見出し画像

『ミルトン・エリクソン心理療法 〈レジリエンス〉を育てる』

ダン・ショート、ベティ・アリス・エリクソン、ロキサンナ・エリクソン‐クライン(2014)『ミルトン・エリクソン心理療法 〈レジリエンス〉を育てる』春秋社

エリクソンの生い立ちとその戦略の基幹となったもの

 1919年エリクソンは小児麻痺を患った。医師は悲しそうに「息子さんは、もっても明日の朝まででしょう」と両親に告げた。3日間意識を失った後、彼が動かすことが出来たのは目だけだった。しかし学習に対する不屈の関心が徐々に運命の歯車を回転させる。ある日、エリクソンは体を揺り椅子に結わえてもらい、座っていられるようにしてもらっていた。大した景色が見えないその位置から窓際に近づくためにはどうしたらよいか考え始める。ふと気づくと、揺り椅子がゆっくり揺れ始めていた。前進したいと考えるだけで、それまで認識していなかった筋肉の潜在能力を活性化することが出来た。

 それから何か月もの間、動きの展開と体の感覚について記憶を探り続ける。まず一本の指がぴくっと動くようになった。それから意識的にその動きを起こせるようになる。次に複数の指を動かせるようになった。1922年夏、そうしたリハビリはついに、10週間かけ、カヌーで1200マイルの川を漕ぎ抜き家に帰宅するまでのものになった。

 26歳、医学の学位と心理学修士の学位を取得。下肢が不自由で杖に頼らざるを得ないという事実のおかげで、彼は患者たちにとって、より親しみやすい存在になった。他の人と同じ見方で世界を見ていないという事実のおかげで、彼は施設に収容されていた人々をよりよく理解することが出来た。

 エリクソンはある種の称賛と敬意を抱いて患者と向き合った。希望と立ち直る力(レジリエンス)があれば、未来に待ち受ける素晴らしいものがなんであれ、それに向かって進む道を開くことが出来る。そして、変化は生じうるという認識こそ、最重要ポイントとしてセラピーで伝えるべきだというのが彼の立場だ。

 変化のプロセスに点火し、その結果として希望とレジリエンスを高めるのは、しばしば助ける人と助けられる人の人間関係である。ある関係が互恵的であるとわかれば、協力を推し進める力を利用できるようになるのだ。セラピーは強制や優越、教化の精神を持つものではなく、相互の学びと発見のプロセスを特徴とするものである。

 ヴィクトール・フランクルはある観察をしている。ある患者は足が壊疽したため切断して回復したが、回復後も足を失ったことに上手く対処することが出来ず、自殺した。治療は同時に癒しが無ければ成功しない。そして癒しとはその大半が、当人の中にある肯定的な属性を強調し、それらを徐々に増幅させていくプロセスである。

 エリクソンの方法がロジャーズのような非指示的カウンセリングと異なるのは、エリクソンが非常に戦略的にセラピーを組み立てる点である。問題が解決することを待つのではなく、積極的に戦略を立て、患者をリードしている。エリクソンのスキルの多くは、人が自分自身の目標を認識して、それを達成できるようになるには、どのように手助けすればいいのかを理解するためのもので、それこそが彼の第一の目的であった。

 レジリエンスのみなぎる問題状況への対応は、持って生まれた自己の良いところを信じる気持ちから発生する。エリクソンははっきりと、自分の目的は患者の身体の良好で健全な部分とコミュニケーションをとることだとしている。精神であれ、心であれ、消化器系であれ、他のいかなる身体部分であれ、心理学的に権利をはく奪されたままになっている部分の持つ良さを確信できれば、新たな自己効力感が生み出される。レジリエンスを持つ秘訣は、試練のさなかの出来事をコントロールしているという感覚であるとバンデューラは言う。(

Bandura, 2003)。

 自分にはそういう力があると感じることによって、患者は内的な能力と経験から得た学びを使って、目標を達成することが出来る。心理療法のあらゆる努力の背後にある第一の目標は、患者の意思が決定した目的を達成するために、未だ認識されていない能力を活性化するべく刺激を与えることである。

 患者には、普段ならしないけれども今はしたいと思っていることがある。心理療法の秘訣は、それを患者にさせることにある。

6つの戦略

 本書の著者等がまとめたエリクソンの主な戦略は6つある。注意のそらし、分割、前進、暗示、新たな方向付け(リオリエンテーション)、利用である。

 1、注意のそらし。

 私たちは、常識と日々の体験から、成功に注意を集中させた時に、成功の見込みが高まることを知っている。自分自身の欠点の方に注目しすぎるようになった人は、成果が劣る傾向にある。そうした欠点から注意をそらすことが第一の戦略である。

 例えば、エリクソンのもとに相談に来たある医師の息子はにきびがひどかった。その治療としてエリクソンは、クリスマス休暇で過ごす場所の鏡を全て取り外すように指示する。2週間後、彼の肌は正常な状態に戻っていた。

 この戦略は一時的な生活状況に注意が注がれすぎて生じた副産物が問題となっている場合に非常に役立つ。注意をそらす方法として最も有用なものは、患者がいつか振り返った時に、良かったと思えるもの、面白がることが出来るものであるとされる。

 2、分割

 心理療法の治療を求める人の多くが臨床的な問題を克服不可能だと思うことがあるのは、その問題の継続期間や複雑さのせいかもしれない。癒しが発生しないのは、今利用できる問題解決のリソースでは、どうあがいても問題の大きさに太刀打ちできないように思われるからだ。簡単に言えば、希望が無いのである。

 しかし小枝の束と同じで、問題の実態を分解すれば、その人の全エネルギーは、束全体は無理でも、たった一本の小枝になら耐えられるようになる。問題を分割し、一時に一つの小部分と取り組むようにすれば、障害は最後には乗り越えることが出来る。癒しは、オール・オア・ナッシング思考から、何が達成可能かという考え方にシフトした時、最もよく発生しやすい。ただし認識すべき重要なことは、安心感が無ければ何が達成可能かという考え方にシフトすることはなく、分割は達成されないということである。

 この戦略の主な禁忌は、自分の懸念を真剣に受け取ってもらっていないという思いを患者に抱かせることだ。「分割すれば問題は簡単になるに決まっている」という病気に対する敬意が欠けた態度で往診してはダメなのである。苦しみを味わう患者の権利、もっといえば、そういう患者の希望を尊重しないと、そのつもりはなくても、患者の苦しみを軽視することになるのかもしれない。エリクソンは、患者がみじめで悲しくてたまらないと言えば、その発言を認め、それを事実として受け入れるよう注意していた。患者は自分の現実を尊重してもらってはじめて、等しく受け入れ可能な新しい考えに向かって前進できるのだということをエリクソンはよく理解していたのだ。

 

 3、前進

どのような壮大な旅も最初の小さな一歩から始まる。どれだけひどいダメージを受けている患者の場合であれ、その治療課題の中には、あまりに簡単で小さなことだから、ちょっとやってみようかと思えるようなことがある。エリクソンが行うセラピーの基本前提は、治療上の変化の中に、遠く未来へと発展し続けるよう設計された直近の成功体験を導入しているということであった。エリクソンは「今ここ」と未来の双方に焦点を絞って臨床問題に取り組んだ。双方が互いに役立つよう機能するために、これら二つの見当識の間に橋をかけるのが前進戦略である。

 エリクソンがこのテクニックを使うときは、常にゆっくりと許容的なやり方をした。彼は患者を決して急き立てたりせず、小さく細分化されたステップや象徴的なしぐさを使って、患者がカタルシスに向かえるようにしている。エリクソンは自分がどのようにカタルシスを利用しているかを説明して、「人間が生きていく上で必要なことの一つは、苦痛なことを安全な環境で繰り返し体験することだ」と言っている(Erickson, 1946b)。

 患者は決して、自分が心地よいと思うレベルを超えてまで何かをするようには指示されなかった。出発点として適切なのは、彼女が想像できる事柄である。この新たな治療上の方向が保たれる限り、前進は必然的に発生する。様々な出来事に対して様々に対応する自由があることや選択の自由があることに患者が気づいたとき、より大きな制御が始まる(Erickson-Klein, 1990)

 セラピストが患者にとってほとんど価値のない目標に向かって取り組んでいれば、たぶん効果は出ないだろう。また、この戦略では進みが遅いこともあるため、前進の成功には動機づけが非常に重要である。患者は、小さな歩みで向かおうとしている最終目標に、何としても到達したいと思わなくてはならない。

4、暗示

 効果的なセラピーは、患者の肯定的な期待を高め、未来を信じる気持ちを回復させ、達成感と自信を育む。希望の回復は、心理療法が治療効果を発揮するための重要な要因だとジェローム・フランクは述べる。結局のところ、少なくとも、事態は良くなりうるという暗示が含まれていない希望は希望と言えるのかということである。

 明確に認識すべきことは、エリクソンが暗示を戦略的に利用するのは、患者を支配するためではなく、患者のエネルギーを集中させ、その消費を方向付けるためであったという点である。エリクソンは催眠を利用して患者が内面に注意を集中できるようにした後、患者を誘導して、患者が自らの潜在的な癒しの力を確信し、その力を事実として認め続けられるようにした。

 「昼間、空中にあるものだけを使って火を起こすにはどうしたらいい?」というなぞには、この治療法と似ている点があることがお分かりだろう。日光で物が燃えることはそうそうないのに、なぜそうなると考えるのか? しかし、虫眼鏡を使って紙の一点に日光を集中させ、じっと動かさずにいれば、炎が上がる。これとまったく同様に、人もいったんエネルギーを集中させ、手元の課題にそれを注ぎ続けると、日常の何でもない行動を使って驚くべき結果を生み出すことが良くある。

 催眠はかつて動物磁気催眠と呼ばれていた。そして動物磁気催眠の全理論は、以下の二つの言葉に要約することが出来る。すなわち、信じることと望むことである。ド・ピュイゼギュール侯爵は、人間の持つ生命力に作用する力が自分にはあると信じていた。この力を人々のために役立てたいと望んでいた。もし我々も信じて望むなら、彼と同じことをすることが出来る。

 また、治療に重要なことはセラピストの自信であることも忘れてはならない。セラピストが自分の患者には暗示に反応する能力も意志もあると自信を持つこと。テクニックよりも自信の方が重要であることは、素晴らしい結果を出してきた臨床的暗示の長い歴史が明らかにしている。ラーナーとフィスク(1973)はある画期的な研究の中で、それまで結果を予測すると主張されてきた患者の属性より、自分には助ける力があるというセラピストの信念の方が、結果の予測因子として優れていることを発見している。

 セラピーは一種の橋として提供されるものであり、患者はその橋を渡って、苦境から、何が出来るかを認識できる状況に移動できるようになる。こういう種類の暗示こそが、絶望を希望に変えるのである。

5、新たな方向付け(リオリエンテーション)

 リオリエンテーションはたった一つの発言によって行われることもあるが、その影響には人生を変える力がある。ストレスに関する研究は既に20年以上続いていて、現在では、ストレスの原因は出来事そのものではなく、そうした出来事がどのように解釈されるかであることを示す経験的データが非常に多くなっている。心理的なシフトはしばしば、絶望的な状況から抜け出す新たな道を照らし出す。このことによって、人生の問題に打ちのめされていると感じていた人の中に、それまでより大きなレジリエンスが育まれる。だからこそ、多くの人々がセラピーを受けに訪れるのであり、希望が治癒の大きな部分を占めていると言えるのである。

 エリクソンは彼の臨床例のほぼすべてで、心に備わった美点や豊かなリソース、子供時代の無理からぬ無邪気、奇跡とも言うべき身体構造を伝えようと努めている。そこに自らに対する好意的な評価を得、洞察が得られるのだ。自分のことを好ましく感じているときは、有用な目的に向かって前進していく可能性が高まる。このテクニックを使う現代のセラピスト、パット・ラヴ博士は、洞察が変化を発生させるのは、強烈な情動的体験がそれに伴っている場合のみだと主張している(Love, 2003)。

 エリクソンは時に、洞察を促すために問題が解決した未来の時点に患者を方向付けている。そして、どのようにしてその回復が達成されたのかを訪ね、それによって、擬似的な後知恵の形で洞察を引き出す。このような使い方をする場合、最も重要なのは予測の正確さではなく、何らかの変化が可能だという考えの持つ力である。

 リオリエンテーションのテクニックの一つとして、外在化というものがある。患者が自身を外から眺められるようにするのだ。仮に患者の行動もトラッキングし、様々な出来事を短い物語として再び患者に語って聞かせるのであれば、患者はほぼ否応なく、自分の言葉や行動に対してリオリエンテーションされることになる。トラッキングと患者の言葉を正確に引用して反射的な傾聴をすることを結びつけると、有益な効果が即座に生じることは以前から証明されてきた。

 未来について質問するというテクニックもある。スティーヴ・ド・シェイザーは「奇跡の質問」と呼ばれる質問をし、リオリエンテーションを促した。すなわち「ある朝目覚めたら奇跡が起こっていて、自分の問題が解決していたら、あなたの行動はどう変わりますか?」というものである。ドランは「未来について質問しない場合、その患者に未来はないというメッセージを送る事になる」と述べている。バーグ(De Shazer and Berg, 1997)は、「患者はそれを一方向からしか、すなわち、行き詰っているという観点からしか見ない。ゆえに、こちらからは別の見方を提供する。それらは同一の状況だが、それをほんの少し回してやると、別の角度から眺められるようになる。そして、そこから解決が生まれると私は考えている」と語っている。また、エリクソンが、問題と取り組む最短ルートは、最初の不適応が発生した時点に患者をリオリエンテーションすることであると述べていることも重要だろう(Erickson, 1939/2001)。

 リオリエンテーションは、何をしたらいいのか、どう考えたらいいのかを他者に指示することではない。そうするのは強制である。リオリエンテーションは強制とは対照的に、可能性を広げ、患者が選択できる新たなオプションを提供するための非指示的な戦略である。

6、利用

 利用は最も注目すべき戦略である。エリクソンの治療哲学を、「患者が自らの心身の素晴らしさに気づけるよう力を貸すこと」と簡単に要約できるとしたら、利用はこの指令を最も直接的に示す行為である。

 人は弱っているとき、第三者から妥当性を認めてもらうことを余計に必要とする。たいていの人は、自らを信じられるよう手助けしてくれる人を探して一生を過ごしていく。

 エリクソンがよく使った比喩は、川の流れを変えたいと思う人の話である。この人が川をせき止めて流れに対抗しようとしても、川はこの人の両脇をすり抜けて流れるか、この人を押し流すかするだけだろう。しかし、もし川の力を受け入れ、別の方向にそれを向ければ、川は別の水路を切り開いていくだろう。

 例えば、エリクソンの診療室に引っ張ってこられた子供が、声を限りに泣き叫んでいたことがある。泣くのを中断した一瞬を使い、エリクソン自身が大きな叫び声をあげた。子供は仰天した。エリクソンは「さっきは君の番だった。今は私の番。さあ、また君の番だよ」と言った。エリクソンと子供は何度か代わる代わる叫び声を上げた後、今度は叫ぶのではなく、順番に話をすることにした。

 患者の行動をまず受け入れ、すぐにも協力できるという姿勢を示すと、患者はそれに促されて、さらに努力しようという気持ちになる。いったん患者がこのような形で関与し、ギブ・アンド・テイクのパターンが継続すれば、患者とセラピストは臨床的目的達成を目指す関係を次第に深めていく。

 調査によれば、人は小さな依頼に同意した後は、大きな依頼にも同意しやすくなるという(Freedman and Fraser, 1966; Howard, 1990)。最初に受けた依頼を上手くやり遂げた人は、小さな問題の治療に良い反応を示したことになり、今自分は癒える力を持っていると考えるだけでなく、一貫性を維持するために必ずや癒えなくてはならないと考えるようになる。

 ここにある事例を提供しよう。相談してきたのは9歳の娘を持つ両親で、娘が読み書き算数が出来ないと訴えてきた。娘は友達ともうまく付き合えず、引きこもっていた。前年までは学校の勉強は十分こなすことが出来たのに、それに比べて遊びが劣っていたことが分かった。人との接し方は不器用で、煮え切らず、ぎこちなかった。しかし、両親は成績のことだけを心配していた。

 少女には何人か嫌いな女子がいた。いつもジャックス(ボールを投げて受け止めるまでに片手で出来るだけ多くコマを拾う遊び)か、ローラースケートか縄跳びで遊ぶからだという。それを知ったエリクソンはジャックスの遊び方を覚えようかと少女を誘った。3週間もすると、少女はとても上手になった。

 少女の両親は、エリクソンが勉強のことに注目しないのでひどく不機嫌だった。それにも関わらず、エリクソンは次の3週間を使って、少女がローラースケートを上手に出来るよう手ほどきした。続いて縄跳び。自転車は競争したが、これは少女の勝ちだった。

 エリクソンの報告によると、「それが最後のセラピーだった。彼女はほどなく、ジャックスと縄跳びの小学生チャンピオンにまでなった。勉強の成績も同様に伸びていった。大学を卒業する時には、多くの国家的栄誉を受けている。

 セラピーを成功させる本質的な要素は、1、積極的にセラピーに関わる事。2、努力を要することを何かするよう指示される事実。3、少女の数々の勝利が兄を含む他者によって目撃されているという事実。4、少女はエリクソンが指示した課題をやってみようという意欲を内的に感じていたという事実、の4点である。これらは、あるパターンの一貫した反応を確実に発生させる道具として社会心理学者が説明する4つの原動力と同じである(Cialdini, 1995)。これらの原動力は、治療に用いられると、継続的な前進を発生させるタイプの希望を生み出す。このテクニックは、広く浸透していく影響力があるからこそ、これだけ有用なのである。

 まとめ

 患者の味方になり、症状に付き合うこと。建設的な生き方は病に対する味方を得た時に始まっている。その時、病に対して硬直していた視点は、病を利用する建設的な視点へと広がる。希望とレジリエンスはそうして産み出され、自らの個性と生きる意義はそうして見つかるのかもしれない。

サポートありがとうございます!とっても嬉しいです(^▽^)/