おはなし仙人:「SNSっていうのは、恐ろしいぞぉ」の巻

 りんごどんが川原を散歩していると、前方のベンチにおはなし仙人が難しい顔をして座っていました。その視線に気づいたおはなし仙人は、鋭い目つきで振り向きましたが、りんごどんだとわかると表情を和らげました。

「おや、りんごどんか」

「難しい顔をしてどうしたんだい?」

「SNSというのを知っておるかい?」

「仙人の口からそんなアルファベットが飛び出すとは、珍しいのぉ」

「仙人をオヤジ扱いするでない。SNSっていうのは、恐ろしいぞぉ」

「わしも時々使っておるがな、なかなか便利なこともあるぞ」

「その便利の先には、恐ろしい不便が待っておるのじゃ! さっきまで街に出掛けていたのじゃが、道を行く人や電車に乗っている人がみんな、あの板をスリスリして、一日中、他人の言うことやすることを観察しておるんじゃ。電車で隣りに座った若い男が何を見ているのか覗き込んでやったら、友だちが結婚したとか、甘いデザートを食べたとか、就活に行ったとか、そんなのが次々に画面に流れ込んでくる。男は無表情でそれをスリスリして流し読みしておった。結婚とデザートが同列じゃぞ、りんごどん。そんなアホなことがあるかして! 自分の人生の大事なことを友だちに知らせたいという気持ちはわかる。だが、それが他人のどうでもいいことと一緒に無表情で消費されるのじゃ。わしはそれを見ていて悲しくなった」

「うむ。同感じゃ。わしも使うといっても、大事なニュース記事を共有するくらいじゃ」

「一度で大勢に知らせられるからな。まぁ、そういう便利な面もたしかにある。だが、あれは人間をいびつにするのは間違いない。わしは、大事なことは面と向かって言う。あるいは、紙で伝える。画面でスリスリ流し読みされるのはごめんじゃ」

「仙人にSNSを使えとは誰も言っておらんから大丈夫じゃ」

「それもそうだが、あんなものに翻弄されている奴がおるのが腹立たしい。道具は使うためにあるのじゃ。道具に使われるくらいなら、そんな道具は捨ててしまえ!」

 おはなし仙人は立ち上がり、足元の石ころを拾って川に投げました。

「まあまあ、そんなに極端にならんでも」

 仙人は返事をせず、ふらふらとベンチに座り込みました。

「どうした、仙人?」

「急に立ち上がって立ちくらみをしたようじゃ。ここで暮らしていれば呑気で平和な暮らしじゃが、街に出ればおかしなことだらけじゃ。こうのんびりばかりしておれん。久しぶりに街に出て、そう思ったんじゃ」

「おお、珍しく火がついておるのぅ。無理してまた立ちくらみしてもいかん。少しずつじゃぞ」

〜おしまい〜

(この物語は、「おはなし仙人」という本から生まれたもので、atelier makotomoが季刊で発行している「アトリエマコトモ通信」に掲載した作品を転載しております。)

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