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ニンジャスレイヤーでニンジャネームを名乗りあう意味

ニンジャスレイヤーという作品は、パルプ小説として気軽にパッと読めるような工夫がそこかしこになされている。その中の一つが戦闘開始時に互いにニンジャネームを名乗りあうという作中のルールである。

ニンジャどうしのアイサツというルールは、一見するとある種のトンチキさを醸す要因になっているが、少し読み進めると読みやすさを確保するためのメタ的なギミックだとわかる。

1. 登場直後に固有名詞が与えられる

通常の小説では、固有名詞は作中の流れに自然に沿うように開示される。このため、主人公の一人称視点を取るシーンでは新しく登場した人物が代名詞のまましばらく展開することもしばしばある。登場人物が少ない時はそれでも相手の役割を――例えば敵が一人なら「敵」、サラリーマンなら「サラリーマン」と――書いて済ますこともあるが、これが「3人の戦士が入ってきた」などとなると誰が誰かわからず個性のある存在として描くことは困難になる。登場直後に固有名詞を与えるというルールは、この問題の回避に大いに役立っている。

2. 体を表す名が与えられる

せっかく固有名詞を出したとして、その固有名詞が覚えられないということもよくある。人物名と人となりを結び付けるにはやはりそれなりに時間がかかるものであり、日本人が日本語の小説を読んでいても出演時間の少ないチョイキャラを苗字で呼ばれると「これは誰?」となることはしばしばある。まして母語以外の小説ともなればもっと覚えにくく、「エイダン、ミランダは味方でアレックス、サマンサは……えーっと」「マクドゥガル?これ誰だ?……あー、アレックスのフルネームがアレックス・マクドゥガルだったの!?」といったように混乱はひどくなる。これがインドやポーランドの小説となると完全にお手上げである。これは忍者ものを読む非日本語話者にとっても同じことで、Muroga HyoumaやKazamachi Shougenという単語を覚えて発音するのはなかなか困難である。

ニンジャスレイヤーの場合、「名は体を表す」を地で行くまんまなニンジャネームを与えることにより、この問題がほとんど起きない。「ドーモ、バーグラーです。」と名乗ればburglar=強盗だとすぐに分かるし、「イグナイトです」と名乗ればIgnite=着火という語から炎を扱う火遁術使いだと戦う前から想像がつく。イグナイトが後ろに回り込んだ!と書けば後ろから火力が飛んでくるかもしれないという想像もつけやすい。

以上のように、ニンジャネームという要素は読者の引っかかりを減らしてスムーズに読めるようにする、というメタ的な良さに大きく貢献する。キャラの固有名を伏せたまま個性を持たせるのは漫画や映画など絵が付いたメディアでは容易だが、ニンジャスレイヤーはニンジャネームの導入により映像メディアに近いテンポ感での展開を小説メディア上で可能にしている。一瞬だけ画面に表れてあっという間に散るような敵にそれなりに個性が付くのも、この手法あってこそである。

「スズメバチの黄色」での実例

このようなルールは、最近発売されたスピンオフ小説「スズメバチの黄色」でも通底している。

ニンジャスレイヤーの世界観ではニンジャネームを名乗るのはニンジャだけだが、このスピンオフではニンジャでないキャラクターも「名は体を表す」名前を与えられている。例えば事前の紹介のある主要キャラだけでも、かくの如しである。
火蛇:熱血主人公
大熊猫:不思議系
氷川:クールなキャラ
蠱毒:悪人
羅刹374:仏教系カルト教団の女アサシン
脳外科医:怖い!
ミルチャ:ポワポワした感じの若い女の子

この配慮は組織名にも及んでおり、
《老頭》:漢字音読み。老いて力を失ったヤクザ
《武田》:漢字訓読み。強そうなヤクザ
《デッドスカル》:カタカナ。電脳カルト教団
《KATANA》:ローマ字。最新テックで強そう
と、4つが表記法レベルで混じらないように作ってある上、名が体を表しているため、読んでいて引っかかることはまずない。加えて言えば、《武田》で一番出番が多い幹部キャラの名前は「勝頼」であり、これでもかというほど引っかからないよう配慮がされている。

ニンジャスレイヤーは英語からの翻訳小説という名目でありつつ原典の英語版があるのかよく議論されるところだが、この組織名については英語だとしても地場の組織がOld HeadとDead Skullで似た名前となり、外来の組織はTakeda ClanにKatana Corp.と日本語由来のエキゾチックな言葉で表現されるようになっていて、やはり間違えないように作られている。

パルプ小説としての必然性

ニンジャスレイヤーを出しているダイハードテイルズは、自らを「パルプ小説の発信者」として自認している。パルプ小説を自認するのは、深いことを考えずサクッと読めてサクッと楽しめるものを書いている、という方向性があるからである。

サクッと読めてサクッと楽しめるためには読者に努力を強いてはならず、その意味で記憶負荷を下げるニンジャネームの導入はある種の必然と言えるだろう。記憶負荷の低減以外にも、映像的テンポ間での表現など、エンタメ性の維持のため様々な点で貢献しており、面白い工夫であるということができよう。

もちろん、この手法は「出会い頭に名を名乗らなければならないというルールが存在する」という不自然極まりない作中ルールを要しているので、例えばドキュメンタリーなどでは不可能な手法である。奇想天外な設定を受け入れるパルプでこそ成り立ち、同時にサクッと読ませるべきパルプで特に生きる手法であると言えよう。

ニンジャスレイヤーに影響を受けた作品

このような特徴は、ニンジャスレイヤーフォロワーの作品でも引き継がれている。例えばゴブリンスレイヤーでは、主人公がゴブリンスレイヤーと呼ばれ続けるほか、他の登場人物も「女神官」「槍使い」「勇者」等々の役割ベースで呼ばれ、固有名詞を使わない方針を取っている。パルプ小説、ライトノベルのようにサクッと読める作品では、このように読者の記憶負荷を下げる方式は有効なのであろう。




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