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動物界の寄生虫の進化史メモ書き

寄生虫は多くの人の興味を引くものだが、同時に「なぜこのような複雑な生活史を持っているのか?どうやって進化したのか?」という疑問もよく提出されるものである。私も常々疑問に思っていたので、夏休みの自由研究的にちょっと調べてみたところ、案外するっと行けることが分かった。当然ながら進化史は推測以上のものになることができないが、個人的には疑問点は解消したので、メモ的に書いていくことにする。

自由生活性に近い外部寄生虫たち

多くの動物は、皮膚や鱗(毛)、外骨格や粘液などで表面を更新しており、定期的に脱落する。この脱落物はタンパク質や多糖類でできているため、栄養とすることができる。この脱落物を好んで食べる動物が、その生産地点である動物そのものに住み着くようになったケースがある。

シラミはチャタテムシと近縁である。チャタテムシはショウジョウバエ程度の大きさで、翅を持つ種を含みごく普通の昆虫の形態をしている。これらの中に、乾燥した生物遺骸・脱落物を好んで食べるものがおり、皮革製品などを食害する害虫として知られる。このような生態であるから、毛や羽根も食べることができる。この中から、動物に取りついて直接生きた四肢動物から羽根や毛、皮膚を食べるものが出現した。これがハジラミである。ハジラミの中から皮膚を食い破って血液を吸うものも現れた。これがシラミである。

吸血動物として知られるノミも、幼虫のうちは脱落物を食べて育ち、脱落物食からの進化をうかがわせる。また、吸血に至らず分泌物・脱落物を食べるのみの生態の寄生虫としては、ヒゼンダニやニキビダニが知られている。

ハジラミ、ノミや移動能力は持っており、宿主が死ぬと別の宿主に移動する。ニキビダニの感染も、卵などを介さず成虫が直接移動することがある。この点で、自由生活性に近い寄生虫である。

体腔への侵入と中間宿主・終宿主のステージ増加

吸血性の動物は、陸産では蚊やヒルなど、海産ではウミクワガタなどがおり、これらは自由に動いているため寄生と言うべきか捕食というべきか迷うところである。同じ吸血性でも常時寄生して動かなくなるシラミ、ウオノエ、あるいは鰓尾類(ウオジラミ)といったものはいよいよ寄生虫といった感が強くなる。

鰓尾類は魚やカエルなどに寄生する水中生物だが、宿主である両生類が陸上に特化してトカゲなどに進化していくうち、それと共進化したと思われる寄生虫がいる。それが鰓尾類の近縁種であるシタムシである。シタムシは肺や鼻腔など呼吸器に棲息して粘膜等を摂取する寄生虫である。例えばイヌなど多くの肉食哺乳類に寄生するイヌシタムシは以下のような生活環を持つ。なお、宿主の特異性はあまり高くなく、ウマなどで成虫が見つかることもあるようだ。

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1. 呼吸器内の成虫が卵を産み、それがくしゃみ等、またはいったん消化管に落ちたのち糞便から環境中に放出される
2. ヒツジやウサギ等の草食動物が草と一緒に卵を食べる。卵は腸で孵化し、腸壁を破ってリンパ管に侵入、結合組織内で脱皮を繰り返し成虫化の準備をする
3. 草食動物がイヌなどに食べられると、胃で消化される前に急いで食道を駆け上がり鼻腔や肺にたどり着いて成虫となる。

水棲鰓尾類から陸棲シタムシへの変化は、様々な進化論的な示唆を与えてくれる。

1. 海棲時代から寄生生活を始めた陸棲寄生虫がもっぱら宿主体内で活動し宿主体外では卵の状態であるのは、陸上の乾燥に耐えるのにそれが都合がよいからであると考えられる。
2. 中間宿主と終宿主を持つ寄生虫は、自由生活に近い祖先形態ではどちらにも寄生しうる能力を持ち、それがのちに発生過程に応じて宿主を乗り換える方式に発展した。
3. 卵が宿主に取り込まれるのは運であり、数が多い草食性の動物に取りつくほうが良いが、拡散力を持つには運動能力の高い肉食生物に寄生するのが良い。
4. 水のない陸上では内部寄生虫が遊泳で宿主を乗り換えるのは困難である。捕食時に乗り換えるのが手っ取り早い。

陸上の寄生虫の独特な生活環はこのあたりから生まれてきたのではないかと思われる。この説明は、吸虫の複雑な生活環についても説明を与える。吸虫は一般的に中間宿主(殆どが巻貝)から終宿主に移行する性質を持ち、中間宿主が2種以上になることも珍しくない。多数の中間宿主を経るため変態も多く、

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卵 → ミラシジウム → スポロシスト → レジア → セルカリア → メタセルカリア → 成虫

という複雑な段階を追う。しかも変態は他の動物のように同じ細胞の外形が変化するといった穏やかなものではなく、変態の各段階で無性生殖的に次のステージとなる子(遺伝的にはクローン)を大量に生み出すという過程を経るため、他の動物における変態や無性生殖の概念をそのまま使いにくいという独特のものである。これほど複雑な生活環はどのようにできたのか――実は上記の説明で意外と簡単に可能である。

まず、吸虫綱には楯吸虫亜綱という遊泳能力を持つ(=原始的な形態をとどめた)水棲の外部(または腸内)寄生虫が存在する。楯吸虫は巻貝、二枚貝、魚、カメなどに幅広く寄生することができる。この性質から、後に下記法則に従って発展したのではないかと考えられる。

2. 中間宿主と終宿主を持つ寄生虫は、自由生活に近い祖先形態ではどちらにも寄生しうる能力を持ち、それがのちに発生過程に応じて宿主を乗り換える方式に発展した。
3. 卵が宿主に取り込まれるのは運であり、数が多い草食性の動物に取りつくほうが良いが、拡散力を持つには運動能力の高い肉食生物に寄生するのが良い。

魚類に比べ貝類のほうが数が多いが運動能力は低い。このため、卵が散布されたのちまず数が多く植物やデトリタスを食べる貝類に寄生し、のちにそれを食べる魚に寄生して成虫となり、その高い運動能力を生かして卵を散布する――という進化はいかにもあり得そうである。楯吸虫の一種Lobatostoma manteriはその生活環が解明されており、卵が巻貝に食べられてその胃で孵化して幼虫となり、巻貝が魚に食べられるかまたは遊泳で魚に侵入し(未解明)、魚の腸で成虫となる寄生虫であることが確かめられている。

陸上動物に寄生する吸虫もほぼこのパターンで巻貝を中間宿主として終宿主に移行するパターンを踏んでおり、すでに祖先の段階で成立していた生活環が宿主が陸上に進出するにつれ共進化したものと推測される。その中でも終宿主に応じた種特異性はあり、日本住血吸虫などでは宿主の乗り換え時に遊泳し水中に足を踏み入れた四肢動物に侵入するが、ロイコクロリディウムでは終宿主による中間宿主の捕食で感染を広げる。

中間宿主内での増殖は、二段階以上宿主を変えないと成虫になれないという繁殖効率の悪さを補うためではないか――というのが推測である。扁形動物は徹底的に滅多切りしても再生するプラナリアが属する動物門であることから、クローンによる増殖は比較的進化しやすかったのではないかと考えられる。

糞食からの進化

動物の種ごとの消化能力は限られており、栄養をすべて消化できるわけではない。例えば、大型動物の糞は乾燥させるとよく燃えるが、これは化学的には未利用の栄養が残っていることを意味する。この未利用の栄養を分解する能力を持った生物(動物)はおり、その中には「自分専用栄養パック」である糞食を好む動物すらいる。昆虫のような高等生物でもフンコロガシなど枚挙にいとまがない。

糞食をする生物からしたら、「だったら最初から糞を生産する腸の中に棲めばいいのでは?」という可能性が考えられる。成虫が腸に住む寄生虫は多く、例えば線形動物の回虫や蟯虫が代表的である。線形動物はもともと土壌中に大量に見られる程度には地上での行動に耐えることができ、腸内に住む成虫が卵を産んで宿主の便とともに排泄され、その卵が何らかの形で宿主に経口摂取されて感染が成立するというシンプルな生活環を持っている。

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扁形動物の条虫(サナダムシ類)も成虫は腸に住む。扁形動物(一般に乾燥に弱い)タイプであるためか、吸虫と同様に中間宿主を必要とする。一般に、卵→コラシジウム(ミジンコなどに寄生)→プロセルコイド(二次中間宿主に寄生)→プレロセルコイド→成虫(終宿主に寄生)というルートを取る。終宿主はヒトを含めたオオカミやタヌキ、クマなどの肉食動物で、中間宿主は有鉤条虫が豚、無鉤条虫がウシ、広節裂頭条虫が魚となっている。これらの寄生虫は中間宿主内では筋肉などに寄生する性質を持ち、迷入して神経や内臓が侵されると致死的な病気になりうる。そのようなケースの代表例がエキノコックスのヒトへの感染だろう。同じ扁形動物の吸虫では循環器への感染など様々な感染の仕方をし、サナダムシも中間宿主では筋肉に寄生することから、これらの成虫が腸内に住んでいるのは卵の散布効率の問題で、糞食から進化したものではないのかもしれない。

固着からの進化

寄生虫の中でもユニークな祖先をもつのはフクロムシだろう。なんとフジツボなど固着性の動物と同系統なのである。他の節足動物の体表に付着して濾過食を行う段階を経由して、やがてその付着した動物自体から栄養を盗むようになった、というルートが想定されている。

固着性の生物の中には岩場など硬い地盤がなければ生息できないものが少なからずいる。甲殻類の殻はそのような「足場」に使えるらしく、例えばカニビルは産卵用の足場としてカニを使っており、カニを必要とするが別に寄生はしないという片利共生の形態をとっている。さらに共生が進むと、固着用の足場が欲しいイソギンチャクに足場を提供して毒で体を守ってもらうキンチャクガニといった関係になる。

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固着性の生物は、足場を確かなものにするためにアンカーとなる肉を地面に打ち込むことがある。カニに固着するためにカニの殻の間にアンカーを打ち、そのアンカーがやがて寄生機関として進化し、そのうち寄生専門になる、というルートはいかにもありそうではある。

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紫の部分が肉茎

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