が経営するレストラン実身美さんみでランチをする。

ひでさんは古い日本の神話に詳しい不思議な人だ。

「実身美のご飯って少なそうに見えるでしょ」
「でもね、これでお腹いっぱいになるんだよ」

「流石にそんなことはないと思いますよ」

僕は大食漢だから、土曜日の昼はいつも焼肉食べ放題を食らう。玄米食を基本にした目の前の上品な食事では、とても足りそうもなかった。

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「まぁいいから」
「ええ」

心底驚かされた。本当に腹一杯になってしまった。

「頭で欲しいものと体で欲しいものは違うんだ」
「頭で欲しいものは、砂糖とか油とか、際限がないくらい食べてしまう」
「カネもそうだけどな」
「でも体で欲しいものって、体が満足したら必要以上に食べないようになってる」
「少ない量でお腹いっぱいになるんだよ」

「凄いですね!」
「食の話も興味深いし」
「それに・・・」
「足を知る、って我慢と同じだと思ってましたけど、、」
「だけどそうじゃないんだって思い知らされましたよ」

「・・・」
「そうか!」
「満たされる富と、いくら集めても満たされない富があるのか!」

僕らは満たされる富がなにか知る必要がある。無限にカネを求める代わりに。

20兆円持っているAmazonのジェフ・ベソスも、ずっと世界一の金持ちだったビル・ゲイツも実身美さんみで玄米を食べた方がいい。丸の内だから来れるだろう。

美人オーナーの大塚さんが教えてくれた。

「同じ食物でも、精製したものは満たされないんです」

自然のまま食べる方が満たされるのだ。

経済も同じかもしれない。お金は精製され過ぎている。カネ中毒になった人が格差を産み出す。

「精製されていないもの、、」
「食物繊維とかぬかとか、脇役が肝になってるよな」
「次代のスポットライトは脇役を照らそうとしてる」
「これって、、」
「既に起こった未来、だよな」

ひでさんはドラッカーの用語を使って説明してくれた。さすがのドラッカリアン。

どうやったら精錬できるか、どうやったら主役になれるか。前時代の価値はそちらにあった。M.ウェーバーの言葉を借りれば、「どうやったら神になれるか」、に。

代償だろう。やたらと生きにくい社会になってしまった。どんなに頑張っても満たされない社会。人はどう足掻いても神にはなれなかった。

そうではない。不純物を混ぜればいい。我らは不純物によって満たされるのだ。

人とは神の不純物なのだろう。

カネに対して感情を。
主役に対して脇役を。
生に対して死を、混ぜる。

人が捨ててきてしまったもの。次代のスポットライトが移りつつある。

「人の捨てざるなき物を、拾ひ集めて民に与へん」

豊田佐吉、本田宗一郎、山葉寅楠。前代の起業家らに絶大な影響を与えた二宮尊徳はそう歌った。捨て去ってしまうものの力を知れば、世を賦活させられると。

人が捨ててしまったものとは、なにか。

それは、人なのだろうと思う。
これから我らは、神でなく人として生きる道を探すだろう。


「ひでさん、よく実身美さんみで食べてますけど、」
「正直、ずっと大塚さん目当てだと思ってましたよ」

「ハハ、それもあるよなぁ」
「やっぱ、そうですよね」

身も心もいっぱいになった僕たちは近くの将門塚に挨拶し、大盛堂書店に向かった。

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さくさくさんと。

お読みいただきまして誠にありがとうございましたm(_ _)m
めっちゃ嬉しいです❣️

12月17日発売の新刊、『人は幽霊を信じられるか、信じられないかで決まる』のまえがきを全文公開させていただきました。

写真の下のリンクより、是非ぜひお読みくださいませm(_ _)m

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