「出版社の搾取」の嘘と実相、作家が幸せになる方法(前半)

この数年、出版社は作家から搾取している、出版社の横暴が無ければ作家はもっと報われるのだ、というような話はよくされます。編集の横暴というのも聞くでしょう。吾妻ひでお「失踪日記」の秋田書店編集の下りなどはよく紹介されるところです。

しかし、出版社がそれだけ嫌なら、代わりはいくらでもあります。日本の出版社は4000あると言いますし、作家自身が出版社を作った実例もあります。今なら高コストの投資をしなくても電子出版という手もあるので全部自力で行くことも不可能ではありません。しかし、それらの出版社の置き換えは今でもメインストリームにならず、昔からの出版社は出版不況と言われつつもコンテンツ配信の中心にあり続けています。なぜでしょうか?

リスク配分と搾取を混同するなかれ

出版業の難しさというのは、どの作品が売れるか確実に予想することは難しい、という不確定性の部分にあります。出版社は編集者を抱え込んで編集作業を行わせ、印刷し、流通させ宣伝させるという作業も行います。しかしそれは出版社の本質ではありません。出版社でなくともそういった作業を代行してもらえる編集プロダクションはあり、金を払って依頼することはできます。作家は売上の計算が立つならあとは損益分岐点を見て依頼するかしないか決めればいいだけの話で、権利譲渡などせず全て自腹で自費出版することも十分可能です。手持ち資金がなくとも、売上に見込みが立つなら銀行が執筆中の生活費と併せて貸してくれるでしょう。そうすれば経費を除して100%作家の収入になります。それをしない人が多いのはなぜでしょうか?自分の作品が売れるという確信がないからです。売れなかったら破産ですし、それは誰しも嫌がることです。

売り上げに確信が持てないという問題は、売れていない新人ほど顕著です。連載作品が売れている作家は売れる確信が高まるので、徐々に内製化比率を増やします――製作に必要な労働コストは自分でプロダクションを立ち上げてアシスタントの管理を始めますし、出版社との契約の見直しも行われます。リイド社のように作家自ら出版社を立ち上げることもあります。

売れていない新人が作品を書いて世に出すコストをどう賄えばよいのか?出版社はそれをポートフォリオを組むという形で提供します。新人作家を5人集め原稿料や出版にかかわる費用はすべて出版社が負担し、5人のうち4人は売れなかったとしても、1人分の収益が5人分の経費の10倍になるほど売れれば、それを折半して半分を印税として作家のインセンティブに、残り半分を経費の補填に、と使うことができます(印税は売上の10~15%だから全然折半じゃないという意見もあると思いますが、本の値段の7~8割は紙代、印刷代、輸送費、書店の店員の給料、宣伝広告費などに消えますので出版社の取り分と作家の印税は折半くらいの割合です)。

このインセンティブ分を増やすと、投資の補填に使える収入が減るため、最初のポートフォリオに組み入れてもらえる可能性が下がります。これが究極の形になりインセンティブ100%になると自費出版です。逆にインセンティブ部分を下げ、原稿料の割り増しに使ったり、ポートフォリオに組み入れる新人作家を増やせるようにする方向性もあります。アメコミではこのタイプの契約もあり、内容を強く縛られインセンティブも減る代わりに、原稿料が人並みの給料に近い「作画作業員」的な立場の作家さんもいます。これはこれでアリではあるでしょう。

これは出版界に特殊な話をしているわけではなく、経済・経営では初歩的なリスク配分の話です。貸し倒れリスクの高い人には貸さないか、または一定割合が貸し倒れる前提で高利でないと貸してもらえません。それは途上国で役に立っているマイクロクレジットでも、日本の高利貸しでも、ハーバード大学の投資ファンドでも変わることはありません。そうしないと潰れて継続不能になります。出版社が新人との契約では一見出版社の取り分多めの契約になるのも同じこと、売れるか否かわからない高リスクだからです。低リスクの売れっ子作家さんはリスクを自分でとれるため契約を見直しますし、出版社は流通窓口サービスの役割に近くなります。

この点は作家さんもある程度わかっていることであり、赤松健の絶版マンガ図書館(旧Jコミ)は出版社を介さないことから当時「反出版社」的に担がれたこともありましたが、インタビューでは繰り返し出版社の補完的役割――紙の出版事業、ないし電子書籍でも有料では流通が困難になった漫画を扱うことを明示しており、出版社の担っていた新人発掘能力の補完についても自覚的です。

日本の出版社の本当の問題

世に言われる日本の出版社の問題は、このポートフォリオ構成の部分が書面を通じた契約で計画的に組まれているわけではなく、編集のセンスと口約束とどんぶり勘定で成り立ってきた、ということでしょう。例えば佐藤秀峰は作家側が言わないと契約書が出てこない云々という話をしています(ただし彼の結論の出し方はいろいろバイアスがありそうなことを別項で述べます)。その彼でも契約を見直せるかは「パワーバランス」次第で、リスクを自分でとらず出版社に従う道もあるのだと述べます。ただ、自分が取るリスクを自分でコントロールできるようにしたほうが快適だ、というのはその通りでしょう。ヤマザキマリのケースでも作家側がコントロール不能なことを最も重大な問題と捉えており、金額の多寡はそのうえで飲んだり飲まなかったりすればよい、と表明しています。

あたかも映画の製作者であるフジテレビが漫画家を搾取しているかのような論調が広がっていることに、ヤマザキさんも心を痛めています。
ヤマザキさんは、「100万円」という金額に不満を抱いているものではありません。「なぜ100万円なのか?」について十分な説明を受けていないことに疑問を抱いています。

また、「5人の新人のうち1人成功すればいい」というポートフォリオを組まれた際、成功しなかった4人はつぶしが効きにくく苦境に陥る人が多い、というのも「搾取」コンテキストが出てきやすい理由かも知れません。漫画家の新人でポートフォリオを組むのも、技術ベンチャーのスタートアップでポートフォリオを組むのも、投資家にとってすれば「一部が大成功したらそれでいい」というのは同じですが、技術ベンチャーの場合は失敗してもそこでの経験をキャリアとして他社の技術職や中間管理職に迎えられ、普通に雇われていたのとステップアップ速度が変わらないということはざらにあります。漫画家はそこまでつぶしが効かないので、主観的にはよりリスクが高いと感じられるように思います。リイド社やダイナミックプロなど作家側の会社では、最低限アシスタントをまともな職業にしようとか、常にスピンオフを回していこうとか、キャリアを無駄にしない工夫があるのもこのあたりの危惧があるからでしょう。

個別の問題で言えば、中小出版社などで自転車操業に陥っているところが作家にロクに支払えていない、買い叩いている、といったケースもあるでしょう。これは中小ソシャゲ業者がセミプロからイラストを買い叩くのに似ていますが、イラストレーターはまだセミプロという生き方が成り立つためリスクコントロールがしやすいのに対し、漫画家は作品1単位を仕上げるのにより多くの時間をコミットする必要があり、よりハイリスクだと言えます。漫画家さんはこの点は気を付けてしっかり契約したほうがいいかもしれません。


さて、ここまで「出版社のやってることは搾取と断じることはとてもできないし、新人さんはどうやっても大変なんだよ」という話をしてきましたが、少々救いがないようにも感じるので、マイルドなセミプロがマイルドに報酬を受けられるような環境にするならどうしたらいいだろう、という話を時間ができたら書こうと思います。

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heads428

コンテンツ産業:個人的覚書

あくまで個人のメモとして。
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