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私はアメリカザリガニ

私は巷ではアメリカザリガニと
呼ばれる生き物らしい。

そうは言っても、私は生まれた時から
ずっとこの家の中しか知らないから
私の面倒を見てくれるおじさんのような
人間という生き物以外には会ったことがない。

私が生まれたのはいつだったのか。

ずいぶん前のような気がするけど
今まで水が熱くなる時期が3回ぐらいあった気がする。

私が生まれた時には周りにたくさんの兄弟がいた。

ブクブク泡のでる水槽の中で
水草を食べたり、兄弟と喧嘩をしたりして
夢中で生きていたら体が苦しくなって
何度も殻を脱ぎ捨ててきた。

そんな風に過ごしていたら
不思議なことに少しずつ
周りの兄弟たちは減っていった。

どうやら兄弟同士で喧嘩をして
お互いを食べてしまう奴らが沢山いるらしい。

そんなことがある度におじさんは目と目の間の上に
縦のシワができる。
その顔を見るのが嫌だったけど
私にはどうにもできない。

ある日、おじさんは突然私達を
ブクブク泡の出る水槽から出して
小さな透明の箱に私を入れた。

小さな透明の箱の中は狭いけど、
私が隠れられる丸い筒があるし、
透明な箱なので外の様子も見えて
全然寂しくない。

しかも、おじさんはいつも人間がいる
明るい場所に私を置いてくれた。

おじさん以外の人間は私に興味を
示してはくれないけど、
引っ込み思案の私にとっては逆にそのぐらいが
ちょうどいい。

おじさんがくれるエサを食べながら
快適なこの部屋で人間の様子を眺めながら
生きていくのもあながち悪くない気がした。

え、他の兄弟はどうなったのかって?

私のすぐ隣にも兄弟が私と同じような箱に
入っていたから
時々お互いに「おい、元気か?」と合図を
送り合ったりしていたよ。

それから暑いとき、寒い時が2回ぐらい
過ぎて行っただろうか。

朝起きてふと見ると、隣にいた兄弟が
いなくなっていた。

前の日に見た時、動きが遅くて
何だか変だなと思っていたけど
もしかしたらそのまま動かなくなったのかな。

おじさんは隣にあった透明の箱を片付け
私はこの家で唯一のアメリカザリガニになった。

もしかしたら私が知らない場所にも
他のアメリカザリガニがいるのかもしれないけど、
おじさんは僕らにエサをくれるとき
必ず「おい、元気にしてるか?」などと声をかけてくれるから
他にいるならおじさんの声が聞こえるはず。

前に透明の箱を洗ってくれたとき、
おじさんは私を違う箱にちょっとの間
入れてくれたことがある。

その時に私と同じような箱に入った
違う生き物を見た。

私とは違うにょろにょろした体で
体が黒いのにお腹だけ赤い。

おじさんは”イモリ”って言ってたけど
実は私はそいつを美味しそうだと思ってしまった。

イモリは私と同じようにこの家の
住人なんだろう。

多分あまり明るい場所が好きじゃないから
私とは違う場所に置かれてるんだと思う。

もしイモリと一緒にいたら楽しかったかもしれないけど
きっと私はイモリをふとしたときに
食べちゃってただろうな。

きっとおじさんは昔みたいに
目の目の間の上に縦のシワを作るに違いない。

私はおじさんのその顔を見るのが嫌だから
イモリと一緒にいなくてよかった。

私は人間じゃないし、水がないと生きていけない。
でも、こうして人間たちがいる場所に一緒にいる限り
寂しくはない。

そんな私にも小さな楽しみが一つある。

それは時々おじさんが入れてくれる
小さな柔らかい魚を食べることだ。

いつもは小さい粒のエサを
私が食べきれる量だけ入れてくれるけど、
時々おじさんは柔らかい魚をどこからか
もってきてくれる。

その時は私が食べきれないぐらいの量を
嬉しそうな顔で私の部屋に入れてくれる。

柔らかくて、ほんのり暖かい、
でも味があんまりないその小さな魚は
とっても美味しい。
しかも、その魚をくれた時は
たいていおじさんは部屋の水を変えて
部屋をキレイにしてくれる。

私はその流れも含めて大好きなんだ。

でも最近、私も何だか体が動きにくくなってきた。

前の様にお腹を早く動かして
泳ぐことができなくなったし、
おじさんがいつもの小さい粒のエサを
入れてくれても食べきれなくなった。

また昔みたいに殻を脱いだら
スッキリするのかもしれないけど、
不思議と殻が脱げそうな感じもしない。

そんな私の様子を見ておじさんは
いつものようにニコニコ顔じゃない
何だか寂しそうな顔をしている。

そういえば前に隣にいた兄弟がいなくなったときも
おじさんは同じような顔をしてたっけ。

もうずいぶん前のことだけど、
何となく覚えている。

それにしても、体が動かない。

いつものように息をするために
足の付け根を外に出そうとしても
思うように体が動いてくれない。

なぜだかわからないけど、
おじさんに会えるのはこれが最後じゃないかと
私は思った。

もう柔らかい魚を味わうこともできないけど、
不思議と嫌な気分じゃない。

ただ、一つだけ残念なのは
おじさんの顔がいつものニコニコじゃないこと。

まあ、そんなこともどうでもよくなってきた。

今は夜じゃないけれど、
とっても眠いんだ。

昨日3年半飼っていたアメリカザリガニが亡くなった。

我が家で産卵して生まれた個体だったので
水槽の中しか知らないアメリカザリガニの一生だったが、
そんな彼はどんなふうにこの世界を見ていたのだろうか。

庭先に埋めてやりながらふとそんなことを思い
記事に書いてみることにした。

ちなみに彼が言っていた柔らかい魚とは
出汁を取ったあとのイリコのことである。

時々イリコで出汁を取った後に
その中から小ぶりなものを選んで
アメリカザリガニの水槽に入れてやるのが
私の密かな楽しみであった。

イリコを入れると水槽の水が汚れるので
入れた後に水交換をしなければならないが、
なんだかそれも含めてアメリカザリガニは楽しみに
しているように私には見えた。








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